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王太子が実の母に対して容赦ないんだが

「お前、実の母であるこのわたくしを疑うというの!?」


 王妃を守っていた侍女や衛兵達は近衛兵に阻まれていて孤立。一方の王太子はイストバーン様は勿論、何故かあたしとかバルバラまで引き連れてくる余裕っぷり。もはや証言を揃えて無敵状態の王太子は鼻を伸ばすばかりみたいだな。


 そんな圧倒的不利な状況を振り払うように王妃は声を張り上げる。声が震えてないのは流石と言ったところか。上辺だけ見りゃあ勇ましいことこの上ないんだが、それがもはや張り子の虎で微笑ましい限りだなオイ。


「疑うも何も、母上が一番動機があるじゃないか。要はイストバーンが怖くなったんだろ? コイツがいつ王太子の座を狙って僕を蹴落とすか気が気でなかったんじゃないか?」

「馬鹿馬鹿しい。次の国王はお前だと決まっているのにどうして第一王子に怯える必要があるのか、さっぱり理解出来ないわ」

「イストバーン本人にその気が無くても周りに説得されたら? そうだな、例えばそこのギゼラとかがイストバーンに甘く囁いたらころっと手の平返すんじゃないか?」


 あたしは思わずイストバーン様を見つめた。

 おい、どうして目をそらす? そこはきっぱり興味ありませんって断言する所じゃね? それともあたしがそれぐらいイストバーン様を虜にしてるって言いたいの?


「そうじゃなくても神聖帝国の皇太子と友好関係を築いてるんだ。あちらさんがイストバーンを次の王にしろ、って頭ごなしに言ってきたら、父上だって考えを改めるかもね」

「だから皇太子殿下と共に第一王子を亡き者にしようとした、ですって? 一国の王妃であるこのわたくしを疑うからにはそれなりの根拠を携えてきたんでしょうね?」

「母上の侍女が証言してくれたさ。母上に命じられて刺客を人選させたってさ」

「はっ、口からのでまかせならいくらでも言えるでしょう」


 文官に刺客として給仕を人選させた宮廷女官とは王妃付きの侍女だった。当然なんだが証拠を残さないよう口頭指示だけだったものだから最初の方はしらばっくれたんだが、尋問は次第に拷問へと移っていって、前歯を抜くかって辺りでとうとう観念したらしい。


 それを聞いたあたしは王太子も過激だなーとか素直な感想を口にしたんだけど、なんと拷問を指示したのはイストバーン様だったというから驚きだよ。よほどあたしを巻き込んでの自作自演を疑われた事が腹立たしかったみたいだな。


「仰々しく兵士達を連れてわたくしの部屋を捜索するつもりかしら? ヤーノシュの気が済むならいくらでもどうぞ。その代わり証拠が何一つ見つからなかったら、いくら息子だろうと許すつもりは無いわ」

「分かってないなぁ母上も。こういうのは段取りが肝心なんであって結果はどうでもいいのさ」

「……っ! 貴方まさか――!」

「んじゃあまあ、陛下から許可は頂いてることだし、さっさと探させるか」


 いつもの調子が戻ってきた王太子は連れてきた近衛兵達に手を叩いて合図を送ると、王妃の私室内をひっくり返す勢いで探し始めた。侍女達が悲鳴をあげるのもお構いなしの無礼っぷりはむしろ清々しいぐらい徹底的だった。


 ところがそんな大仕事の結果なんだが、絨毯の裏側から衣装箪笥の奥まで隅々まで調べたのに収穫無しだった。保管してた手紙を残らず読み込む作業がまだ終わってないものの、徒労に終わるのは目に見えていた。


 なのに青ざめるのは王妃でほくそ笑むのは王太子。

 王太子の目論見は誰の目から見ても明らかだった。


「んじゃあ、母上が神聖帝国と内通してた手紙が見つかったってことで」

「やっぱり、証拠をでっち上げてわたくしに全ての罪を着せるつもりね……!?」

「忠臣の証言が証拠なんだからでっちあげって程でも無いだろ。イストバーンだけならともかく神聖帝国皇太子まで巻き込んだんだから、逃げられると思うなよ」

「国王陛下やわたくしの実家が許さなくてよ! 折角お前を王にしようとこれまで育ててきてやったのに……!」


 王太子は王妃を捕らえるよう近衛兵達に命ずる。王妃は喚きながらもがくけれど、その細い腕じゃあ屈強な兵士達を振り解くのは無理ってものだ。非難の声を上げる侍女達は剣を向けて黙らせるあたり、やり口が強引だな。


