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デウステイマーズ~降神戦隊~  作者: 削畑仁吉
12/24

機甲

 戦闘服を渡してくれた迷彩服の男に連れられて、トレーラーに向かう。テクターが3体、牽引を解かれ直立していた。駆鎧(くがい)と呼ばれる種類の機体で、寸胴の胴体が特徴のヤマト帝国初の国産テクターである。禍啄と比べると機動性に劣るが、耐久性と武器搭載能力においては駆鎧の方が優秀だ。

 3機の駆鎧は全身をそれぞれ赤・青・緑に塗られていた。

 赤い駆鎧は薙刀とマシンガンのみを装備した突撃戦仕様。青い駆鎧はキャノン砲やミサイルランチャーを装備した重武装型。残る緑は全てのアタッチメントに盾や追加装甲を装備した過剰なまでに防御力重視のコーディネイトだった。

 その緑の駆鎧の前で迷彩服の男は足を止めた。

 男がスイッチを押すと、テクターの前面装甲が上に跳ね上がり、その向こうにあった操作機器が倒れて階段のようになる。それでも○△□が乗り込むには兵士に尻を押してもらう必要があった。

 操作機器が起き上がる。兵士は腕の力だけでコクピットによじ登った。


「もう少し深く腰掛けてください。足はその穴に突っ込んで。中にフットペダルがありますから足の裏が全て乗るように……届かないなら座席を前に倒してください。ハーネスはちゃんと締める。頭の上のパネル、見えますか?」


 兵士は天井のパネルを開く。ジャックのついたコードを引っ張りだし、○△□の被ったフルフェイスのヘルメットに先端を差し込む。


「バイザーを下ろして。耳のあたりにボタンがあるので押してください」


 言われたとおりにすると、ヘルメットのバイザーに機体外部の光景が映った。まるでテクターに○△□自身の目がついているようだ。もう一度ボタンを押すと○△□自身の視界が復帰する。


「もしカメラが壊れたら、前方装甲の覗き穴から直接目視してください。……現在速度、残り燃料など基本的なデータはここに表示されます」


 兵士が操作機器のパネルを指さす。


「足の向きはペダルの向きと連動し、前を踏めばアクセル、後ろを踏めばブレーキです。前進とバックは左脇にあるこのレバーで切り替えます。ここまでは?」

「だ、大丈夫です……」

「腕はこの操縦桿で操作します。まずこう握って……、前後の傾きで仰角俯角を、横方向に回転させることで左右角度を調整、人差し指のボタンで屈伸させられます。射撃は、操縦桿の上部を指で倒して……」


 兵士は親指で操縦桿の上部を弾いた。カバーが外れ、赤いボタンが露わになる。


「これが射撃用ボタンです。間違っても味方に向けて撃たないでくださいよ。指を動かしたいときは横にあるグロォブ・コントローラーに指を突っ込んでください。まあ、普通に戦闘する分には使わないでしょう。よく使う複雑な動作は右パネルのファンクションキーにあらかじめインプットしてあります。F1キーが自動直立及びポーズのリセットで……」

「すいません、1度に言われても覚えきれません!」


 なんとか覚えようと全神経を耳に集中していた○△□だったが、ついに悲鳴をあげた。


「でしょうな」


 兵士はうなずく。


「最悪、前進と後退だけ理解していただければかまいませんよ。あなたをテクターに乗せるのはヘルゲイター第4号――サーベラスでしたか?――を吶喊させるためで、あなた自身による戦果は上も期待しておりませんから」

「他人から期待されて喜ぶ性格じゃないけど、全く期待されてないというのも何だかなぁ……。ま、生身でサーベラスの背中に乗るよりは安全快適なのはいい」

「田中軍曹も、前回のことを悔やんでおりました」

「だからか……」


 神獣の弱点は御霊石と使役者だ。本格的な戦闘になれば、敵は厄介なサーベラスよりも○△□自身を狙ってくるだろう。だからこそ田中は○△□にテクターを与える決心をしたのだ。

 ただの民間人に過ぎない人間――少なくとも今はまだ――を兵器の操縦席に乗せることがどれだけ田中の首を絞めているか、察せない○△□ではない。

 その後いくつか細かい操作をレクチャーした後、御武運を、と敬礼して兵士は降りていった。

 

