10話後半 笛持ち御一行
「〝グラビティ〟はだめだった。人攫いの中にギフト持ちがいるって話しを聞いて追いかけたんだが、俺達も別のアロンエドゥに足止めくらったせいで全く間に合わなくて」
コアは少し悔しさを滲ませてため息をつく。
人攫いのトラックには当時2歳程度の幼子も含まれていた。
容姿の情報を聞くにその子が〝グラビティ〟だったのだろう。
「でもこの〝グラビティ〟の起動で、未起動のギフトは三つまで絞れた。〝シメイラ〟、〝チューニング〟、〝フラム〟」
コアの口頭をリーヴスが地面に棒切れで書いていく。
ソーマが〈その三つの内、日本のギフト持ちの少年が一つ持っていると推測できる〉と言いうと、今度はサラがリーヴスに倣って地面に書いた。
リーヴスから誤字を訂正されながら、サラは勉強だと思って真剣に書き直す。
勤勉なサラの書き取りを置いていかないようさりげなく気にして、コアはまとめていく。
「改めて、泥蛇が確保しているギフトを確認しよう」
リーヴスが〝泥蛇が確保しているギフト〟の枠組みを書き、その下にサラが「所持者」と「回収済み」を書き出した。
所持者
〝ラダル〟
〝エア〟
〝イリュジオン〟
〝ヴィアンゲルド〟
回収済み
〝グラビティ〟
〝ミエ〟
〝ブリッツ〟
「所持者ってのは生存しているギフト持ちだよな。〝エア〟と〝イリュジオン〟は未確認。――〝ヴィアンゲルド〟、こいつは怪物なんだよな?」
リーヴスの質問に、ソーマが〈ああ〉と答える。
〈最初にギフトが宿った女性の、怪物化したギフトだ。…サラとルカの祖母にあたる女性でもある。てっきりラクスアグリ島の沈没と共に〝ヴィアンゲルド〟は消滅したと思ったんだがな〉
現在活動している〝ヴィアンゲルド〟の宿主が自分の祖母だったと言われても、サラはあまり実感を持てない。
目をぱちぱちさせていると、横からエディがよしよしとサラの頭を撫でる。
そんなサラの顔を、ソーマは色んな感情を抱いて見つめ、話しを続けた。
〈ルカを追う道中では〝イリュジオン〟と〝エア〟に気を付けてくれ。もしかしたら訓練期間中で未だに見かけないのかもしれない〉
コアは顎に手を当てる。
「相変わらずルカとの距離も縮まらない。意図的に距離を空けているのは確かだ」
〈〝プレリュード〟を使われているのなら、泥蛇にとって都合の良い記憶操作をされているはずだ。…追いかけているコアたちが悪者だとか言って〉
ソーマの言葉に、サラが「ゆるせない!」と拳を握る。
そんなサラをコアが宥め、「それに」と続けた。
「サラの感度とフレイアの方位測定を合わせて考えると、ルカが向かっているのは内陸ロシア連邦の旧サンクミー飼育施設じゃないかって思うんだ」
コアは自分に回ってきたコーヒーを受け取る。
リーヴスが約束通り食後のリンゴをエディに渡し、ルカの行先に懸念を示した。
「施設の中に俺らを誘い込みてぇんだろうな。沈没都市の建設物だ。泥蛇ならエンドレスシーからいくらでも制御できる。イング、てめぇなら対抗できるか?」
〈…。最善は尽くしますがあまり期待しないでください。〉
〈イングはドアの開け閉めくらいならできると思いますよ。〉
〈フレイア‼もっと言い方があるでしょうよ!〉
映像の向こうで雫型ボディのイングがソーマの肩に飛び乗り、ビシッ‼と短い手をこちらに向けていた。
リーヴスが「フレイア、あいつ機嫌を損ねると面倒だから優しくしてやってくれ」と言うと、金属球体から〈Of course!Yeah!〉と元気よく返ってきた。
うるさいイングを肩から膝に降ろしたソーマもまた、リーヴスと同じ懸念を抱いていた。
