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聖女は悪を裁くために権力者に近寄った、か

 マティルデが言うには経緯はこんな感じらしい。


 皇太子……いや、ラースローにとって姉であるラインヒルデは目の上のたんこぶだった。政務能力は国交改善とか支出抑制とかの実績から言わずもがなで、芸術面も楽器演奏やら賛美歌やらで絶賛されたりと、完璧超人と呼ぶに相応しい姉に何一つ勝てる分野が無かったんだとか。


 そんな優れた姉を疎ましく思い、皇太子は表向き大人しくしながらも虎視眈々とラインヒルデを蹴落とす機会を伺っていたんだとか。何かしらヘマをやらかせばいつでも失脚させられるよう根回しを入念にしつつ。


 そんな時、隣国で王太子の帰還を祝う夜会が開かれるとのことで招待状が届いた。


 既にヤーノシュ王太子の評判は神聖帝国にも届いていたものの、どう扱うかは王国同様に真っ二つに割れていた。傀儡にし易そうな王太子をこのまま守り立てていくべきか、思い通りにならずとも賢しいイストバーン様を支持していくか、を。


 で、ラインヒルデはイストバーン様と親しい間柄。となればラースローの奴が取る選択肢は限られてくる。つまり……、


「わたしの知る前回起こった事実だけを説明するなら、ヤーノシュ殿下の帰還祝いでイストバーン殿下は命を落とします。死因は毒殺。犯人はラインヒルデ殿下ってことになってます」

「いや、それは有り得ないだろ。確かに俺はあの場でラインヒルデ殿下と乾杯したけど、それだけで彼女が犯人って決めつけるのは短慮すぎる」

「イストバーン様、今はマティルデの話を聞こうぜ。あたし達に判断材料を並べるために暴露してるんだからさ」

「……確かにそうだったな。すまん、途中で遮って。続けてくれ」

「ところがですよ。皇太子が濡れ衣を着せられたのに神聖帝国は抗議してないんです。それどころか厳粛に裁いてほしいって声明を出すぐらいでした」


 なるほど、ラインヒルデが第一王子暗殺の犯人として捕らえられるのは神聖帝国にとっても既定路線だったってわけか。でなければ皇太子を捕縛されたのに指を咥えて見てるだけだなんて正気の沙汰じゃない。


 とすれば、ラースローの奴はラインヒルデの予想以上に上手いこと裏工作を進めていったんだな。じゃなかったらとっくの昔に……おっと、今回だとこれからの話か、神聖帝国は王国を攻め滅ぼし、国土を焦土に変えていただろうから。


「で、ですよ。ラインヒルデ殿下のお名前はそこから出てきません。そう、裁判も開かれてませんし刑が執行されたわけでもなかったみたいなんです」

「は? 有り得ねえだろ。どんなに茶番だろうと裁判は開いてラインヒルデ殿下は大罪人ですって体裁は取り繕わねえと、後でどんな難癖つけられるか分かったもんじゃねえぞ」

「そんなきな臭さを怪しんだ前回のわたしは調査して、ラースロー殿下がラインヒルデ殿下を誅殺した決定的証拠を掴んじゃったわけです」

「決定的証拠だって……?」


 前回のあたしを処刑して邪魔者がいなくなったラースローはそれまで以上にマティルデを寵愛するようになった。聖女と関係が良好なことを民や臣下に見せつける意味もあるんだろうし、単純に自分の欲望に身を委ねたのもあるんだろうな。


 ところがマティルデの方は人の救済と悪の断罪しか考えないただの聖女人形。ラースローに近寄ったのも悪そのものな最低の屑だったあたしを断罪するためと、聖女として円滑に活動するための後ろ盾を欲しただけらしい。つまり、打算だけで色欲は一切無いとさ。


「そこすっげえ胡散臭えんだけど。はしたない女だって思われてたの自覚あるだろ?」

「ちょっとそこ、口挟まないで下さいよ。今いいところなんですから」

「何だよ、じゃあ前回のあたしはマティルデの名女優っぷりにしてやられたってか? うかばれねえなぁ」

「ギゼラさんの負け惜しみは置いといて、ラースロー殿下はこの国のどなたかやんごとなき方と結託してイストバーン様に即効性の毒を飲ませたんです」


 それは今回も同じように起こった。あたしがあの場にいなかったら、酔狂でエリクサーを精製してなかったら、きっとイストバーン様は命を落としていただろうな。

 ……彼がいなくなるだなんて、想像しただけでぞっとする。


「そして、ラインヒルデ殿下には遅効性の毒を盛って、意識は朦朧のまままともに判断出来なくしたんですよ」

「何、だと……?」


 ラインヒルデが驚愕の声を上げるのも無理はない。

 だってあの場でグラスに口をつけたのはイストバーン様とほぼ同時。飲み込んだか寸前だったかの紙一重の差が命運を分けたんだから。しかも遅効性の毒だったら効果が出るまで何とも無いんだし、真相究明は難しい。


「人形みたいになったラインヒルデ殿下の尊厳を命尽きるまで徹底的に破壊してやった、とラースロー殿下の手記には書かれてましたが、具体的な説明は要りますか?」

「いや……いい。聞いたら怒りが抑えられそうにない」

「賢明です。わたしも思い出してイライラしてきましたし」

「んじゃあマティルデは前皇太子誅殺の証拠掴んでアイツを断罪したのか。それなら少しは溜飲が下がるってもんだ」


 さすがに皇太子の座に君臨したラースローでもラインヒルデ暗殺に関わったとあれば言い逃れは出来ねえだろ。聖女の立場は教会最高権威の教皇に匹敵する。皇帝陛下ならまだしも皇太子ならひとたまりもねえしな。