「レクチャーは終わったようだな、童嶋○△□」


 トリアの声がスピーカーから流れる。


「トリアちゃん?」

「ここだ」


 ○△□はバイザーのボタンを押す。視界がメインカメラからの映像に切り替わる。周囲を見渡すと、コクピットハッチを開放したままの、誰も乗っていない青いテクターが片手を上げた。

 悪鬼でも出たか、と一瞬疑ったがそうではなかった。よく見ると、乗り手が小さすぎて操作機器の影に隠れてしまっているだけだと気付いた。おそらく限界までシートを低くしているに違いない。体勢的には操縦桿からぶら下がっているように見える。

 本当にあれで戦えるのだろうか。一抹の不安が○△□の心中をよぎる。


「トリアちゃんが青いテクターに乗ってるのか? 冗談じゃなくて?」

「そうだ。私と浅間サカエが童嶋○△□の護衛を行う。童嶋○△□はサーベラスの召喚と維持、及び生きたヘルゲイター辞典としての役割に専念してくれればいい」

「浅間――誰だって?」

「ボクだよ」


 トリア機の向こうから赤いテクターが姿を見せる。開け放されたコクピットから○△□とそう変わらない年齢の少年が○△□に強い眼差しを向けている。○△□は唖然とした。


――おいおい、なんなんだこの部隊。戦闘要員が子供だけじゃないか。


 しかも1人は小学生である。


「君――、マル・サンカク・シカクって書いてマサシ、だってね」


 唐突に浅間がそんなことを言ってきた。


「……だったらなんだよ」


 ○△□は身構えた。自然と声が低くなる。奇矯な名前を嘲笑われたことは枚挙にいとまがない。確かに自分だって他人事なら笑っただろうが、黙って馬鹿にされる義理はないはずだ。

 何を言ってくるつもりだ、くだらないことを吐いてきたら背中から撃つのも辞さないぞ、と思う。


「ボクの名前はサカエと言うんだが――」

「ああ、聞いたよ。それが?」

「アルファベットのAを逆さまにして、(サカエ)と読むんだ」

「…………」


 ○△□は右手をグロォブ・コントローラーに差し込んだ。

 そしてほぼ同時に、赤と緑のテクターはお互いに対して親指を立て合った。


「よろしくな、○△□クン!」

「ああ、こちらもな、∀さん!」


 この男になら背中を預けられる、と○△□は思った。


「そろそろ出発だ、DTレッド、DTグリーン」

「なんだよ、それ?」

「コールサインだよ」と∀。「情報伝達の円滑化のためにつけられるコードネームさ。ボクがレッドで君がグリーンだ。機体色そのまま、覚えやすいだろ?」

「じゃあ、トリアちゃんがDTブルーか」

「……童嶋○△□」

「うん? どうした、トリアちゃん?」

「部隊長には敬意を払ってもらいたい」


 いくらおかしな名前を背負わされた者同士といえ、∀に馴れ馴れしくしすぎるなということか。


「わかったよ、トリアちゃん」

「…………」


 ∀機とトリア機がコクピットハッチを閉じる。○△□もまたハッチを閉じ、教育係が最後に指示したとおりF3ボタンを押す。肩部前面アタッチメントに取り付けられた透明型防盾(クリアシールド)がコクピットを守る位置に移動。アシータの頭が○△□の目の前に飛び出す。


「うわあああああ!?」

「――どうした、DTグリーン?」

「な――、なんでもない」


 予告もなくコクピットに乗り込んできたアシータはシートの脇に身を寄せる。狭いコクピットが視覚的にもっと狭くなる。


「何しに来たんですかよ」

「○△□君1人じゃ、やっぱ心配で。邪魔はしないから」

「あなたがそこに立ってるだけで邪魔なんですよ」


 運悪く、そこに指揮車からの通信が入る。出発の指令だ。


「我々の第1目標はタラスクスです。レッド、ブルー、グリーン、指揮車(CC1)整備トレーラー(ST2)の順に破城槍陣形で進軍します。DTグリーンはいつでもサーベラスを召喚出来るようにしておいてください」

「了解」

「では――」


 出撃の号令を出そうとして、田中はまだ正式な部隊名さえ決まっていないことに気付いた。偵察部隊からの報告では敵の数は百を超えるという。敵組織の名前どころか自分達の名前さえわからない状態で、こんな大規模戦闘を迎える状況に陥ろうとは。