〈‥‥サンクミー飼育施設。コアとペトラの経験した、泥蛇の実験から考えるに、そこにいるのは―――〉
コアとペトラが顔を合わせた。
この二人はギフト持ちでもなく、サラやルカのような〝フルート〟を持っているわけではない。
しかしある意味、泥蛇の計画をこの世で最も知っている二人だ。
――4年前。
コアとペトラは泥蛇の誘いに乗せられ、内陸の被験者として彼らの計画に参加していた。
その実験の名前は――〝プレリュード〟。
コアはコーヒーカップを地面に置いた。焚き火の熱が彼の黒い瞳を照らす。
「この大陸から人間を一人残らず追い出す怪物だ。――怪物の名前は〝アスタロト〟。俺達は実験で戦った」
コアはペトラに視線を向ける。彼女も頷いた。
サラは自分の琥珀色の瞳にコアを映した。遠い思い出の父はもうすでに薄れていて、でもティヤの存在が色濃く記憶に刻まれたコアたちを見ると、不思議な感覚を抱いた。
一度も、父に置いて行かれた気がしないのは、きっと彼らが自分たちのもとへ流れ着いたからかもしれない。
「コアとペトラは、その実験で私のパパに会ったんだよね」
サラと目は合わせられず、コアはカップの縁を指でなぞり、苦い表情を浮かべる。
「…結局、俺達はティヤの…ルカやサラの父親のおかげで助かったけど、他の内陸被験者は全滅だった実験だ」
映像の向こうから、カヴェリが顔を出した。
〈慰めにしかなんねぇけどさ。コア、ペトラ。ティヤが死んだのはお前たちのせいじゃないからな。…とにかくあの時は戦力が足りなかったんだ。ティヤの妹も殺されて、〝フルート〟を扱えたのはあいつだけだった。最初から、捨て身の時間稼ぎのつもりで実験施設に行ったんだよ〉
サラとルカの父であるティヤ――その人の親友であるカヴェリはそう言った。
知らず俯いていたコアは顔を上げ、そしてまたペトラの方を向いた。
双子である彼女は、真っ直ぐとコアを見つめていた。
相変わらず強さを感じる彼女の眼差しに、コアは羨望を抱く。――悔しいので絶対に顔には出さないが。
コーヒーを飲み切ったリーヴスが低いため息をついた。
「…泥蛇の計画を止めるためにも、本当は沈没都市の力を借りられたら、話しは早ぇんだけどな」
このメンバーの中で、沈没都市生まれなのはリーヴスとキースだ。
キースは途中で成績落ちしたため内陸暮らしの期間があるが、リーヴスは沈没都市所属の軍人まで上り詰めた、生粋の沈没都市住民だ。
故に、沈没都市の強さを知っていた。
それはソーマも同じであり、しかしこの場にいる誰よりもそれが不可能であることを知っている。
〈ヒヨリから聞くに、日本のギフト持ちの回収に向かったのは〝ラダル〟所持者だ〉
その発言に、一番に反応したのはキースだ。
彼の反応に、リーヴスが諫めた。
「キース。多分お前の知り合いのギフト持ちだろうが、お前はここにいるんだ。…今は気に留めておくな」
「わ、分かっている」
「分かっててもお前の場合、行動に出るんだよ。このぽんこつめ」
「…うぐ」
キースに容赦ないリーヴスに、ソーマも少し苦笑を浮かべる。
だが、リーヴスの言い分はもっともだ。遠い日本で起きていることより、キースたちがこれから向かう場所の方が、脅威が明確だからだ。
――――――
想定される状況を踏まえ、コアたちはあれからさらに北上した。
双眼鏡で視える建物こそ、世界で最も大きなサンクミー飼育施設だ。
吹雪が一時止み、コアは振り返ってメンバーの6名に口を開いた。
「サンクミー飼育施設にアスタロトがいるのなら、最悪地上に出て来る可能性もある。待機組はイルファーンを筆頭に、エディ、キース、サラ。施設には――」