 王太子があたしとイストバーン様を連れてきたのは自分の手柄を誇示するためで、バルバラは自分の格好良さを見せつけたかっただろう。バルバラはその強引さにドン引きしてるしイストバーン様は不満そうに沈黙するしで逆効果だがね。


 ……胸糞が悪い。イストバーン様が殺されかけたのを差し引いても王太子の三流脚本にこのまま乗っかったままなのはあたしの誇りが許さねえ。やっぱあたしがちと朱書きしてやらなきゃ駄目っぽいな、こりゃ。


「マティルデ。残念だけど出番来ちまったぜ」

「えー。仕方がないですねー」


 あたしが指を鳴らしたのとマティルデが部屋に入ってきたのはほぼ同時だった。マティルデは部屋の中にたむろしてたあたし達や近衛兵共の間を縫うように進み、衣装棚の引き出しを指差した。


「ここですね。ほら、ギゼラさんもぼけっと見てないで手伝ってくださいよ」

「しゃーねーなー。代わりに今晩奢れよ」

「言っておきますけれどこれだって業務外の手伝い、いわば奉仕活動なんですからね」


 あたしとマティルデで左右を持ち、引き出しを抜き取ってテーブルへと運んだ。収納されていたのは王妃のものと思われる下着。近衛兵共が引っ掻き回したせいなのか、少しぐちゃぐちゃになっちまってるな。


 そんな下着群を二人して外に出していく。しまいに空っぽになった引き出しの中をじっくり見つめたマティルデは器用に底板……の上に巧妙に仕込まれていた二重底の板を剥がしたのだった。


 そして手紙が晒された。神聖帝国より送られてきたゲスな提案が書かれた証拠が、な。


「万が一探されても殿方が躊躇するような下着入れに収納しておくとは考えましたね」

「相変わらずえげつねえな、マティルデの直感って奴はさ」

「あら、もしかして破滅させられた前回でも思い出しましたか?」

「ありゃ反則だろ! じゃなかったら一生バレっこなかったんだよ」


 何のことはない、マティルデの聖女としての直感を頼りに悪意の宿った代物が無いかを探っただけの話だ。この手口で最低の屑だったあたしは非道な真似の記録を奪われ、全てを奪われ、失い、終いにはこの身を焼き尽くされたってわけだ。


 よほど隠し場所に自信があったのか、王妃は秘密が暴かれると途端に顔を白くして細かく震え始めた。歯がかちかち鳴るのがこっちまで聞こえてきてうるせえんだけど。あと両脇を近衛兵が捕まえてなかったら崩れ落ちるんじゃねえかな。


「手紙の中身は王妃と神聖帝国にいるやんごとなき方とやらとのやりとりですか」

「どっちも身内に関する愚痴って点は同じみたいだけど、何で手紙ごとに筆跡が違うんだ? 書いてる文章の癖もバラバラなんだが」

「あら、ギゼラさんにしては珍しく迂闊ですね」

「あん?」

「これらの手紙、全部代筆ですよ。それもラースロー様お抱えの、ね」

「……!」


 つまり、だ。大雑把な内容だけ伝えて複数人に書かせることで誰が差出人かを分からなくしたってわけか。随分小賢しい真似しやがるが、前回ラースローに仕事を押し付けられてたあたしとマティルデがこっちにいるのは誤算だったな。


 名声が高まるイストバーン様への不満が頂点に達しようとした頃、あのラースローに恐ろしい計画が提案された。すなわち、イストバーン様を暗殺した上でラインヒルデにその罪をなすりつけることを。


「毒はラースロー様が準備なさったみたいですね。彼が関与したのはそれぐらいですか」

「発案と手段の提供だけしておいて自分は手を汚さずかよ。汚え真似しやがる」


 ラースローの目論んだ筋書きは概ね前回現実になっちまった悲劇のとおりみたいだな。目の上のたんこぶだったラインヒルデを有能な隣国王子もろとも排除して神聖帝国に君臨する予定を粉砕してやって気分爽快だ。


