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呼吸が続くことが不思議なほどの惨状を目の前に手のひらで口元を覆わずにはいられなかった。それが遺体への冒涜と思われても仕方がない。

しかし、何て惨い、惨い仕業だろうか。

これが情を持つものの成せる所業だろうかと疑わずにはおれなかった。

 

立ちつくす男の、エーギルの前にかすかな残骸だけを残す骸となって横たわっていたのは、雲の下へ連れて行ってくれた最愛の兄だった。

 

兄の名前を呼ぶ声は音にならずに消えて行った。

親族が兄の死を悼みかわるがわる口づけを落とす。口づけを落とすことが出来る場所が残っていることが奇跡のようだった。

血肉を切り裂き、骨を抜き、鱗の一枚も残さず、荒らされた遺体を直視する事さえ難しい。

 

「どうしてっ、どうして死んだの!!!あんなに元気だったのに!!!いい子だったのに!!!どうしてこんな目に!!!!!」

泣きわめき錯乱し、魔力を周囲にまき散らす母をとめることが出来るのは、悔しいことに父と死んだ兄、ただ二人だけだった。

人の姿に留まっている事さえもう難しい。

父が、声でやさしい声で何度も名前を呼んで、家に帰ろうと、連れて帰ろうという。

どんな姿でも、愛しい子どもだから、と。

 

まぶたが熱く熱く燃えて、中身が溶けて溢れだして、そして喉が裂けるまで泣いて叫んだ。

 

 

誰がこんなことを!

 

 

 

 

憔悴しきったエーギルがソフィリアのもとに帰ってきたのは姿を消して一ヶ月後だった。

突然、姿を消してそれきりだった。

 

 

 

エーギルは窓の外で雨に打たれていた。

ドラゴンが空から墜ちてくるのが日常になってから気候も天気も何もかも狂ったかのように悲しみが降り注ぐように雨だけが降っていた。

「……おかえりなさいエーギル、もう会えないかと思ったわ」

「ソフィリア……、すまない、長い間、一人にしてしまって」

抱きしめて、そしてまたエーギルは泣いた。

ただ子どものように涙の雨を降らす男をソフィリアは黙って受け入れ、頬を寄せて髪を撫で、キスをした。

肩に落とされた苦悶に歪む男の顔は、幸いなことに彼女にはうかがいしれなかった。



最愛の人が死ぬということを自分は理解していなかった。

理解した気になっていただけで、何も分かってなんていなかった。

兄の遺体を目の前にして全て理解も感情も何もかも現実を相手には使い物にはならなくて、そうして愛する人を失っていくのだ。

 

 

「兄が死んだ……」

「…そう」

「ソフィリア、お前も死ぬのか」

「ええ、そうね」

「死なずにすむ方法は……契約しか…」

「それでもやっぱり死ぬのがちょっと先延ばしになるだけよ、死なないわけじゃないわ」

 

 

彼を部屋に招き入れ濡れた体や髪を拭いてやった。

寝台の上で空虚な言葉を交わしあった。

 

 

兄の死でさえこれほど耐えがたい痛みなのに、彼女を失ってしまったらいったい自分はどうなってしまうのだろうか。

 

 

「エーギル、私ね…あなたが消えてしまって、いなくなって、心の底から悲しかった。悲しくて苦しくて不安で、おかしくなりそうだった」

帰ってきてくれてよかった、吐息のような囁きが胸をえぐった。



「もうどこにも行かないでね、一人になんかしないでね、私きっと次は寂しさに耐えきれなくて死んでしまうわ」

「先にいなくなってしまうのはソフィリアの方なのに?」

困ったように笑う。

「わがまま?」

「とっても、身勝手で腹立たしいくらいに」

彼女を抱きすくめて2人で寝台に倒れ込んだ。

「だが、ソフィリア、絶対に一人になんかしない、絶対に、絶対にソフィリアよりも先には死なない、私と同じ思いをソフィリアにはさせない……今はそれしか約束出来ないがいいだろうか?」

彼女が額を胸に押し当ててこくんと頷いた。

 

 

自分より小さくて脆い体の彼女が、この痛みに耐えきれるはずなどない。

この体の中身がどこ変え消えてしまったような、惨い痛みを彼女に背負わせて先に自分が死ぬくらいなら、彼女を幸せに生かして幸せに死を迎えよう。

一分でも一秒でもいい、彼女よりも長く生きて、笑顔でおくってやろう。

そして痛みを感じる間をおかず、自分も死ねたらいいと思う。

 

「エーギル、お願いね。私が先に死んでしまうことを許してくれなくたっていいの、怒ったって恨んだっていい、でも傍にいてね、あなた以外を瞳に映して死にたくない、一人になりたくない」

「いつの間にそんなに我が強くなったのだ?」

「あなたが来てくれなかった一ヶ月の間よ?知らなかった?」

 

2人で肩を震わせて笑った。


「奥さんを一人家に残して外をほっつき歩く夫なんてサイテ―よ?責任は取ってもらいますから」

「ああ、取るよ、取らねば我が奥方は許してくれぬのだろう?」

「そうよ、私怒って、あなたをこの家から一歩も外に出さないから」

 

あながち冗談とも取れない声音で、そう言って彼の腕の中でソフィリアは笑った。

連続更新が出来るとよいのですが…

なんだかちょっとずつ悲しいムードになってきていることをお伝えできていればよいのですが…

 

では次話がそう遠くないうちに更新出来ますように!乞うご期待!

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