 ところがマティルデは表情を暗くして押し黙った。唇を固く閉じ、心臓の辺りを手で掴んだ。その手はわずかに震えていた。

 でもすぐに彼女は表情を明るくし、いつものように明るく喋りだす。それは無茶、と言うより自分自身を元気づけるかのようだった。


「開き直られました」

「は?」

「ですから、開き直られました。なので神の名のもとにわたしが裁きを下しました。こう、権杖を思いっきり振って頭を殴打してですね」


 その後すぐ近衛兵の槍に突き刺されて命を落としちゃったんですけどね、と言いながらマティルデは棒を振るう仕草をした。

 なんというか、マティルデも波乱に満ちた人生を送ったんだな……。


 ちなみに大罪について問い詰めた際のラースローはそりゃあとってもみっともなかったらしい。最後は命乞いをしたんだとか。正直あたしにはアイツが醜態を晒すなんざ全く想像も出来ねえんだがな。


「ところで、ヤーノシュ王太子が協力者だと決めつけたのは何か根拠があるのか?」

「え? だってイストバーン殿下がいなくなって一番得するのは彼じゃないですか。この催しの主役だって彼ですし。そうじゃなかったら監視の目を掻い潜ってお二方に毒を盛ったことになって無理筋ですよ」


 ラインヒルデの疑問も当然だしマティルデの推理も納得がいく。んだけど、どうも引っかかるんだよなあ。何か、やり方があたしの中のバカ王子と合致しないって言うか。ラインヒルデを陥れてまでイストバーン様を排除したがるタマかぁ?


「そう決めつけるのは早計だろ。まずは調査の進展をもって――」

「何だよ元気そうじゃんか。見舞いに来て損した気分だ」


 不意に聞こえた聞こえる筈のない声。

 慌てて振り返った先にいたのはなんと今話題に出ていたヤーノシュ王太子だった。


 会話に集中してて彼が医務室に入ってきたことに気付かったなんて不覚どころの話じゃねえ。ついさっき殺されかけたイストバーン様にとどめを刺しに来たとしてもおかしくねえのに、警戒しなさすぎだろあたし……!


 あたし達が身構えたのも気にしないで王太子は椅子を引っ張り出して座り、腕を組んで足を組んだ挙げ句に偉そうにふんぞり返った。人を馬鹿にするような言動は相変わらずで、この状況でもそのままな彼にはむしろ感心してしまう。


「見舞いに来た? 珍しいな。風邪引いた時も全く気にしなかったのに」

「風邪はいつか治るだろ。毒盛られたからって僕の許可無しで死んでもらっちゃ困るからな」


 ……ん?

 その言いっぷりだと王太子はイストバーン様に死んでほしくないみたいに聞こえる。

 マティルデの予想とは違うな。


「何だよその顔は。まさか僕がイストバーンを殺そうとしたって思ってたのか?」

「違うのか?」

「はあ? 黙ってても僕が国王になるのにどうしてイストバーンを危険視しなきゃいけないわけ? あとイストバーンに死んでもらったら雑務任せる奴がいなくなるんだけど。百害あって一利無いじゃん」

「……確かにそうだな」


 そうだよ、これが違和感の正体だよ。

 イストバーン様が王位を継がないって表明してる以上は貴族連中がどう思おうが王太子が国王になるのは盤石だ。小細工なんざ必要ねえ。それと有能なイストバーン様の抜けた穴を埋めるのはそう容易くないのも事実。


「イストバーンにはまだまだ僕の下で働いてもらわないとな。そこ分かってるか?」

「ああ、そうだな。そうだったな」

「てなわけで余計な真似しやがった奴が誰かは調べさせるから。せっかくの催しを台無しにしてくれた落とし前も付けてやらないとな。ま、今日ぐらいはそこで休んでろよ」

「いや、そうもいかない。俺が殺されかけただけならそれでも良かったかもしれないけれど、そんな単純な話じゃないっぽいからな」

「はあ? それってどういう……」


 と、王太子はそこでやっとラインヒルデの存在に気付いたらしく、偉そうにしてた姿勢を慌てて正した。まるで奇術師だな、と思ったのはわたしだけじゃないようで、ラインヒルデも軽く笑みを浮かべていた。


「失礼。いたなら言ってくれれば良かったのに」

「何、兄弟水入らずの会話に割り込もうなどと無粋な考えが浮かびませんでしたので」

「しかし、我が国の王子が毒殺されかけたんです。会場に留まるのは危険かと」


 おおー、バカ王子がまともに王子してる。

 やれば出来るんじゃないか。見直したぜ。

 それとも駄目な面ばっか見てて気付かなかっただけで、実はそれなりに優秀だった?


「その件ですが、どうもイストバーン王子と同じように私も――」

「大変です王太子殿下!」


 会話を遮るように声を張り上げて医務室に突撃してきたのは王宮近衛兵だった。彼は医務室にあたし達もいることに気づくとぎょっとするも、苛立った王太子が机を指で叩きながら早く報告するよう促した。


「報告します。グラスの簡易鑑定結果が出ました」

「それで、結果は?」

「イストバーン第一王子殿下のグラスには即効性の毒が盛られていました。それから……」

「ほら、早く言えよ。まどろっこしいな」

「それが……神聖帝国皇太子殿下のグラスにも遅効性の毒が盛られていました」

「……は?」


 ヤーノシュ王子は言葉を失った。

 あたしもマティルデに聞かされていなかったら同じ反応をしてただろうな。

 それだけラインヒルデとイストバーン様をまとめて排除して権力を握るだなんて凶行は非現実的だから。

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