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悪役令嬢はぼっちになりたい。  作者: いのり。
第5章 高校1年生 3学期

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第69話 トリガー。

 いつねさんは救急病院で緊急手術を受けた。

 私は手術室の前で何時間も待ち続けている。

 いつねさんが無事に回復することを信じて祈り続ける。


 その間、冬馬がずっと一緒だった。


 他のメンバーは警察で事情聴取を受けている。

 冬馬と私は先ほどこの病院で受けた。

 私は何を受け答えしたのかほとんど覚えていない。


 冬馬はずっとそばに居て、大丈夫だと励まし続けてくれた。

 私は冬馬の手を固く握って離さなかった。

 離したら、不安に押しつぶされてしまいそうだったから。


 4時間ほど経ってから、手術中のランプが消えた。

 ほどなく、執刀したと思われる医師が現れた。


「ご友人の方ですね?」

「そうです。あの、いつねさんは――?」

「銃槍自体は大したことありません。弾も抜けていましたし、命に別状ある怪我ではないでしょう」


 その言葉に、私は胸をなでおろした。

 しかし――。


「問題は、お嬢さんがニコ=アエジェル症候群の患者だということです」

「どういうことですか?」

「私も詳しくは知りませんが――」


 長くなりますから、と医師は椅子をすすめた。

 3人で並んで腰掛ける。


「ニコ=アエジェル症候群は、10代序盤まではほとんどただの虚弱体質程度の症状しかありません。そのせいで発見が遅れることも多いようです」

「それで?」


 冬馬が続きを促す。


「ニコ=アエジェル症候群は、トリガーと呼ばれる何らかのきっかけで重症化すると考えられています。それは、怪我であったり、風邪であったり、ストレスだったりと色々な説があります。正確なことは未だに分かっていません」


 つまり……つまり、どういうこと?


「今回の怪我は、トリガーに十分成り得ます。今後の経過は予断を許さないものとなるでしょう。ご家族に連絡は取れましたか?」

「いつねの両親は、今海外です。今、飛行機でこっちに向かっています」

「そうですか。私としては、専門知識を持った医師のいる病院への転院をお薦めしたいところです。正直、私の手には余ります。ご家族が到着されたら、相談させて頂きますが……」

