こうしてバカ皇子は処刑されましたとさ
聖女イオナの奇跡を受けたラースローの奴は大げさなぐらいよろめいた。
んで、頭を押さえながらイオナやドロテアを睨みつける。血走って歯をむき出しにする様は醜いったらありゃしない。つばを吐きながら怒鳴り声で告解するその醜悪さに観衆の連中も眉をひそめる。
「イオナぁ、せっかくこの私が取り立ててやったのに仇で返しおって! 貴様のせいでドロテアにあらぬ罪を着せて破滅させる計画は台無しではないか!」
「ほう、つまり貴方様がこのわたくしを訴えたという罪も証拠もでっちあげだったと」
「はっ、貴様のことだからこの私がイオナと親しくすれば矮小な誇りとやらを振りかざして悪意を振りまくと容易く予想できたぞ。だがそれを実行に移さなかったとは、この私の思っていた以上に小心者だったようだな」
「このわたくしがそこまでする程の価値が皇太子でもない貴方様にあるとでも?」
「黙れ! やっていなかろうと貴様がイオナを虐げようと目論んだことそのものが罪だ! 私が正義の鉄槌を下すために証拠を創ったのだ。非難される謂われはない!」
ドロテアの追求にもラースローの奴は面白いぐらい素直にゲロってくれるな。でも生意気な口調な上に開き直って自分の正当性を主張する辺り、コイツは骨の髄まで腐りきっているらしい。
「ふーん、じゃあラインヒルデ皇太子殿下をイストバーン様もろとも謀殺しようとしたのも正義の一環だったってか?」
「当然だろう。私の耳にまで評判が届くような小賢しい王子など神聖帝国の害にしかならんからな。それにあの女なんぞよりこの私の方が神聖帝国を上手く支配出来る。なら二人まとめて消えてもらうに越したことは無かった」
「皇太子殿下よりテメエの方がー? とても信じらんねえんだけど。能力、評判、実績、人格。全部テメエより上なんだけど」
「うるさい! あの生意気な女め、事あるごとに高貴なるこの私を見下しおって……! 私の方がはるかに優れているというのに!」
ああ、そうだな。前回はまんまとしてやられて邪魔だったラインヒルデもイストバーンもこの世から居なくなってあたしは破滅。マティルデが真の正義を執行してなかったら全部コイツの目論見通りだっただろうね。そう言う意味では優れてたわな。
だが神はあたしとマティルデを今回に遣わした。つーことはそれが間違っていてテメエは神に愛されてなかったってことだろ。ラインヒルデの暗殺に失敗した時点でテメエの命運は尽きてたんだよ。
ざわめく一同に向けてドロテアは手を叩いて注目を集めた。
「皆様お聞きのとおりです! こちらのラースロー皇子殿下……いえ、逆賊ラースローは恐れ多くも皇太子殿下と同盟国の王子の暗殺を目論み、邪魔だったこのわたくしを排除し、神聖帝国を手中にせんとしていたのです!」
「それの何が悪い!? 愚民共はこの私に支配されてしかるべきなのだ!」
「そう思ってらっしゃるのは貴方様だけのようですわね。おめでたいこと。もしや皇帝陛下が体調を崩していらっしゃるのも貴方様が毒を盛っているのではなくて?」
「はっ、使用人共に金を握らせて腐った肉を食べさせ、真夜中に布団を剥ぐ程度だ。身体の弱いあの死にぞこないなんぞそれで充分よ」
まさかの事実に騒然となった。
おったまげたのはあたしや問い詰めたドロテアを含めたほぼ全員じゃないかな。他の反応を示したのは悪の権化を忌々しく睨むマティルデと無表情で冷たい眼差しを送るイオナぐらいか。
そうか。実権を握るために皇帝陛下にも早々と退場していただいた、ってか。救いようのねえド外道だな。いやはや、ここまでくるともういっそ清々しいね。その本性を見抜けなかった前回のあたしはホント大馬鹿だよ。
「勇敢なる神聖帝国の兵士達よ、全貴族を代表してこのドロテアが命じます! 皇帝陛下の弑逆を目論んだ逆賊ラースローを直ちに捕らえなさい!」
「「「はっ!」」」
ドロテアの命令を受けて会場を警備していた兵士達が動く。屈強な兵士達に迫られても貧弱ひょろ皇子は抵抗するすべなく、あっけなくとっ捕まった。もがいても無駄、太腿に蹴り入れても鎧に守られた兵士は痛くも痒くもない。
「離せ無礼者が! 一族もろとも処刑台に送ってやるぞ!」
「処刑台に送られるのは貴方様の方ですわよ! 楽しみにしているのですね!」
