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第一話

目を開けるとそこは眩しいくらいの光で溢れていた。


私の記憶は高校から帰るところだった。

いつものように少し静かになった校舎をあとにしたところだ。

目の前に急に黒いものが現れて…

そして真っ赤なものが…


そうだ、私は何者かに腹部を刃物で刺されたのではないだろうか。

痛みは感じなかったが、きっとすぐに気を失ってしまったからだろう。


ということはここは病院だろうか。

確かめようと首を動かしたいが全く動かない。

これはかなり重症のようだ。

倒れたときに頭でも打ってしまったのかもしれない。


私は目を閉じた。

回復するのを待つしかないだろう。

今私にできることは何もない。


「…そんな子、いらないわっ!」

「王妃様!!」

「どこかに棄ててきて!!」

「そんな…」


─うるさいな─


私は再び目を開けた。

病室でテレビでも観ている人がいるのだろう。

目を開けたがやはり体は動かない。

見えるのは白い天井だけだ。


諦めて目を閉じようとした私の視界に淡い緑色の髪の毛の若い女の姿が飛び込んできた。

彼女は目に涙を浮かべて私のことを眺めている。

そして両手をこちらに向けると、私はふわっと浮かぶ感覚がした。


彼女はどうやら私を抱き上げている。

そしてゆっくりと私をその胸に抱きかかえその場を去った。


私は白い布で包まれたようで外の景色は見えない。

私を軽々と持ち上げて抱えて走るなんて、この女はよほどの怪力の持ち主だろう。

そして私は普通の病院には居なかったようだ。

もしかしたらあのまま死んでしまって、ここは死後の世界なのかもしれない。

身動きも取れない今は、このまま身を委ねるしかできない。


白い布で包まれたまま、私は女に優しく抱えられゆらゆらと揺れていた。

いつの間にか心地よく感じ眠くなってしまった。


────


次に目覚めたとき見えたのは薄汚い木造の天井だった。

相変わらず首すら動かない。

どうやらまだ布で包まれているようだ。


「ごめんなさいね、お腹空いたわよね。」

さっきの緑色の髪の毛の女がこちらに向かって話しかけてきた。

私は言葉を発しようと試みたがそれも叶わなかった。

私の口から出たのは「アー」という声だけだった。


女は私を包んでいた布を剥がすと、また両手で私を抱き上げた。

そして女はおもむろに乳を出して私に咥えさせた。


─な、なにを?!─


私は突然の出来事に面食らったが無意識に吸いついていた。

あたたかくてほんのり甘い。

本能がこの行為をやめさせない。


視界に小さな手のひらが見えた。

短くてぷにぷにした指がついている。

どこかで見たことのあるそれは…


─赤ちゃんだ─


冷静に考えると私の意識は生まれたての赤ちゃんの中にある。

首を動かせないのも仕方がない。

生まれたてて首がすわってないのだろう。


なぜ私の意識が赤ちゃんの中にあるのだろうか?

夢でも見ているのだろうか?


