正義が味方で悪が敵?
僕たちは森の中を進んでいた。
中心には何台かの馬車が宙に浮きながらするすると前に進む。
馬がいないのにあれは馬車と言っていいのだろうか。
まあ先輩たちが何の違和感もなく馬車と呼ぶのでそのままにしておこう。
「よぉ、元気だったか?」
話しかけてきたのはギルドで会った冒険者三人組だった。
「本当は予期せぬ増援が入ったって聞いて他のクエストを受けようと思ってたんだがな」
「くるのがあんたが派遣されたアクアブレスだっていうからさ、試しに来てみたんだよ」
「ありがとうございます。心配して来てくれたんですね」
「ま、そんなところだ。それに、この任務は何だかきなくせえしな」
最後の部分だけこっそりと耳を寄せて言う。
「どういうことですか?」
「いや、何しろ大げさすぎる。要人だろうとなんだろうと、今予定されてる人数じゃ逆に目立って仕方ないし、戦闘要員だって過剰すぎる。行軍速度に影響が出るレベルだ」
「同盟関係にあるとはいえ、情報が拡散するリスクを犯してまでアクアブレスを護衛に加える理由がない」
「それに何より……」
冒険者の一人がちらりと視線を後方に向ける。
そこに現れたのは紫のヘルメット。
ついで現れた大量のスーツ姿。
悪の組織と似てるようで全く違う、王国の権威を現す存在。
「ごきげんよう、アクアブレスの皆さん」
正義の味方が、こちらへとゆっくりと近づいてきた。
* * *
「私たちは今あなた達と敵対するつもりはないわ。仕事仲間でしょう? お互いなかよくしましょう」
「ああ、そうだな。こういう場にまで過去の遺恨を持ち出すべきではないだろう。よろしく頼む」
差し出された手を団長は握りしめた。
笑顔で手を上下に振り、そして手を離……そうとはしなかった。
「あの……どうかしましたか? そんなに力を入れては手が離せませないのですが……」
「それはこちらのセリフだ。善人ぶっても無駄だぞ。貴様の方が0.5秒先に平均的な握力を遥かに超えた力で握ってきただろう」
「平均的とはなんですか? その言葉を誰よりも毛嫌いしていたのはあなただったと記憶していますが……。一々その程度のことを気にしていては迂闊に握手の一つもできないのではありませんか?」
「ぐぬぬぬ……言わせておけば」
「はいはーい、ストップ! そんなに眉間にしわを寄せたら、せっかくの綺麗な顔が台無しですよ? 仲良くしよう? ね、ね?」
「あら、分かってるじゃない。素直で賢い子は好きよ、坊や」
「どちらも顔が見えないくせに適当なことを言うな! それとそこのムラサキ、うちの団員に色目を使わないでくれ!」
「そんなことないわ。褒められたら素直に受け取ってあげないと、嫌な子だと思われちゃうわよ、団長ちゃん」
「~~~ッ! お前が、その呼び名で、私を呼ぶなーッ!」
数分後。
「失敬。少々取り乱したようだ」
「少々?」
「ムラサキは黙ってて」
「つれないわね」
「さて、今回の任務はどこの誰だかわからないお偉いさんを護衛することだ。各自、正義の味方の甘言に惑わされず、気を引き締めて任務にあたるように」
「どの口が言うの?」
「……で、では各自、当初の予定通りの配置についてくれ。私は要人の周囲を巡回しているので、何かあったらそこに連絡をくれ」
「じゃあ私も」
「…………」
ぎゃーぎゃーといがみ合いながら隊列の真ん中へと移動していく団長とエースパープルを見送る。
去り際に紫色のヘルメットがこちらを向いて手を振った。
後ろを見ても誰もいない。
「なんというか……仲が良いですね、あの二人。正義の味方と悪の組織って敵対しているんじゃないんですか?」
「そのはずなんだが……すまん、俺も正直驚いてる。まだ入団して三ヶ月しか経ってないしなぁ……」
先輩と二人で歩いていると森の奥から爆発音がした。
「な、なんだ!?」
「まさか敵襲か?」
「この数に挑むか……お前ら、油断するなよ!」
場が一気に緊張状態へと包まれる。
「おい、あれ!」
戦闘員の一人がそう言って斜め前方の奥を指さす。
みんなの視線がそこに集まった。
「クックック……ようお前ら、待たせたな」
「護衛中に何も起きないだなんて、そんなつまらないことはあり得ませんよね!」
先頭にいる二人は、筋肉質の男と逆にひょろっとした男だか女だか分からない人物。
