招かざる王太子妃 1
ダルトリー王国そのものもシンプルだけど、王都はほんとうにシンプルである。シンプル、というのとはちょっと違うかもしれない。はやい話が、煌びやかさや華やかさはほとんど見られない。まるで田舎の町のようである。
いいように表現すれば、歴史的に価値のある建造物の数々。悪いように表現すれば、究極に古めかしい建造物。王都は、そういった建物ばかりが立ち並んでいる。中央にある公園もまたシンプルで、馬で通りかかった際に見たかぎりでは噴水と林があるだけである。
そして、王宮はもっとシンプルだった。
大昔に建てた宮殿を、修復を重ねているに違いない。学生時代に習った「なんとか様式」の石造りの宮殿は、ただただ荘厳さを感じさせる。
(まぁ、夜ですものね。王都も宮殿も寝静まっているだけなのよ)
祖国の皇宮は、夜間はこれみよがしに昼間のように明るく照らしだしていた。警護の為の篝火以外に、宮殿そのものを照らしていた。それはまるで書物に登場する不夜城のように、夜の闇を駆逐して支配していた。宮殿じたいは、何度も何度も建て替え、最終的には莫大な費用を投じて金や大理石をふんだんに使った宮殿へと様変わりした。宮殿だけでなく、皇都もまた流行の最先端をいく様式や材質を使用し、機能的ではなく見栄っ張りな街と化していた。
とにかく、ダルトリー王国はすべての面において祖国とは正反対のようだ。
「殿下、ご無事でなによりでございます」
ひっそりとしている。
宮殿のエントランス前の階段下で待っていたのは、親衛隊と思しき一隊と執事たちだった。侍女かそれを束ねる侍女長らしきレディもいる。
馬を親衛隊の隊員に託していると、威厳のある執事が近づいて来てロバートに声をかけた。
「ありがとう、オスカー。あなたもかわりはないか?」
「ええ、殿下。あいかわらず、足の関節は痛みますがね」
「そうか。大事にしないとな。陛下や妃殿下は?」
「おふた方もお元気ですが、いろいろと気鬱なことが多く……」
「宰相だな? 彼は、あいかわらず好き放題しているようだな」
ロバートは、嘆息した。
「殿下、殿下が覚悟を決めてくだされば……」
「ああ、わかっている。わかっているよ、ラッセル。だから、みなまで言ってくれるな。それよりも、すでにモーガンからきいてくれていると思うが……」
ロバートに手をひっぱられ、みんなの前に立たされた。
いやでも全員の好奇の視線にさらされる。
「こちらはユア。おれの、おれの愛するレディだ。つまり、おれは結婚した。妻を娶ったわけだ」
静けさが痛いくらいである。
そのとき、王宮にも森があるらしく、どこかからか夜鳥の啼く声が流れてきた。ついで羽ばたく音も。
が、静寂はすぐに破られた。
だれかがプッとふきだし、その直後みんなが大笑いをし始めたのである。
「殿下、嘘ってバレバレですよ。レディ嫌い、レディ苦手、レディ恐怖症のあなたが、妻を娶るだなんて。どうせ偽装でしょう?」
「殿下、いくら縁談回避の為とはいえ、偽装や契約結婚など愚策もいいところですな」
ラッセルとオスカーに指摘され、ロバートの浅黒い顔が真っ赤になっているのが月光の下でもよくわかる。
(というか、ロバートってそんなにレディのことがダメなわけ?)
わたしの前ではそういう素振りはまったく見せなかった。というか、見せない。だから、そこまでとは思わなかった。
「それとも、そのレディに誑かされましたか? そのレディは、デイトン帝国の元皇帝妃というではないですか」
これまでひっそりとたたずんでいたレディが口を開いた。
書物に出てくるような「いかにも侍女長」、もしくは「いかにも教育係」のレディである。そういうレディがよくかけている銀縁のメガネを、彼女もかけている。その銀縁メガネの奥の目は、あきらかにわたしを敵視している。
まるでわたしみずから彼女の家族を皆殺しにしたかのように。
(ぜったいにこうなると思っていたのよね)
ロバートが王太子だと知った瞬間、まずこのことを懸念した。というよりか、こういう展開になるだろうと確信した。
彼が将軍という立場だと許されることも、王太子の立場だとそうはいかないから。




