かけ声?
アクアブレスに入ってから、毎日いろいろな楽しいことがあった。
かけ声をあげるときに唐突に先輩に怒られたり……。
「――それでは、私に続いて復唱してくれ」
団長によると、戦闘員は余計なことをベラベラと喋ってはいけないらしい。
「ヴィーッ!」
『ヴィーッ!』
すごい音量だ。
確かにこれを毎日続けていれば、魔力が少ないものも簡単に魔力が上がっていくに違いない。
その分魔力量の多い人には足を引っ張るような気もしないでもないけど。
とはいえ、戦力の均等化は重要だろう。
「さあ戦闘員342番! 続いて復唱してみてくれ!」
「はい!」
「イ○ッ!」
「ちょっ!?」
僕がかけ声をあげると、先輩がものすごい形相で迫ってくる。
「あれ? どうかしたんですか先輩?」
「『あれ?』じゃねーよ! なにいってくれてんの? せっかく少し変えてあってそれでもヒヤヒヤしてたのに何で伏字の出番になっちゃうようなことしてくれてんの? ねえ、なんで? どうして?」
「せ、先輩? 落ち着いてくださいよ! 言ってることの半分も理解できないです!」
いきなり目を白黒させた先輩が僕の肩をガンガン揺らす。
一体どうしてしまったんだ。
優しくて謙虚な先輩をここまで取り乱させるようなことを言った覚えはない。
「あ……す、すまん。そうだよな、悪気なんてあるわけないよな……」
先輩は突然壁に頭を打ち付け始めた。
「やめてください! 先輩が悪いわけでもないですから!」
「そ、そうだろうか……」
「そうですよ! 先輩が傷ついても何も良いことはありません! 悲しむ人が増えるだけです!」
「優しいな……こんな俺に……」
「そんなことないですよ。むしろいきなり自分を責めだす先輩が不可解です」
先輩は苦しそうに笑う。
「ありがとう。で、どうして……その、ちゃんとしたかけ声にならなかったのか教えてくれないか?」
「すみません……うちの故郷だと、うぃ、うぃ、ぶぃ……の発音は普段使わないので、一番似ている音を発音してみたんです」
「そうだったのか……。だがな、新人君。世の中には触れてもいいものとそうでないものがある。例えば黒丸3つをある特定の配列で並べたあれとかだ。新人君が言ったあれも触れてはいけないもののひとつで、なんとしてでも回避しなくてはならない」
「『イ○ッ!』ですか?」
「だから言っちゃダメ! いいか、まずは唇を突きだして『う』の音の後に『い』を発音する感じで」
「う、ういー?」
「もっと素早く! 『う』を強調して!」
「うぃー!」
「よし、だんだんいい感じになってきたぞ! 次は下唇を小さく噛んで、その上に上唇を被せて、勢いよく息を吐き出すような感じで!」
「イ○ッ!」
「カァアアット!」
先輩からダメ出しをくらってしまった。
「これはかなり深刻な問題だ」
マスクの上からでも分かるくらい渋い顔をしている。
「仕方ない……ここはウィーで代行するしかないな」
「ウィーですか」
「ああ。間違っても、その……ヴィーッ! やウィーッ! 以外の発音でかけ声をあげないでくれ」
「分かりました!」
食堂では毎日おいしいごはんがお腹いっぱい食べれて……。
「すごい……こんなおいしい料理を食べたのは久しぶりです」
「あとで食堂のおばちゃんにも言っといてあげるといい。きっと喜ぶ」
「ええ、もちろん。特にこのプリンはとてもおいしいです。うちの村だと砂糖は貴重だったので、本当に……」
「……オカワリ、ホシイカ?」
「だ、誰ですか!?」
突然割り込んできた片言の声。
発生源は273番先輩だった。
「どうしたんですか先輩……?」
「そうだぞ! プリンを譲るとは、さてはお前偽物だな!」
「戦闘員273番を返せ! どこにやった!」
「いや俺だよ……ほら、このおっきい盾、ユニーク品だから。俺しか装備できないから」
「そういえばそうだったな」
「これ、もらってくれ」
先輩は弱々しい声で言う。
血涙を流す勢いだった。
「そ、そんなに楽しみにしてたのを受け取ることなんてできませんよ!」
「いや、いいんだ。本当にいいんだ。これは自分への罰……むしろ受け取ってくれないと俺は何かに押しつぶされそうになってしまいそうになるんだ。頼む、人助けだと思って……」
「じゃ、じゃあ……」
先輩からもらったプリンを口に運ぶ。
「やっぱりおいしい!」
「…………」
「せ、先輩?」
目が虚ろだった。
その様子を見た僕が何かを言おうとすると、誰かが肩を叩いてきた。
197番先輩は小さく首を横に振ると、悲しそうな瞳をした。
もう手遅れだと言わんばかりに。
「いや普通に生きてるよ勝手に殺すな」
伝説の4大精霊に一日に二度も会ったり……。
「あれ? それってもしかして、ノームですか?」
「ああ、そうだよ。めちゃくちゃかわいいだろ?」
「え……はい、そうですね。ボクもカワイイとオモいます」
先輩があまりに嬉しそうな顔でそういうものだから、思わず肯定してしまった。
片言になってしまい焦ったが、先輩は「だろう?」と上機嫌で返すのみで気にしてないようだった。
しかし、あれは本当にかわいいと言っていいのだろうか。
体は小さく、二頭身。
パカッと開いた口の奥にはなんだかそこのしれない闇が広がっているように感じる。
泥で作られた皮膚にはところどころにひびが入っており、今にも壊れてしまいそうだ。
