表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

07.厨房でのひと時

 



 勇者召喚の儀式からはや三日、

 深夜0時を過ぎた頃――――


 普段なら皆が寝静まり、警備兵が巡回する足音のみが響く王宮内。

 しかし今夜は、王宮の一角にある厨房にポツリと灯りがともっていた。



「フンフフンフフ〜〜ン♫」

「コトコトコト……」

「トントントン……」



 白を基調とした大理石の広いキッチンからは、アルトの愉快な鼻歌と共に慣れた手つきで調理する音が聴こえてくる。



「いゃあ、まさかコレがあるとは思わなかったよな〜〜。ヨイショっと」



 ヨイショと大げさに言いながらアルトが手に持っていたのは、茶色い粉が入った小さな瓶だった。

 それを野菜やお肉を煮込んでいた鍋の中にパラパラと投入する。

 するとたちまち厨房内にその香りが広がった。



「……アルト殿、この香りは……?!」



 ここ三日間、王宮でアルトのお世話をしてくれている護衛のリュカが口を開いた。

 元々の性格が寡黙なのか仕事に従順なのか、今まで必要最低限の会話以外一切しなかったのに、やはりこの香りには驚いたようだった。



「これはクミン(パルニョン)ターメリック(アザナシン)コリアンダー(ルチルの種子)

 カルダモン(レイビスの種子)赤唐辛子(ガーラマオ)を混ぜたものだよ」



 それぞれこの世界では名前が違っていたけれど、これらは前世で言うカレーのスパイスだ。



「……?! 赤唐辛子(ガーラマオ)は料理にも使いますが、それらのほとんどが苦味や酸味のある薬だと存じておりますが……」


「うん、薬だけど実は料理にしても美味しいんだ。もちろん体にもいいし薬膳料理の一つなんだけど」


「薬膳料理……! それは存じませんでした。私は以前近隣諸国を回った際に色々な料理を食べましたが、これほどまでに食欲のそそる香りは初めてです。ちなみにどこの国の料理かお伺いしても?」


「え?! えっと、何処だったかなぁ〜〜……。何かの本で見たんだけどちょっと思い出せないなぁ……」


「そうですか……」



 リュカは少し残念そうにした後、香りを堪能するかのように目を閉じた。


 うぉっ、ビックリしたーー!!

 寡黙な奴だし、公爵家の子息()が料理をする事もいっさい追求されなかったから今まで油断してたけど、彼、料理好きなのかな……?


 まぁ、確かにこの国ではスパイス料理をほとんど見かけない。

 赤唐辛子(ガーラマオ)を油に浸けたガーラオイルはよく見かけるんだけど。

 夏は涼しく冬は極寒の地だからなのか?

 前世でもスパイス料理があったのは気候が暑い国だったよな。


 そう思いつつ、アルトは水で溶かした小麦粉を少しずつ加えてカレーにトロミをつけていく。


 ああ、カレーだ。

 やっとカレーが食べられる……!!


 アルトは鍋を覗き込み歓喜に満ち溢れた。



 ちなみに何故、俺が夜な夜な王宮の厨房でカレーを作っているのかというと、それは三日前に遡る――――


 三日前、勇者が召喚されてからは王宮内が少し慌ただしくなった。

 俺はひとまず親父と兄さん達と共に実家に帰ろうと思っていたら何故かアーサーに止められる。

 どうやら、俺のスキル【全属性魔法レベルMAX使用可能】が真実なのかを鑑定スキル持ちに確認してもらわなければならないらしい。


 そもそも“成人の儀式(スキル授与)”における神様のお告げは本人にしか聞こえないので、虚偽のでまかせを言うこともできる。

 レアリティが低いスキルを申告したならそれも構わないが、俺やアーサー、俺の家族のようにレアリティが高いスキルを授かった場合には必ず真実かどうかを鑑定する決まりらしい。


 鑑定スキルを持った人は世界でもかなり希少で、今のところ国で抱えているのは三人のみだった。

 そして俺は“成人の儀式(スキル授与)”の時に倒れてしまった為、鑑定が出来なかったのだ。


 本来なら勇者のスキルを鑑定をする為にスキル持ちは最低でも一人王宮にいるはずだったが、アーサーの【未来予知】のスキルによって“勇者召喚の儀式”の日程が分からなくなったので、いったん国内各地でレアリティが高いスキルを取得した人を鑑定する為に現在は出払ってしまっていた。