私は考えようとしたが今は乳を吸うことが最優先だということしか感じない。

腹を満たすまで離すわけにはいかない。

私が満たされて口を離すと女は私を抱き直して背中をトントン叩いた。

優しくて心地のよいトントンだった。


────


女の名前はサイカというようだ。

サイカの『お母さん』というフラルと呼ばれる女と二人暮らしをしているようだった。

二人とも淡い緑色の髪の毛をしていて色白で美しい顔立ちをしていた。


「これからどうするつもりだい?棄てるように言われたんだろう?」

「そんなこと!できないわ!!」

「まさかここで育てるつもりじゃないだろうね?」

「育てるつもりよ。だって…あまりにもかわいそうだもの…生まれたばかりだというのに…」


『かわいそう』


どうやら私はこの謎の世界でも『かわいそう』な存在らしい。

夢なのか現実なのかわからないが、私は私ということだろう。


「育てるって…仕事はどうするんだい?」

「お暇をもらったわ。」

「サイカ!!せっかくお城で雇ってもらえたのに…お前って子は…」

「お母さんごめんなさい。でもこの子を救えるのは私しかいなかったのよ…」

「…まったく、誰に似たんだろうね…この子は。」

フラルはそう言うと私を抱え上げた。

「名前はなんて言うんだい?」

「あっ!そう言えば名前をつけてもらう前だったわ。」

フラルは悲しそうな顔で私を見た。

「お前、名前ももらえなかったのかい…」

「いいわよ、私がつけるわ!素敵な名前を考えてあげるからね!!」

サイカは私のほっぺをツンツンとつついた。

「しかしこの子、このままでは目立ってすぐにみつかってしまうんじゃないかい?この髪の色…」

「そうね…」

サイカはそう言うと私に向かって何かを唱えた。

「何よその魔法は!下手だねぇ!もっと明るい色にならないのかい?!」

「変ね…」

サイカは私に向かって何度も何かを唱えた。

その度に私は光に包まれる。


「ダメね、私たちと同じ色にはならないわ。」

「まぁ、最初の色よりはいいね。少し濃い色だけどかなり私たちに近づいたよ。」

「これで目立たずに生活できるといいんだけどね。」


二人は心配そうな顔で私を見ていた。

私は見るのに疲れてまた眠ってしまった。


────


「ネロ、おはよう!あなたってば全然泣かないからオムツもおっぱいもタイミングがわからないわ。」

サイカはにこやかにそう言うと私を抱き上げた。

「強い子なのね。きっとそういうことなのよね。」


私は『ネロ』と呼ばれるようになった。

きっと私の名前だろう。

数日観察してみたが、私はどうやら城の王妃の息子としてこの世界に生まれたらしい。

それがどういうことか王妃は私を棄てた。

そしてこのサイカという女が私を棄てる仕事を放棄して森の奥にある母親の家に身を寄せたようだった。

サイカは魔法を得意としているようで子供を産んだわけでもないのに母乳を与えることができるのは魔法のおかげらしい。

彼女の母親のフラルもサイカほどではないが魔法が使えるようだった。

この世界ではそれが当たり前のようだ。

私がいた世界とは全く違う。

まるでゲームの中のような世界だ。


私は母乳を与えられ、眠くなったら寝る生活をした。

言葉を発することもできず、思うように動くこともできない。

今は流れに身を委ねるしかない。


────


月日は流れ、私は1歳になった。

サイカとフラルは私を実の子供のように育ててくれている。

私は歩けるようになり、言葉も少しずつだが話せるようになってきた。

「ネロは成長が早いのかしら?」

フランは家の前に広がる畑で野菜を作り、それを街に卸す仕事をしていた。

私の元いた世界で言う農家だ。

サイカも育児の合間に手伝っていたが、最近はずっと木彫りのアクセサリーを作っている。

アクセサリーには魔法を施しているので装着すると何かしらの効果が出るような代物なのだろう。

「ネロもほしいの?」

私が見ているとサイカは三日月の形をしたペンダントを私の首につけてくれた。

「ネロには長すぎるわね…」

サイカは革の紐に付け替えた。

「チョーカーにしてみたわ。どうかしら?ネロ。」

「なんだい、首輪みたいじゃないか。」

「嫌ね、お母さん!おしゃれなアクセサリーよ!ネロは気に入ったでしょ?」


「うん」


私は生まれて初めてプレゼントをもらった。

もっと嬉しい気持ちになるかと思ったが何も感じなかった。

私はやはり私だった。


サイカとフラルは笑ったり泣いたりしない子供を精一杯愛してくれた。

私はその気持ちに応えようと笑う練習をしたがなかなか上手くいかなかった。

そのかわり魔法の方はどうやら得意のようだった。

歩くのと同時に物を浮かせたり飛ばしたりできるようになっていた。

サイカはそんな私を見て喜び、まだまだ赤ちゃんである私に魔法のことを教え始めた。

この小さな体ではまだできないことも多かったが、私は一生懸命にサイカの言葉を覚えた。

そして魔法というものを理解し始めた。


元の世界で理数系が得意だった。

私の中の魔法は化学式に近いものがあった。

核になるもののまわりに何かをくっつけることで違う作用が生じるようだった。

未知のものを生み出すようでとても興味深く感じた。

他にできることもないし、私は暇があれば魔法のことを考えるようになった。


そして私は二人の女性に守られ、すくすくと成長していった。


────

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