「くっそぉぉぉっ!! この私が、この私がぁぁ!」
ラースローはわめき声を上げながら引きずられて強制退場となった。
もう二度と会うことはねーよ。ちょっとぐらいは名残惜しいとか思うかと危惧してたんだが、ざまぁみろとしか思わねえもんだな。朝一にカーテン開けたら雲ひとつ無い青空で、涼風に撫でられながら日光を浴びるぐらい清々しい気分でいっぱいだ。
ただそんな風にご機嫌なのはあたしとマティルデぐらいなもので、他は自分達の皇子のやらかしに複雑な様子だった。返り討ちにしたドロテアすら思い詰めた辛気くせえ表情してるんだけど。
「皆様、折角の宴ではありますが、本日は――」
「ドロテア様。それはあんまりではありませんか?」
「ギゼラ様……?」
おっと、中止だ中止、だなんて言わせねえよ。
「ラースロー皇子殿下の評判が悪かったのは周知の事実。それが今馬脚を現したに過ぎませんわ。むしろ神聖帝国が乱される前に害虫を排除できた、と喜びませんと」
「し、しかし……」
「あの名を呼ぶのも憚られる愚か者のせいで一生に一度しか無いこの機会を台無しにされるだなんてたまりません。むしろあの者など記憶に残らないよう円滑に執り行うべきではありませんか?」
「……確かに」
あたしが好き放題言いまくると同調してくる奴も何人か出てきた。次第にラースローへの批判を隠さなくなり、あんな奴のことなんざ忘れて素敵な思い出にしよう、と皆口々に言い出す。
やっぱあの野郎には全員思うところがあったんだなーとかしみじみ思ってたら、ドロテアがこっちに向かって力強く頷いてきた。ありがとうと言っている、と勝手に解釈したあたしは頷き返してやった。
「皆様、ギゼラ様のおっしゃるとおりですわ! ここはわたくし共の更なる飛躍と神聖帝国の栄華を願って祝おうではありませんか!」
で、バカ皇子がいなくなって身分が一番上になったドロテアの声とともにアイツが台無しにして微妙だった空気は一気にぶっ飛んで、元通りになりましたとさ。いやーめでたしめでたし、だわ。
見事クソ野郎を撃退したドロテアはそりゃまあ人気者になって、皆が周囲に集まった。ようやくさばききった彼女はあたしのもとへとやってくる。二人してお互いに向けて優雅にお辞儀をした。周囲からため息が漏れた、気がした。
「ごきげんよう、ギゼラ様」
「ごきげんよう、ドロテア様」
「この度は何もかもギゼラ様のおかげです。心より感謝致します」
「わたくしへの感謝は不要です。ここだけの話、わたくしはただ神に破滅の未来をやり直すよう命ぜられただけですので」
そうだ。これを全部あたしのおかげだよ感謝しな、とか言う気はサラサラ無い。何もかもかなぐり捨てたあたしが何の因果かこんな形で関わったのはイストバーンのおかげだし、遺憾ながらマティルデの力も借りたしな。
それに、あたしが焚き付けたとは言え、ラースローの奴をこてんぱんにしたのは他でもないドロテアだ。他人の手柄まで奪うつもりはねえよ。あたしはアイツのざまぁない顔さえ拝めりゃ充分だ。
「神が……? それにやり直すとは……いえ、成程。だからわたくしに的確な助言が出来た、というわけですか」
「他の方には秘密ですよ」
「勿論ですわ。ギゼラ様、何かありましたらこのわたくしが力になりましょう」
「ええ、その時はよろしくお願いますね」
あたしとドロテア。二人の悪女が笑い合う。
最大の危機を乗り越え、未来に思いを馳せて。
こうして盛大な喜劇はバカの自滅って形で幕を下ろした。
あのクソ皇子は案の定満場一致で処刑が決まったわけだが、ラインヒルデが
「あの者の処刑方法だが、ギゼラは何か希望があるか?」
と聞いてきたので、
「だったら火炙りなんてどうだ? 死体も残らねえぐらい綺麗に焼いちまおうぜ」
と言っておいた。
部外者のあたしに自国の皇子の最後を何で決めさせるのよ、って疑問だったので、「なんであたしの希望を聞くんだ?」と質問したんだが、「私を救ってくれた礼だ」と答えてきた。
こうしてラースローは大衆の前で火刑に処されましたとさ。
なお、最後まで罵声と悲鳴をあげまくりで、醜いったらありゃしなかった。
あいにくアイツには神は微笑んでくれなかったみたいで、そのまま死んだ。
ざまぁみろってんだ。




