私は貴方と出会えて本当に良かった
「帰るんだな。パンノニア王国に」
「ええ。一年間も祖国を不在にしていましたから」
「残念だ。私は殿下を神聖帝国に迎え入れる未来を思い描いていたのだがな。我が夫として」
「勿体ないお言葉ですが、私には既に愛する妻がおりますので」
バカの始末が終わったことで神聖帝国に暗雲をもたらす奴の掃除が完了した。と同時に因縁が片付いたし、もう神聖帝国に用は無かった。家族と和解したからってあたしの居場所はこっちじゃなく、イストバーンの故郷なのさ。
あたし達はあれから無事に帝国学園を卒業した。優秀な成績を収めてだったもので、他国の者に負けるとは何事だ、と叱咤された連中が後を絶たなかったらしいのは余談だな。あたしとマティルデは前回の復習みたいなものだったし、ズルっちゃズルだが。
んで、帰国するにあたってラインヒルデ皇太子の謁見を賜った。神聖帝国皇帝の容態はもう手の施しようがないぐらい悪化しているんだとか。腐った食い物食わせてたクソ皇子は牢屋にぶち込んだんだが、手遅れだったか……。
「近いうちに私は帝位を継ぐ予定だ。その際殿下は……来ないか」
「ええ。国王の父か王太子の弟が参るでしょう」
「そうか……残念だ。もうおいそれとは会えなくなるな。だが離れていても、立場は違えど、殿下は私にとって友だ。何か困ったことがあれば力になろう」
「こちらこそ、何かありましたら微力ながら相談に乗りましょう」
「そして……」
ラインヒルデは玉座から頭を垂れるあたしを見下ろしてきた。皇女としてしか知らねえ最低の屑だった前回のあたしの記憶と印象が全然違ってて頭こんがらがるな。
なんつーか、威厳を感じるんだわ。臣下を圧倒させるような、さ。
「ギゼラ。貴女が隣国パンノニアとの友好の架け橋となる、などと今更言わない。ただのギゼラだったからこそ彼の心を掴んだんだろうからな。……我が友を頼む」
「勿論です。全身全霊をもってこの御方を支えてみせましょう」
こうしてあたし達は神聖帝国を後にした。
この一年間は本当に濃厚だった。けれど来て良かった、と思えるようになれたのは僥倖だわな。まさか家族と仲直りする日が来るなんざ家族を捨てる頃には微塵も思ってなかったし、ましてやあの野郎に引導を渡せるなんてな。
ただなぁ。なんつーか、そんなのあたしにとっちゃおまけみたいなもんなんだよな。何もかも手に入れようとして何もかも失った最低な自分とおさらばしたあたしは、ささやかな幸せだけ掴んどきゃ充分だったんだ。
側にいて楽しくて幸せな相手。イストバーンに巡り会えたこと。
それが何よりも重要なのさ。
「それにしても……わたし達はどうしてやり直す機会を与えられたんでしょうね?」
帰りの道中、マティルデがそんな疑問を呟いてきた。
はぁ? 何言ってんだ今更よ、とか言おうと口を開いたんだが、言われてみりゃあたしも不思議に思っちまった。
「神はわたし達にその御力の一端を人に授け、お告げを与え、そして人を導いた者たちが聖者や聖女と呼ばれます。神はそれしかしません。天災や圧政で苦しもうとそれは試練の一環とみなされて、直接は決して救いませんよね」
「だから馬鹿して火炙りされたあたしやバカの始末にしくじって相打ちになったマティルデが人生やり直してるのは、神様の導きじゃねえとでも言うつもりか?」
「そうとしか思えませんよ。でも、じゃあ誰の仕業か、って聞かれたら困りますけど」
「もしそうだとしたらあたしやマティルデがくたばって困る奴がいたってことか」
神は言っていた。あそこで死ぬ定めじゃない、と。
でも聖者や聖女が殉職したって世界は滞りなく進んでいくもんだ。極端な話、神聖帝国が滅んでも歴史の流れの一つに過ぎねえ。古の大帝国が崩壊したみたいにな。バカが死んでイストバーンとラインヒルデが生き残っても転換点にはならねえだろ。
「だとしたら考えるだけ無駄だ無駄。もしそうだったとしてもよ、未来人があたし達に何を望んだかなんて知る由もねえよ」
「でも気になるじゃないですか。稀代の悪女だったギゼラさんと聖女人形だったわたしに再登板させてまで変えたかった未来なんて」
「答え合わせが出来るならな。妄想だけ膨らませたって虚しいだけだぜ」