手足は「それついてる意味あるの?」と聞いてみたくなるほど短い。
見ようによってはかわいく見えなくも……ないかな。
小さい子供が見たら泣くかもしれない。
「特にこいつ、首もとくすぐってやるとかわいい反応するんだよ。それがまたたまらなくてなぁ……」
何気ない動作でノームの首をさすろうとする先輩だったが、直前で指を食べられてしまった。
「え……え?」
あまりの事態に思考が停止する。
だって甘噛みとかそんなレベルじゃなかった。
カメレオンがハエを捕食する時のような速度でくわえこんだのだ。
先輩は指を引っ張り出そうとするが、全く取れる気配はなかった。
「え……あの、先輩? それ大丈夫なんですか?」
「……気にしないでくれ。ただの愛情表現だよ」
「えっと……なんかミシミシって音がするんですが、本当に大丈夫なんですか?」
「やだなぁ、ただの甘噛みだって。大げさだなぁ。全くかわいいやつだぜ。目に入れても痛くないくらい」
先輩がとんでもないことを言い出すと、それを理解したのかノームは小さな腕を目に向けた。
それと同時ににゅきにゅきと成長していくノームの腕を青ざめた顔で見る先輩。
「ちょっ……冗談だってば! え? いや違うよ! かわいいのは本当だって! 目に入れても痛くないってのはただの比喩ひょうげ……あ、やめ、ホントにちょっと待って! タルタル、いい子だかるわあああぁぁ……!」
他の悪の組織が遊びに来て勧誘されたり……。
「ほう……お前、良い目をしているな。どうだ、うちにこねえか?」
「……それ、俺のときも同じようなセリフ言ってましたよね」
「俺も」
「俺も言われた」
「俺も俺も」
「俺だって」
「私に至っては一字一句同じセリフを言われましたよ」
「浮気性ですね。そういうの、いけないと思います」
「……だからモテないんですよ」
「おい、今ぼそっと言った奴でてこい! 血祭りにあげてやる!」
「消えちゃいましたね」
「チクショウッ! いつかほえ面かかせてやる……」
「それもう悪役というより負け犬のセリフ」
「あ、てめえ待ちやがれ! 逃げるな! 正々堂々と戦え!」
そんな感じで何事もなく数日が過ぎた、ある日のことだった。
「そういえば、君は冒険者になりたいんだったな?」
「はい、その通りです。……すみません」
「いや、気にすることはない。それより、今面白い話がうちにきてるんだよ」
「面白い話、ですか?」
「ああ。」
「なら、ちょうど冒険者ギルドから依頼が来ているし、それをこなしてみるのもいいかと思ったんだ」
「へ? 冒険者ギルドから依頼がくるんですか?」
「ああ。人手が不足していたり、私たちに邪魔して欲しくないときなんかはまず『話を聞いてくれた謝礼』を半ば無理矢理渡される」
「うわぁ」
「本音としては『依頼は受けなくてもいいけど最低でも邪魔だけはしないでね。その分のお金はこれだけあげるから。あとはそう、もちろん情報は漏らさないでね。これは僕と君たちの信頼の証(金)だからね。これが成功してもしなくても君たちには全然まったくこれっぽっちも不利益は出ないから、絶対絶対ぜーったい大人しくしててね? 万が一不利益が出たとしてもそれは謝礼分よりは絶対に少ないから。これは僕たちの誇り(金)にかけて誓うよ』とこんな感じだ」
「やり方が汚いですね」
「まあそう言うな。当分の貯金があるとはいえ、ここの団員たちの給料も無限にあるわけじゃないんだ。それに、私たちは別に冒険者ギルドと敵対しているわけでもない。ここで『謝礼』を断ってしまえば、向こうもいらん気を回さなくてはならない。関係悪化はできるだけ避けたいところだ」
「どこにいってもお金は大切ですねぇ……」
「まぁ、そうだな。というわけで、今回出された『邪魔だけはするなよ』という依頼内容を拡大解釈して『そんなに大事な予定なら見過ごすことはできない。我々も手を貸そう。僅かばかりの報酬の代わりに』という返答を出そうと思う」
「なんか夢が一気に壊れた気分です……。それより、そんなことして大丈夫なんですか? 向こう側の本音としては、あまり干渉してほしくないんですよね?」
「そうともいう。だがまあ、元々『成功報酬』として提示された額はそれほど高い値段でもないが、前報酬と合わせると低すぎるということでもない。食いついてくるならそれでいいんだよ。普段より安い賃金で雇えるわけだしな。人手不足なのも事実だろう。本当に隠したい案件ならそもそも持ち込んでこないだろう」
「そうですか……」
「最初に言った通り、我々と冒険者ギルドは敵対関係にはないし、有事の際は互いに助け合う協定も結んでいる。この程度で悪化するほど関係は浅くないよ。この依頼を受ける一番の理由は、冒険者として経験を積んでみたいという君や、ほか数人の戦闘員への配慮だがな」
「そんな! 僕なんかのために……」
「待て待て。何も君だけのためにとは言っていないだろう? 私情により向こう側に会わせてやりたいやつと、あとは純粋にこういったいつもと違う仕事を楽しみにしているものもいるのさ。そう気負わないでくれ」
「……分かりました。ありがとうございます」
「感謝の気持ちはありがたく受け取っておこう。どういたしまして。それより、今回の依頼は定番の『要人護衛クエスト』だ。気を引き締めて、そして存分に楽しんでくれ」
「はい!」