コアの指示にサラがぴょんと跳ねていやがった。
「コアとペトラの武器は私が作るのに!私がいないでどうするの!」
「あらかじめサラには武器を作ってもらうよ。都度、要望をその受信機に飛ばすから」
コアはサラに持たせた、補聴器に似た機械を指差した。それはフレイアと通じる媒体なので、コアたちがフレイアを持っていればサンクミー施設からでも通話ができる。
「でもでも!」
ルカが目前に迫った今、サラはいつもにまして聞き分けが良くなかった。
それを、後ろからサラの両肩を軽く押さえてエディが制する。
「施設は閉鎖された空間よ。閉じ込められる可能性が高い。それらなら迅速に動ける人でないと邪魔になるわ。子供のあなたや私みたいなのは一緒にいない方が良い。…家族が心配なのは分かるけれど、こういう時ほど冷静でいないといけないわ」
サラの肩に置いた手を回し、エディはサラを柔らかく抱きしめる。
サラは泣きそうになったが、口を噤んでコクンと頷いた。
コアはそんなサラの頭を撫で、ペトラとリーヴスに視線を送る。
「施設には俺達で。それと…」
ペトラの持つ金属球体が雫型ボディに代わり、〈このフレイアがお供しましょう。〉と短い手足を器用に回してお辞儀した。
サンクミー飼育施設へ向かう準備を始める中、サラはぽてぽてとペトラに近寄った。彼女の裾を握って引っ張る。
「…いいな、ペトラは。いつもコアと一緒に戦えて」
いつもの威勢の良さはなく、引っ張る力もか弱かった。
からかってやろうかと思ったペトラだが、目にいっぱい涙をためているサラを見て思い直す。
しゃがんでサラと目を合わせた。
「今、コアと一緒に戦えるのはサラがいるからだよ。…それに、二人のことは少しでも守らせてほしいよ」
珍しく、ペトラの声が少し暗くなったので、サラは顔を上げた。
「二人のお父さん…ティヤのおかげで私たちはここにいる。ティヤが命を懸けて泥蛇の実験施設から逃がしてくれたから。ティヤの最期の言葉は多分、私たちじゃなくて、エレナやカヴェリ…ソーマ。そしてサラとルカのために贈られたものだもの。だから、たまには守らせて」
ペトラの声音が明るいものに戻った。
ペトラの笑顔や言葉には暖かさと強さを感じる。そんな彼女に嫉妬と羨望が尽きなくて、サラは悔しそうに頬を膨らませる。
憎まれ口でも言われるかと思ったペトラだが、サラはしゃがんでくれたペトラの首にぎゅっと抱き着いた。
「帰ってきてね」
サラが自分に可愛いのは本当に貴重なので、ペトラはぎゅーっと抱きしめてやった。
苦しいよー!と喚く二人を、他のメンバーが穏やかな顔で見る。
そして準備が終わった。
コア、ペトラ、リーヴスがサンクミー飼育施設へ歩き出す。
リーヴスを筆頭に進んでいたが、途中で彼から止まれと合図を受ける。
コアとペトラは岩場に身を隠し、リーヴスの手信号を読む。
岩場から少し顔を出して施設の入口を確認する。
二人の眉間に皺が刻まれた。
施設の入口には背の高い女性が一人立っていた。
わざと顔を見せているので、彼女の銀髪が強い風に舞っている。
そんな彼女の手にはなにかあった。
銀糸で作られた薔薇を、リーヴスたちに見えるように口元に寄せた。
そして音も無く施設の中へ入って行った。
コアとペトラはそれを見て、悪い笑顔を浮かべる。
「随分粋な喧嘩の売り方だな」
「ああいう喧嘩は、内陸じゃ高値で売れるよね」
同じ顔をしている双子に、リーヴスは呆れた。
「てめぇら喧嘩となると仲良しだよな。まぁいい。――行くぞ」
3人と1騎が、ニーナの後を追いかけ――サンクミー飼育施設へ入った。