「そうですか……」


 私は途中から医師の言葉が右から左に素通りしていた。

 いつねさんが……いつねさんが……。


「面会は出来ますか?」

「麻酔が効いているのでしばらく話は出来ませんが、面会自体は大丈夫かと思います。もっとも、ニコ=アエジェル症候群に絶対は何もないのですが……」

「そうですか……」


 私を……かばって……。


「おい! しっかりしろ! 和泉!」

「……冬馬くん……」

「お前の祖父さんに連絡を取れ。今回の経緯はもう伝わってるだろう」


 それはそうだと思う。

 すぐに家高が連絡を入れたし、警察からも連絡が行くと思われる。


「もう、いつねは和泉のただの友人というだけじゃなく、一条家の関係者による殺人未遂の被害者だ。一条家の力をフルに使って、最高の環境を整えさせろ」

「そう……ですね。そうします」


 まだ、私に出来ることはある。

 たとえそれが、私自身の力ではなく、家の力だったとしても。


 私は祖父に連絡を取ると、祖父も冬馬の提案を承諾した。


「転院には、いつねさんのご両親の承諾が必要になる。連絡先を教えてくれ」


 冬休み、一条家で過ごしてもらうことが決まった時に念の為に聞いておいた、いつねさんのご両親の連絡先を祖父に伝えた。


「承諾が取れ次第、すぐに手配する。和泉は一度、学園の寮に戻りなさい」

「いえ。いつねさんが目を覚ますまでここにいます」

「お前がそこにいても出来ることはなかろう。むしろいつねさんの負担になるだけだ。医師に任せて、お前は戻りなさい」

「でも――」


 抗弁しようとしたところで、スマホを冬馬に取られた。


「こんばんは、お祖父様。冬馬です。和泉はオレが責任持って学園まで送り届けます――はい――はい――では、また」


 そう言って、電話を切ってしまった。


「冬馬くん!」

「祖父さんの言う通りだ。俺らがここにいても、いつねの治療に資することは何もない」


 それはそうだけれど……。


「これでお前が倒れでもしたら、いつねが目を覚ました時、なんて言うと思う?」

「……」


 間違いなく気に病むだろう。

 そういう人だ、いつねさんは。


「分かりました。一度、学園に戻ります」



◆◇◆◇◆



 事件の翌々日、月曜日。

 私は惨憺(さんたん)たる思いで、クラスの扉をくぐった。


 そこには普段と何も変わらない日常が広がっていた――いつねさんの姿を除いて。


 事件のことはあの場に居合わせた者以外、クラスメイトは誰も知らない。

 ニュースにすらなっていないのだから当然である。


 事件は一条家の醜聞につながるということで、一条家がマスコミに圧力をかけて闇に葬ろうとしている。

 さすがに警察はなかったことには出来ないということで、景宗の行方を追っているが、まだ逮捕したという連絡は受けていない。


 佐脇は即日現行犯逮捕された。

 供述によると、景宗と共謀を始めたのは、冬馬と私が誘拐された事件の直後、去年の夏頃らしい。

 家高に対する恨みにつけ込まれた佐脇は、一条家の内部情報を流す見返りに家高を殺す協力を取り付けたらしい。

 もっとも、一昨日、佐脇自身が言っていたように、彼は景宗を排除することも同時に目論んでいたようだけれど。


 孫娘が死に追いやられた恨みと、一条家への忠誠。

 その2つが佐脇を凶行へと至らせたようだ。


 しかし、佐脇は家高の殺害を最後まで迷っていたらしい。


 彼が殺害を決意したのは、家高がいつねさんに向ける視線に危機感を覚えたからだったという。

 このままでは自分の孫娘のようなことが、また繰り返されるのでは――そう思って事件に及んだと佐脇は供述している。

 たとえ自分が凶行に及んでも、一条家が事件を握りつぶすであろうことまで計算して。


 その結果、肝心のいつねさんが被害者となってしまったのは、皮肉なことである。

 佐脇はそのことについて、痛切なお詫びと治療への全財産の提供を表明している。


 そんなことで、彼の罪が許されることはないが、情状酌量の余地があるのもまた事実だろう。


 大晦日に彼が見せたいつねさんへの悪態は、彼女を心配すればこその行動だった。

 そう知った時、私は佐脇への怒りはもうそれほど大きなものではなくなっていた。

 もちろん、こんな事件を起こし、いつねさんを始めとするみんなを巻き込んだことは、また別の話ではあるのだけれど。


「おはよう、和泉」

「冬馬くん……」


 冬馬はすっかり平常心を取り戻している様子に見える。


「おはようさん」

「おはよう、お嬢」


 ナキと嬉一は気遣わしげな視線を向けて来た。


「誠も登校してる。3人組はさすがにちょっと堪えたらしく、今日は休みだとよ」

「仁乃さんも、今日は休むそうです」


 何しろ殺人未遂事件に巻き込まれたのだ。

 去年の夏の事件とは、事件との「近さ」が違う。

 今度は明確に殺人の標的にされたのだから。


「みなさんにもお詫びをしなければ。あんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありませんでした」

「よせ。お前が頭を下げたりしたら、周りの連中が何事かと思うぞ」


 それはそうかもしれない。

 こんな私でも、名家一条の令嬢なのだから。


「でも――」

「悪いのは景宗と佐脇さんやろ。和泉ちゃんに謝ってもらうことなん、なんもないわ」

「そーそー。お嬢の方こそ、ダメージでけぇだろ。あんなんでも父親だもんな」


 それについてはそうでもない。

 もとから、両親などいないものと思っていたのだから。

 虐待を受けた記憶もある。


 彼らは他人よりも遠いところにいたのだ。


「いつねはどうなった?」

「ご両親の承諾を得て、お祖父様が都内近郊の大学病院に転院させました。彼女の病気について、研究している医師がいるそうです」

「ずいぶん手際がいいな」

「以前、私がいつねさんに特別の配慮をと具申した時、断わられはしたものの、情報は色々と集めていてくれたようで……」

「なんや。ジジ孫そろってツンデレかいな」

「お嬢はクーデレだろ?」


 茶化すナキと嬉一の明るいノリが今はありがたい。


「で、なんだ。いつねって重い病気なのか?」

「嬉一、空気読みーや。触れて欲しくないって顔に書いとるやんか」

「あ。悪ぃ……」


 いつねさんの病気について、詳しく知っているのは冬馬と私だけだ。

 他のメンバーは、ただ漠然と持病があるという程度の認識しかしていないはずだった。


「いつねが回復したら、本人に直接聞け。オレたちから話すのは筋違いだろう」

「せやな」

「そうだな。悪かった」


 少し、気まずい空気が流れる。


「和泉、あとでいつねが入院した病院を教えてくれ。頃合いを見て、お見舞いに行こう」

「そうですね。遠くなってしまったので、平日は行けないと思いますが、休日でも利用して顔を見に行きたいですね」


 冬馬が前向きな意見を出して場の空気を入れ替える。

 これ幸いにとばかりそれに乗っかった。


「またお見舞いの品を考えんと」

「前みたいに生もの持ってくなよ、ナキ」


 ナキと嬉一も便乗する。


 その朝は、柴田先生がやってくるまで、お見舞いの話を続けた。

 不安を払拭するには、そうしている他なかった。


 ため息をつく余裕すら、私にはなかったのだ。

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