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鏡の聖女と夢の王子  作者: 宵待 桜


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第三十五章 嵐の中の道


翌朝、空はまだ晴れていた。


四人は早朝から山道を進み始め、標高が上がるにつれて空気が薄くなっていくのが分かった。


息がいつもより浅くなり、歩くたびに心臓が大きく音を立てた。


正午を過ぎた頃、空の色が変わり始めた。


遠くに見えていた渦巻く雲が、すぐ近くまで迫っていた。


だからなのか風が急に強くなった。


「ここから先が嵐の領域になるから気をつけて進む。手を離さないように」


そう言って、ノクスは凪沙の手を取った。


その手の強さに凪沙は少し驚いたけれど、すぐに握り返した。




✦ ✦ ✦




嵐の領域に入ると、世界が一変した。


風が、悲鳴のような音を立てて吹いていた。


雨が横殴りに降ってきて、視界が急に悪くなった。


岩肌が雨で滑りやすく、カインが先頭で道を探っていた。


ノアは地図を風で飛ばされないよう、必死に押さえていた。


「これ以上は……視界が」


カインの声が、風にかき消されそうになっていた。


凪沙は手の中の鏡を、強く握った。


これまで鏡は道を示してくれた。


今こそ、その力が必要だった。


鏡を開くと、鏡面が強く青白く輝いた。


「見える!」


凪沙は、思わず声を上げた。


鏡面の中に、道が見えた。


風の渦の中に一筋だけ静かな空間が続いていた。


それは目で直接見るのとは違う、鏡だけが教えてくれる道だった。


「こっち!こっちに道がある!」


凪沙が指す方向に、ノクスが目を凝らした。


「……俺には何も見えないが、凪沙を信じる」


その言葉に、凪沙は強い決意を感じた。


迷いのない信頼の言葉だった。


皆、凪沙が示す方向へ一歩ずつ進んでいく。


風が強く吹きつける中、鏡が示す道だけが不思議と風が弱まっているように感じられた。




✦ ✦ ✦




進むにつれて、確かに風が和らいでいくのが分かった。


視界も少しずつ開けてきて、ある瞬間、四人は嵐の中心に入った。


そこは、信じられないほど静かだった。


周りでは、依然として激しい嵐が渦巻いていた。


でも四人が立っているその場所だけ、まるで時間が止まったような静寂があった。


風の音すら、ここには届かなかった。


「……これが」


ノアが、震える声で言った。


「『嵐の中心に静寂がある』。文献の通りです」


凪沙は、周りを見渡した。


岩場の中央に小さな祠のようなものがあった。


古い石で作られていて、表面には見覚えのある涙型の紋章が刻まれていた。


「あれ……」


凪沙は、その祠に近づいた。


中を覗くと小さな台座があって、その上に涙の形をした結晶が置かれていた。


三粒目の、女神の涙だった。


聖堂のティアよりも小さく、海で見つけた涙晶とも、また少し違う輝き方をしていた。


風のように、軽やかで揺れるような光だった。


「見つけた……」


手の中の鏡が強く輝いた。


その光が結晶に応えるように共鳴していった。




✦ ✦ ✦




凪沙は両手でそっと結晶を持ち上げると、思ったよりもずっと軽かった。


でも、その軽さの中に確かな力が感じられた。


「全部、揃ったね」


凪沙が言うと、ノクスが頷いた。


「ああ。これで……」


その時だった。


静寂の中に何かの気配が走った。


風ではなくて、もっと別の何かの存在感。


凪沙は思わず周囲を見渡したけど誰もいなかった。


でも確かに何かを感じ、見られていたような。


「……どうした」


ノクスが、凪沙の様子に気づいて聞いた。


「何か、見られてる気がして」


ノクスとカインが直ぐに警戒の姿勢を取った。


でも何も現れなくて、静寂は変わらず続いていた。


「気のせい、かもしれません」


ノアが言ったけれど、その声には確信がなかった。


凪沙は結晶を布で包んで鏡と一緒に大切に持った。


何かが見ていたという感覚は、まだ消えていなかった。


今はそれより、見つけた結晶を無事に届けることが大事だった。


「戻ろう。嵐が、また強くなる前に」


ノクスが言うと、皆は再び鏡の示す道を通って嵐の中を進んでいった。


振り返ると祠のあった場所が、もう嵐の中に見えなくなっていた。


それでも、凪沙の腕の中には確かに結晶があった。


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