 しばらく休日は返上かもしれないな、と田中は暗澹たる気分に襲われた。




 三井蘭蔵はヤマト帝国の片田舎に住む豪農の1人息子として産まれた。彼が大きくなった頃にあの世界大戦が起こり、両親にせっつかれて幼馴染みと短い結婚生活を送った彼は間もなく徴兵されて中東戦線に送られた。

 そこで彼は何処ともしれぬ敵国との戦いで焼夷弾に灼かれて呆気なく命を落とした。


 そのはずだった。


 だが彼は死ななかった。黒焦げのミイラになってなお、彼は生き延びたのだ。

 誰1人喜ばない奇跡だった。鏡の中に佇む黒い干物が自分であると気付いたとき、彼は絶叫し、嘔吐し、狂ったように暴れて神を呪った。

 それでも彼が狂気から戻ってこられたのは、故郷で待つ妻への想いと、これでもう戦場から解放されるという安心感があったからに他ならない。

 しかし軍の下した命令は退役ではなく後方への転属だった。上官の言葉は美しかったが、要するに生還した理由を突き止め、可能ならば他の兵士にも応用したいのでモルモットとして切り刻まれろというものであった。

 その日のうちに蘭蔵は脱走、本国に送り返される傷病兵達に紛れて帰国を果たした。

 妻と2人で暮らした自宅ではなくまず実家に寄ったのは単純に地理的問題だが、そこで彼は何もない平野に立ち尽くすことになる。

 彼の生まれ育った家はなくなっていた。彼が戦地に行って間もなく両親は死に、遺産はハイエナのような連中に寄ってたかって食い荒らされたと知った。

 彼は自宅へ急いだ。妻が生きていれば夫の両親の財産が奪われるのをみすみす指を咥えて見ているはずがない。ならば、妻は死んだのか?

 一刻も早く妻の安否を確認したかったが、電車賃もない彼は長い道のりを歩き続けるしかなかった。農作物を盗んで飢えを満たしながら機械のように足を動かし、4日後の夜になってようやく自宅に辿り着いた蘭蔵は、窓辺に立つ妻の姿を確認した。この姿になって初めて神に感謝した。

 妻が、男と抱き合うのを見るまでは。

 男の顔はよく知っていた。彼の親友だった男だ。蘭蔵と違って要領のよかったそいつは徴兵検査を免れ、よりにもよって、いや、意図して親友の妻に手を出したのだった。

 強盗のように自宅へ侵入した蘭蔵に、友人だった男は謝るどころか笑顔でいなそうとした。大人の遊びだったんだよ、三井。そう怒るなって。よくあることだろ。

 それでも妻よりはマシだったかもしれない。彼女にとっては自分を1人にした蘭蔵こそが諸悪の根源らしかった。化物のような御面相になった分際で人間面をするな、愛した女が他の男と幸せにやっているのだから、笑って祝福し身を引くべきだと主張した。蘭蔵が子供の頃に好んで読んだ空想科学小説に出てくる異星人よりも理解不能な価値観だった。

 そうか。ランゾウは悟った。人間でないなら殺しても罪にはなるまい。

 気がつくと、2つの死体がそこにあった。

 次に気がついたとき、見覚えのある、しかしもう思い出せない家屋が燃えていた。


――そういう、夢を見た。


 ブラインド越しに砂漠の太陽が蘭蔵を炙っていた。窓の外を戦車が横切る。何だ夢か、と笑いながら立った洗面台に、黒いミイラが立っていた。それから後は同じだった。退役願は受理されず、脱走して祖国に帰還し、更地となった実家を目の当たりにして、妻の裏切りを知り、そして殺した。

 三井蘭蔵は、いやランゾウは祖国を捨て、傭兵として戦場を転々とした。傭兵の常として、終戦を迎えてからは盗賊として近隣を襲った。どう行動すれば生き残れるかは夢が教えてくれた。何度も夢で予行演習したからだろうか、泣きじゃくる幼子の脳天を吹き飛ばしてもランゾウの心には何の感慨も湧かなかった。心の歯車は決定的にいかれてしまっていた。もし最初に、夢と違う行動をとっていたら。妻の裏切りを不確定事項のままにして目を塞いでいれば、その後の運命は変わっていたかも知れない。だがランゾウはそうしなかったし、今となっては手遅れだ。それにきっと、もう一度繰り返すことになっても同じ道を辿るだろう。