「それにしても、こんな決定打になる危なっかしい手紙をよく残してましたね。読んだらすぐ焼いちゃえば良かったのに」

「分かってないなあマティルデも」

「む、じゃあギゼラさんには分かるんですか?」

「いざラースローに裏切られた時はコレ使って脅せるだろ」


 いわばこの裏取引の手紙は諸刃の剣だ。提案したラースローにも受諾した王妃にも致命傷を与えうる。王妃はそんな危険性を承知で神聖帝国を屈服させる材料を手元に置いていたわけだ。

 ま、つまりは王妃は欲をかいたせいで足を掬われたのさ。


「さて王妃様、これでもわたくしじゃないハメられたんだ、とか口にしませんよね?」

「言っとくけれど言い逃れしたって無駄だからな。神聖帝国に帰ったラインヒルデ皇太子が向こう側を締め上げてるだろうし、バレるのは時間の問題じゃねえかな」


 あたしとマティルデが二人して王妃に手紙を突きつけると、彼女は拳を握りしめたうえで腕を振るわせ、次には悪魔のような形相であたし達が持っていた手紙をぶん取ると、奇声を発しながら引きちぎり始めた。


「よくもよくも……! お前達がいなければ今頃万事上手くいっていたのに!」


 はあ、結局のところ動機は察しのとおり優秀なイストバーン様にヤーノシュの王太子の座が危うくなるから、らしい。ただ彼女の口ぶりからするに、イストバーン様はあたし達が思ってた以上に元老院の貴族共から支持を集めていたらしい。はた迷惑な。


「何だ、母上も分かってなかったのかよ。王様に求められるのは外面の良さと、いかに面倒事を押し付けられる奴を囲うか、だろ? 上手く采配してりゃいいんだから、何も本人が優秀な必要はどこにも無いってわけ」

「なっ……! 国家元首がそれでいいと思っているの!?」

「やれる奴がやるのは当然だろ。国のために生きて国のために死ぬとか古いって」

「……っ!」


 適材適所に仕事を任せれば効率がいい、なんて主張は大多数の王族や貴族の常識からかけ離れてる。強いて言うなら大昔にあったってされてる共和制政治に近いか。怠惰だと呆れるべきか斬新だと感心すべきか非常に迷うな、こりゃ。


 ただ、王妃である実の母親は息子の言葉を全く理解出来ないようで、王太子を見つめる眼差しには恐怖すら宿っていた。さながら悪魔を目の当たりにしたように。

 彼女は無意識のうちに後ずさっていたのか、テーブルの足に当たってよろめいた。


「んじゃあ話は終わりだよな。いくら王妃でもやったことには責任を取らないとな」

「こ、このわたくしをどうするつもりなの……!?」

「あ? 分かりきったことを今更聞かないでくれよ。裁判を受けて罪を償うんだよ」

「離しなさい、このわたくしを誰だと――!」


 そんな王妃は近衛兵達に両腕を掴まれて引きずられていく。いくら必死に王太子に呼びかけても彼はおざなりに返事するばかりで彼女を見送りすらしない。いくら大罪を犯した輩でも実の母親に向けてなんて冷血な、と思ったもんだが……。


「あー、終わった終わった。ったく、とんだ尻拭いをさせられたよ。疲れたからしばらく休んでくからお前達は戻っていいよ」


 彼は王妃の叫びが聞こえなくなると椅子を引っ張り出してぐったりと座り込んだ。魂が抜け出るんじゃないかってぐらい深く溜め息も漏らす。そんな彼にバルバラが無言で寄り添う。彼女が肩に添えた手を彼は握った。


「ん? でもまだ王妃様の下着を出しっぱなしだから片付けたいんだが……」

「いいから行くぞギゼラ」

「え? あ、ちょっと……!」


 あたしは有無を言わさずイストバーン様に手を引かれて退室させられた。

 ちょっと握られた手が痛かったから抗議しようと頭によぎったんだが、彼が辛そうな顔をしていたものだから口に出せなかった。

 それに、閉まる扉の隙間から見えた王太子が項垂れる姿は……何とも言えなかった。

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