片方には見覚えがある。
この前アクアブレスに暇をつぶしにきたプレスリリースのリーダーだ。
もう一人の方も何故か見覚えがあるような気がしたが、まあ気のせいだろう。
その後ろから真っ白な戦闘服と、真っ黒な戦闘服を身に纏った大勢の戦闘員が森の奥から現れる。
「おいおいお前ら。正気か? その程度の人数ででこちらの護衛を突破しようだとか考えてるのか?」
「その程度のとは心外ですねぇ」
「いや、別にお前らの戦力が頼りないってわけじゃないけど、うちに冒険者、そして……あれ? いない!?」
さっきまで近くにいたはずの正義の味方の姿が見えないことに焦りだす戦闘員197番先輩。
それを見て男(?)は首を傾げ、時間稼ぎだと判断したのか攻撃を仕掛ける。
戦闘員197番先輩に向かって真っすぐ指を突き付け……。
「あ、背中にくすぐり虫がくっついてますよ?」
「ひゃううう!」
戦闘員197番先輩が奇声をあげて倒れた。
場外から非難の声が上がる。
「そんな……貴様には血も涙もないのか!」
「卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」
「くすぐり虫って何だよ! 勝手に架空の生物を作るな!」
「はっ! 悪の組織に何腑抜けたこと言ってやがんだ! 俺らプレスリリースはなぁ……目的のためなら何でもしてみせる!」
「いいですねぇ! もっともっと楽しみましょう!」
高笑いをあげる悪の組織リーダー二人組。
そしてそんな二人を紫色の閃光が貫いた。
「油断大敵ですよ」
背後から不意打ちって……正義の味方としてそれはどうなんだろう。
エースパープル他正義の味方が敵の周囲を固め始めた。
「てめえ! よくもやりやがったな!」
「ああ……私、こんなところで死んじゃうんですかね……まあ冗談ですが」
ビームみたいので貫かれた二人は何故か無事のようだ。
直接的な攻撃力はないらしい。
ただちょっとふらついているか?
あれなら僕でも殺れるだろう。
僕は槍をしっかりと握りしめ、戦場へと足を踏み入れた。
最初に狙うのはプレスリリースのリーダーだ。
リーダー格が倒れれば敵の士気も低下するだろう。
隣にいるひょろ長い方は何だか苦手だから、消去法で。
「こんにちは、プレスリリースのリーダーさん」
「お前は……この前の新人じゃねーか。なんだ、うちに来る気にでもなったか?」
槍で攻撃されながらも、軽口を叩く余裕があるらしい。
「いえ、僕は冒険者になる予定ですので、遠慮しておきます」
「そうか。それは残念だ」
やはり、速い。
どれだけ鋭い突きを加えようとも、必ず避けられてしまう。
特別なことは何一つしていない。
魔法を一切使うことができないのだろう。
魔法抵抗力も一般人と同じ程度しかない。
それでも、ただ己の鍛え上げた肉体のみを使って男は闘う。
魔法の槍がなければ自身の腕を鋼の刃に変え。
魔法で攻撃されればその筋肉のみで攻撃を跳ねかえす。
少しずつ、本当に少しずつ僕は追いつめられている。
鋭い拳が僕の左腕があるはずの場所をとらえ、思い切り振りきる。
血飛沫はあがらない。
そこには何もないのだから。
「やはり隻腕か。強引な魔力解放……あまり、感心できんな」
「ああ、分かってましたか。でも違いますよ。たまたま腕をなくしたから、それを最大限に活用してもらったんです。僕一人じゃとてもとても」
そう、僕の左腕はある出来事をきっかけになくなっている。
辺境の村では特に珍しくもない、魔物の襲撃から逃げ遅れた結果だ。
「そうか。疑って悪かったな。だが、手加減はできんぞ。したら俺が死ぬ」
「ええ、大丈夫です。こちらも依頼ですので、手を抜くわけにはいかないですから」
もう左腕があるように見せる必要はない。
右手で使い慣れた槍を握りしめ、構えをとる。
豊穣魔法を使い、地面から土の柱をいくつも召喚する。
足りない左手を補うかのように、それは意のままに動く。
「ああ、お前はどうあがいても冒険者だわ。それも、ちゃんとした方のな」
プレスリリースのリーダーは呆然とそれを見上げる。
「分かった。お前を勧誘すんのはもう諦めるよ。だから、遠慮なくこい」
「そうさせて……もらい、ます!」
「え? なにあの二人本気で戦ってるの? この戦力差だし、こっちは適当にあしらっておけばクエストクリア、向こうはさっさと逃げるのが正解でしょ?」