 

――あなたは死を乗り越えたことで新たな力を得たのよ。


 異郷の安宿で売春婦が彼の胸に舌を這わせながらそう言った。


――未来を先読みできる力。でもそれは、同種の力を持つ人間の行動によって容易く曲げられる。あなたの見る夢の中に彼等はいないから。だから、あなたが完全な未来視になりたいのなら彼等を、霊能力者を殺さなくてはならないわ。


 女はどこからか宝石を取り出した。触ってみると、中に何か大きな命が息づいているかのような鼓動を感じた。


――あなたにこれをあげる。この石があなたの行くべき戦場に導いてくれるわ。


 翌朝起きると女はいなかった。そもそも女を買った記憶がない。たとえ商売でも自分のような身体をした男と寝る女はいないだろうし、妻を殺したときからランゾウは女というものに興味を抱かなくなっていたのだから。財布の中身の無事を確認しながら、幻を見たのだと結論を下した。話の内容も突拍子が無さすぎる。

 問題は、女のくれた宝石がちゃんと目の前に存在することだった。しばし悩んだ後、ランゾウはそれを自分のものとした。

 彼がヒエムスに流れ着く半年ほど前のことだった。




 そして今、ランゾウは陸軍基地の地下牢で静かに時を待っている。時折微震が起こり、天井からパラパラと塵が落下するが、ランゾウの心は平静だった。目を閉じてハミングする余裕さえある。

 残念なのは、地下牢に今いるのがランゾウだけだということだ。不確定の未来に怯える人々を見渡しながら1人澄ましていられるというのは自尊心を大きくくすぐってくれるのだが。

 足音が聞こえた。ランゾウの檻の前で音は止まる。ランゾウは目を開けた。

 そこにいたのはヤマト帝国の軍人ではなかった。装甲服に身を固めた男――グリュプスのデウステイマーだ。


「待タセテ、シマッタカ」


 ボイスチェンジャーを通した不気味な低音。


「いいや、ピッタリ夢の通りさ」


 ランゾウはニヤリと笑った。




 木々の隙間を縫うように突っ込んできたバーゲストに対して○△□が咄嗟にやれたことは、ただ操縦桿を意味もなく傾けることだけだった。

 ほとんど何も考えずに取った行動は幸運にも功を奏した。肩部先端のシールドが突進してきたヘルゲイターの方を向くかたちになり、その攻撃を受け止める。バーゲストはシールドを蹴って後方に跳び、態勢を整える。


「こ、このッ!」


 反動で機体が倒れそうになり、○△□は反射的に操縦桿を前に倒す。偶然とはいえ○△□の命を救った無意味なレバー操作は、しかし今度は彼を窮地に追い込む結果になった。転倒防止用に作動したオートバランサーが○△□の的外れな操作によって妨害され、駆鎧が横倒しになる。○△□とアシータは悲鳴をあげた。


「た、立ってくれ! 立てよッ!」


 壊れたゼンマイ仕掛けの人形のようにジタバタする○△□の機体にバーゲストが再び跳びかかる。


 ドン。


 砲声が轟き、ヘルゲイターは四散。肉片は灰となって風に消える。


「無事か、童嶋○△□?」


 肩のキャノン砲から硝煙をたなびかせる青いテクターが○△□機に近づいてくる。


「F1キーを押すんだ、○△□クン。それで直立する」


 ○△□は∀の指示に従った。さっきまでレバーやペダルをガチャガチャと動かしていたのが恥ずかしくなるくらい、機体はスムーズに起き上がった。


「すまない、補給が遅れた」


 2人の腕前は実際たいしたものだった。バズーカで敵集団をまとめて吹き飛ばし、撃ち漏らした相手を腰のガトリングガンで掃討するトリア。鈍重なはずの機体を軽やかに操り、薙刀で舞うように敵を切り裂いていく∀。惚れ惚れするほどの手並みで、出撃前に不安に思った自分を○△□は恥じた。