「……それもそうですね。わたし達はその方に感謝だけするとしますか」
そんなマティルデの疑問を解消したのは後日ドロテアから送られた手紙だった。
書かれた告白によれば、ドロテアが授かった奇跡は続開だったそうだ。
何でもラースローの奴が粛清とかしまくったせいで皇位を継げる正統後継者が不在になったらしく、マティルデの死後に我こそはって連中がそこいらで挙兵したらしい。んでその混乱に乗じて隣国が押し寄せてきて、神聖帝国は滅亡しましたとさ。
ドロテアは陥落して燃え落ちる帝都を城から眺め、こんな筈じゃなかった、と絶望したそうな。どこから間違ってしまったのか、と思い返して、あたし達二人に思い至ったらしい。もっと別の選択をしていたら……と思ったら、奇跡が発動したんだとか。
続開はそれまでの時間で得た経験を過去へと飛ばしてやり直させる奇跡。なので肉体や魂が過去に戻るわけじゃないんだそうだ。更に自分はやり直し不可能ときた。ま、飛ばせたところで元いる自分がどうなるわけじゃないんで、破滅は確定してたわけだが。
こっちのドロテアがそんな真実を知ったのは、彼女が奇跡を発動させたのが丁度この頃だったから、だとか。つまり今頃になって彼女はあたしやマティルデと同じように前回を思い出せたらしい。
「結果だけを味わう不安でこっちに来たけれど、あたし達が無事に未来を変えていて安心した、だってよ」
「ご苦労さまです、とのねぎらいと、ありがとう、との感謝を返事にしたためますか」
ドロテア。ありがとよ。そして彼女にそんな奇跡を授けてくれた神様もな。
おかげであたしは上手くやり直せたよ。
これからはそんな奇跡に頼らないようにしなきゃな。
□□□
国王の宣言通り、王太子は成人後に国王となった。
と同時にイストバーンも王子じゃなくなって公爵に臣籍降下した。
国王は処刑された王妃を終生弔い続ける、と宣言して完全に隠居。王宮を去った。
その背中は君主だったとは思えないほど小さく寂しいものだった。
新国王ヤーノシュは就任に合わせて婚約者だったバルバラと婚姻、挙式を上げた。
国を挙げて盛大に祝われて、大勢の民が新たな国王夫妻を祝福した。
近隣諸国からも多くの来賓が訪れ、イストバーンとあたしも協力して応対した。
んで、それに隠れるようにあたしとイストバーンも披露宴を執り行った。
大聖堂で愛を誓ったしもういいんじゃね、と面倒くさがったあたしの意見は即刻却下されて、身内や親しい人を呼んでささやかに開かれた。その分花嫁衣装には金かけたんで無駄に豪華になっちまったがな。
将来を神にと相手に誓い合って口づけを交わした時も幸せを実感したんだが、みんなから祝われてわたしは改めて幸せに包まれている、って涙したわな。自分でもこんなに泣くなんて思いもしなかったよ。
「ところでギゼラ」
「なんでしょうかイストバーン?」
「あの乱暴な口調、いつまで続けるんだ?」
「お望みとあらばもうしませんが」
ここ最近はイストバーンの妻に相応しく慎ましく気品あるよう振る舞ってきた。乱暴で捻くれてたのは子供時代の反抗心が前世への反感と合わさって続いたようなものだ。何もかも解決した以上、いい加減卒業すべきでしょう、と思って気をつけてる。
「いや。続けたいなら続けていいぞ。ただし、俺とか気心知れた相手だけにな」
「いいんですか? みっともない、と思われても仕方がない無礼さですが」
「そういう破天荒な中に魅力が詰まったギゼラだからこそ俺は好きになったんだぞ」
「っ……。そう言うの、卑怯だよ……」
だけどイストバーンが気に入っちまったみたいだから、もうちょっとだけ続けるか。
なあに、いずれあたしが生む子供に伝染しないように気をつけりゃいいさ。
万が一バレたらこう言えばいいさ。「運命に打ち勝つ反抗期の名残だ」ってな。
そっからも色々あったんだがあえて語るまでもねえわな。他の人と似たようなもんだろうし。奇跡に溺れて馬鹿を見て、奇跡で大切な人を救って、奇跡でやり直せた。それだけ教訓として後世に伝わりゃ充分だろ。
だから、こうやって締めくくっておしまいだ。
こうしてあたしは幸せな家庭を築き、普通の公爵夫人になりましたとさ。
イストバーン。私は貴方と出会えて……良かった。