 こうして俺は鑑定スキル持ちが戻ってくるまで王宮に滞在することになったのだ。


 だけど前世を思い出してからというもの、俺は日本食が食べたくて食べたくてどうしようもない衝動に駆られてしまった。

 以前はイタリアンやフレンチと類似したこの国の料理に対して不満など無かったのに、どうも舌までもが日本人の味を思い出してしまったらしい。


 米や味噌、醤油なんてこの国では見たことも食べたことも無いしどうしたもんだかと悩んだが、厨房で材料を見たら何かアイデアが浮かぶかもしれない。

 そう思って暇を持て余した俺は早速厨房に向かったが、公爵家の子息という賓客扱いの俺が入ることは許されなかった。


 どうにかできないかとアーサーに頼みに行こうと思ったが、皇太子であり勇者達と歳も近いせいか、彼らの対応に追われてそれどころではない状況だった。


 王宮では日課の稽古もろくに出来ない。仕方がないから最初の二日間は部屋でウダウダと筋トレをして過ごしていた。

 更に過度の疲労とストレスによる心因性発熱という訳の分からない病名をつけられた俺は、食後に苦い(にっがぁぁい)薬を飲まされていた。

 まぁ、疲労とストレスはあったのかもしれないけど、三日間も熱を出して寝込んでいたのは前世を思い出した事が大きな原因だと思うし、これ本当に飲まなきゃいけないのかな……? と出された薬を怪しい目で凝視していたら、嗅いだことのある匂いがした。


 カレーのスパイスの一つ、レイビスの種子(カルダモン)だ。


 他にも色々薬が混ざっていて分かりにくいが、このスパイシーで少し清涼感のある香り。うん、間違いない。

 前世で一人暮らしをしていた頃は、カレールゥを使わずによくスパイスだけでこだわりのマイカレーを作っていたから確かだ。


 お医者様に聞いたらレイビスの種子(カルダモン)は疲労回復やストレス緩和に効くらしい。


 俺はすぐさまお医者様にお願いして、王宮にある薬の材料を見せてもらった。

 そしたらあるよねぇ。カレーの香辛料。


 もう居ても立っても居られなくなった俺は、多忙なアーサーへの配慮など御構い無しに厨房で料理をしたいと駄々をこねに行った。


『ハ? ナニイッテルンダオマエ』ってアーサーの顔に書いてあったけど、何とか厨房に人がいない夜だったら監視付きで使わせてもらえる事になった。


 やはり持つべきものは友達(アーサー)。ありがたや。

 威圧感のある顔に似合わず甘いものが大好きなアーサーには、今度こっちの世界には無いスィーツを作ってあげよう。

 まぁ、スキル鑑定してもらった後は即ダンジョン送りになるだろうから、いつになるかわからないんだけどさ……。



 そんな感じで今に至るんだが、俺は出来立てのカレーを味見しようと浮かれていた。


 扉付近でずっと遠目に俺を監視してた護衛兼監視のリュカが、何故かさっきよりも近くにいるのは気のせいか? と思いながらも目を閉じて口を大きく開ける。



 あ、熱っ……。うっ、…………美味しい(うんまーーーーい)!!!



 カレーを求めていた舌がついに旨味を感じとる。その後に来るピリッとした癖になる辛さがたまらない。俺はゆっくりとそれを堪能した。


 ありがとう前世の俺……。料理歴十五年の経験はこの世界でも活かされたよ。


 ひとしきり堪能して、ごっくんと飲み込もうとする。ああ、鼻から抜けるスパイスの香りもたまらない……。その時――――



「カレー……」



 透明感のある可愛らしい女の子の声がした。


 ……えっ?!


 目を開けると扉の前には黒髪黒目の美少女が立っている。



「ゴッ、ゴッファ――――ッ………!!!」



 俺はあろうことか勇者の目の前で、思いっきり鼻と口からカレーを噴射してしまったのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