 しかしいくら何でも敵の数が多い。ろくに動けていない○△□を与し易しと狙って押し寄せるヘルゲイターを2人で防ぎきるのは無理な話だった。


「グリーン、前進してください。サーベラスが待っています」


 ○△□達の部隊は国道を通ってタラスクスのいる郊外の町へと向かっていた。

 既にサーベラスは召喚済みで、国道を塞ぐ敵を一手に担い、隣接する林の中を進む○△□達の囮になってくれていた。今は5キロメートル前方でのろまな降神師を待っている。サーベラスにとってみればバーゲストやペリュトンなど相手ではない。鎧袖一触とばかりに蹴散らせる。だが○△□が足止めされてしまっては、遠巻きにした敵を前に指を咥えることしか出来ない。


(俺が足を引っ張っている。俺がさっさと前進しないと殲滅速度が上がらない)


 こうしている間にも陸軍基地はタラスクスの砲撃に晒されている。○△□はアクセルを踏んだ。足裏のローラーが泥濘(ぬかる)んだ地面を吹き飛ばしながら回転し、鋼鉄の歩兵を前線へ送り出す。

 敵の数と展開範囲を考えると、敵デウステイマーは十人をくだらない。投入された御霊石は千に届くかも知れない。数が頼みの低級神獣とはいえ、これだけの数をいったい何処から調達したのだろうか。祖父の遺産が売り飛ばされた後、新しい御霊石を求めてあちこち駆けずり回ったものの結局1つも手に入らなかったことを思い出し、○△□は敵に羨望すら感じてしまう。


「○△□君、右ッ!」

「うわっ!?」


 突然、暗がりに潜んでいたペリュトンが飛び出してきた。

 右腕に保持していたライフルの銃口と敵影が偶然重なった。銃剣がペリュトンの喉元に突き刺さる。にもかかわらず、敵ヘルゲイターはまだ生きていた。鋼鉄をも貫くペリュトンの角がカメラのすぐ前で宙を掻く。


「うあああああああッ!」


 ○△□は引き金を引いた。連射される銃弾がヘルゲイターの肉を引き裂いて背中から飛び出す。

 敵が灰になった後も○△□は引き金を引き続けていた。もういい、と∀の駆鎧に肩を叩かれてやっと我に返る。ほぼ満タンだった弾倉は空になっていた。


「おめでとう、これで撃墜数1だな」

「ど、どうも……」

「もうすぐ目標(タラスクス)が見える。頑張ろ――」

「田中軍曹ッ!」オペレーターの1人が叫んだ。「本部敷地内に第3号が出現しましたッ!」

「グリュプスがッ?」

「タラスクスは囮だったのか?」

「…………!」


 あの装甲服の男の姿が○△□の脳裏をよぎる。クズノハの御霊石を持って姿を消したあの男が、自分から出てきた……。

 

「どうします、CC1? 此処まで来てタラスクスを目前に引き返すなんてもったいないですよ」

「そうですね……」


 田中は瞑目する。基地に砲撃を加えるタラスクスか、基地の喉元に出現したグリュプスか。

 タラスクスに戦力を傾ければグリュプスは確実に本部を壊滅させてしまう。王手だ。

 グリュプスの撃退に向かえば、背後からタラスクスに砲撃されるおそれがある。挟み撃ちだ。そもそも、今から本部に戻っても手遅れかも知れない。

 上からの指示は……? いやその上がグリュプスに叩かれているのだ。自分達の判断で行動するしかない。


「田中さん! 基地をやられたらおしまいなんでしょう? 戻りましょうよ!」


 待ちきれなくなった○△□が叫ぶ。早くグリュプスのデウステイマーを掴まえなければクズノハへの手がかりが失われてしまう。


「決めるのはおまえではない、童嶋○△□。軍の一員になるつもりなら、己の分を理解しろ」

「これだから組織の飼い犬って立場はさ……!」


 やっぱり最初から1人でクズノハを探すべきだったと○△□は後悔する。実際、今まで無駄に痛みや寒さを経験しただけで、クズノハの捜索にはなんら寄与するところがない。駆鎧を分捕って此処で脱退(ぬけ)てしまおうか、という短絡的な考えがちらつく。焦燥に駆られた今の○△□には、それは天啓のように思われた。