「ちょっ……それは言っちゃダメだ! 向こうだって俺たちがいること知らなかったんだから、きっとカッコつけて登場した手前今更引けなくなってるんだろうけどな」
「てか、他の冒険者たちもなんか戦い始めたんですけど……」
「まあ、彼らはあんなものだ。一々気にしてたら体が持たんぞ」
「そうですか……」
「なんだと……10万、20万……まさかまだ上がるというのか!」「いや、あの……」「戦闘力53万……貴様は化け物か!?」「ちょっと落ち着」「豊穣の神シエラガルテよ……渡すは血の花、稔は」「お願いだか」「腐蝕の剣よ……全てを蝕め、全てを」「ちょっ危」「メテオクラッシュ! 金剛煉堅壊! 蒼翼羅刹刃!」「先輩までなにし」「たっ! たっ! えいっ! せいやっ! 舞護陣!! 空封極神破!!! 破烈王空剣!!! 散れ!! 襲閃蒼神破!!! 」「話を……」「勇者ヒール!」「おい今のだ」「独式気功術、奥義! 回・天・掌・烈・波!!」「うるせぇ少しは黙」「悪しき者に不治の代償を!」「……」「我は古より」「ウィンドブレイカー!」「アイギ」「空蒼破!」「フングル・ムグール・クトゥッルフ・ルルィエ・ウガゥナグル・フタガン!」「空を駆」(中略)「ザグザ・ゴド・ヴェノ」「魔神グ」「グレイズ」「ファラー」「封滅真裂刃!」「ワロタ」「サイテ・イデ・アール!」「グリムス」「斬破追皇殺!」「マハリクマハリタ」「其は神々の織」「ウォーターハン」「雷神ト」「サンダーレ」「サイヨウ」「グラン」「我ヲ満」「火竜の」「ハザード」...
「……ギルドマスターは言ってたよ。『人間っていうのは、みんながみんな、冒険者なんだ。私たちはたまたま、他の人よりいろんなものの使い方を知っているからそう呼ばれるけど、本来は全員が持っているはずの力なんだ』」
「……団長」
「『権利とは常に争って勝ち取っていくものだと、僕は思う。何もしないでただつっ立っているだけじゃ、何も得られない。じゃあどうするか。簡単だ。知識を得よう。分からなければ調べればいい。何かを変えたいと思ったとき、そしてそれを行動に移したとき、人は誰でも"冒険者"になれる』」
「昔の人が死ぬほど渇望してようやく手に入れてきたもの。我々は、その与えられた権利を当然だと思うことなく、それをきちんと後世に伝え、守っていく義務があるのだろう」
「冒険者……ですか」
「あいつの理論だと、私たちも冒険者に含まれてしまうらしい。癪にさわるがな」
「あの……団長」
「どうした?」
「いい話っぽいこと言ってごまかそうとしているところ大変恐縮ですが、このままじゃ収拾がつかないような気がするんですが……」
「そうだな。よし、じゃああいつらを止めてきてくれ」
「殺す気ですか。あの中に割って入ったら蜂の巣ですよ」
「じゃあどうしようか? 体内の魔力が切れるのを待つか?」
「この森が焼け野原になりますね」
「まあそもそもそんなにたくさん魔力を無駄使いすることは私が許さんがな」
「じゃあ止めてきてくださいよ、団長」
「殺す気か。あの中に割って入ったら蜂の巣だぞ」
「ですよねー」
「そうだ、あれがあったじゃないか。ホーリーガード。あれならこの騒ぎを止めることも……」
「無理ですね。確かに全部の攻撃を止めることはできますけど効果は一瞬だけです。それよりも団長、あれ使ってくださいよ。アクアブレス。俺なんかの魔法より絶対効果的ですって」
「嫌だ。あの魔法は体内にある魔力ではなく大気中に漂うマナを僅かながら消費してしまうのでな」
「え、何そのどうでもいい設定。初耳なんですけど」
「どうでもいいとはなんだ。割と重要だぞ。そもそも魔力とは――」
「へえ、つまり――」
「よく分かったな。その――」
「ちょっとま――」
「ほう、そ――」
「じゃあ――」
怒号が飛び交う戦場で、先輩と団長が話し合っている声が聞こえた。
なかなか興味を引かれる内容だけど、今はそれどころじゃない。
「ッ!」
「戦闘中によそ見たぁ、いい度胸じゃねーか」
「……仕方ないですね、奥の手を使わさせていただきます!」
「やってみろ!」
再び死闘へと足を踏み入れた僕は、ついに最終奥義を解放して――。
戦闘員の一人がぽつりと呟く声が聞こえた。
「ぐっだぐだやなー」