 ○△□はペダルを踏み込む。


「何処へ行くんだ、○△□クンッ!」

「どけよッ! あいつが、あいつが来たんだ! 俺からクズノハを奪ったあの男が! あいつは、俺が倒さなきゃいけないんだッ!」

「どうしたんだ、○△□クン……」


 突然人が変わったようになった○△□に、∀は戸惑いを隠せない。


「やっぱりこうなった! やめなさい、○△□君ッ! 頭を冷やしてッ!」


 アシータも説得しようとするが、耳を傾けるような○△□ではない。


「童嶋さん、敵に遭遇したらどうするつもりです! それに――、そっちは基地の方向じゃないですよ!?」


 田中の制止は遅すぎた。自らの無力さと土地勘の無さを顧みる冷静さを失った○△□は明後日の方向に飛び出していく。

 それを追いかけようとする∀とトリアの前に割り込むようにして、また新たなヘルゲイターの群れが出現する。


「しつこいな! 何匹いるんだ、こいつらはッ!」


 本隊から離れた○△□にも敵は押し寄せてきていた。敵部隊は二手に分かれ、一方がサーベラスの足止めに、もう一方が○△□に襲いかかる。

 

(俺がサーベラスの降神師だと気付かれているのか)


 ○△□はライフルで応戦。背後からペリュトンが凶器そのものといった形状の角を突き出して突撃する。不運にも角度が悪かった。背面シールドを保持していたアームが負荷に耐えきれずへし折れ、緑色の駆鎧はシールドを1つ失うこととなった。


「後ろの盾が、○△□君!」

「わかってるッ! 耳元で怒鳴るな!」


 ○△□は機体を全速で反転、いや回転させる。両肩先端にハの字に取り付けられた盾の縁は刃物のように鋭い。近寄ってきたペリュトン3体は切り裂かれて灰に変わった。

 だが、まだ敵の数は多い。


≪緑の駆鎧、動くな! こちら葉牡丹一〇六(ヒトマルロク)、火砲支援を行う!≫


 砲音。目の前の風景が爆発四散する。○△□の視界が戻ったとき、目の前にいたペリュトンの群れは1匹残らず消えていた。

 いったい何が起こったのか? ○△□はカメラを左右に走らせる。クラクションが鳴った。いつからそこにいたのか、舗装路に戦車が一台停まっていた。


≪こちら葉牡丹一〇六。本部の救援に向かうところだ。貴官は?≫

「えっ――はい、こちらDTグリーン、俺も本部に向かうところです」

≪なら運搬してやる。後ろに回れ≫


 ○△□は戦車の後部に移動し、手摺り状になった部分を自機に掴ませた。戦車が動き出し、駆鎧のローラーがそれに追従して回転。自力で進むよりずっと速い。○△□は一息ついて、シートに背を預けた。

 瞬間、青い光が微かに揺らめくのを○△□は見た。

 焼け焦げた木々の中、1体の悪霊が所在なげに立ち尽くしていた。先程一掃された群れを使役していたデウステイマーだと○△□は悟った。デウステイマーが死んだからこそ、たった1発の砲弾で群れを殲滅できたのだ。

 悪霊は何かを探しているようだった。自分の亡骸かもしれない。だが見つかることはないんだろうな、と○△□は思った。きっと跡形もなく吹き飛んだだろう。

 死んだ後で自分の肉体がどうなろうと○△□は興味がない。形を保ったままだろうと粉微塵に吹き飛ぼうと、埋葬されようが野ざらしになろうがどうでもいい。

 それでも死ぬのは嫌だ。悪霊が死んだ人間の変化物だとして、自分が死んで悪霊に成り下がるなんて容認できない。それがいずれ避け得ない結末だとしても。


 だが此処は容易に人が死ぬ世界だと、敵デウステイマーの姿はどんな言葉よりも強く○△□に訴えかけていた。この場で、いや、此処に辿り着くまでだって自分がああなっていた可能性は充分にあったのだ。


――いや。


 ○△□は頭を振る。違う、自分は例外だ。理由は思い浮かばないけれど、自分は別であるはずなんだ。


 死んでたまるか、と○△□は思う。俺はデウステイマーなんかじゃない、有害な悪霊を倒すために戦う降神師だ。こんな、何を理由に争って、何を守るために戦っているのかもわからない戦いで死んでたまるものか。


 そんな○△□を、アシータは不安げに見守ることしか出来なかった。




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