第三十四章 険しき道
出発の朝は、冷え込みが厳しかった。
セシリアが用意してくれた外套を着込んでも王都を出る頃には、すでに肌が冷たさを感じていた。
今回は馬車ではなく、馬での移動だった。
山道に入れば、馬車では進めない場所が多いという。
凪沙は乗馬の経験がほとんどなかったので、ノクスが出発前に簡単な乗り方を教えてくれた。
「最初は俺の馬に同乗しよう。山道に入る前に、少しずつ慣れてもらう」
そう言われて、凪沙はノクスの馬に同乗することになった。
前に座るノクスの背中が、思ったより大きく感じられた。
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王都を出て数日、景色は徐々に変わっていった。
緑の平原から、徐々に岩の多い地形に変わっていく。
木々の種類も低く頑丈なものに変わっていき、風が日に日に強くなっていくのが分かった。
「あの山が見えるか」
ノクスが、前方を指した。
そこに目を向けると、遠くに雲をまとった山頂が見えた。
その雲は、他の雲とは違って激しく渦を巻いているように見えた。
「あれが……」
「ああ。あの雲の中心に、嵐がある」
凪沙は、その山を見つめた。
距離があるのに、その不穏な気配がここまで伝わってくるようだった。
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山の麓に近づくにつれて、道はさらに険しくなった。
馬を降りて歩く場面も増えて、岩場を一歩一歩、確かめながら進んだ。
カインが先頭に立って、安全な道を選びながら導いてくれて、ノアは地図と実際の地形を照らし合わせながら慎重に足を運んでいた。
凪沙は何度か足を滑らせそうになったが、そのたびにノクスがすぐに手を伸ばして支えてくれた。
「大丈夫か」
「うん、ありがとう」
ノクスの手が思ったより力強くて、その手を借りるたびに凪沙は少し安心した。
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その夜、麓の小さな山小屋で一夜を過ごすことになった。
地元の猟師たちが使う小屋で、簡素だったけれど風を防げる場所だった。
暖炉に火を入れて、皆で暖を取った。
「明日から、本格的に山に入ることになる」
ノクスが、火を見つめながら言った。
「天候が荒れることが多い。今夜のうちに、しっかり休んでおいてくれ」
しばらくすると、外の様子を見に行っていたカインが戻ってきた。
「今夜は、星が見えています。天候は少なくとも明日の朝までは安定しそうです」
「それは助かる」
ノアは手帳を開いて、何かを確認していた。
「文献によると、嵐の山は満月の夜に最も静かになるという記述があります。今夜は、ちょうど満月に近いですね」
「それは、好都合かもしれないな」
凪沙は、その会話を聞きながら、鏡を握った。
その重さが、手のひらに確かに伝わってきた。
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夜が更けて、皆がそれぞれ休む準備をする中、凪沙は小屋の外に出た。
外の空気は、刺すように冷たかった。
でも、空には満月と無数の星が広がっていた。
山の上の空気は澄んでいて、星が王都よりもさらに鮮明に見えた。
「凪沙、冷えるぞ」
「うん。でも、空が綺麗で」
ノクスは凪沙の隣に立って、自分の外套を脱いで凪沙の肩にかけた。
「……これ」
「凪沙の方が、寒そうに見えた」
そっけない言い方だったけれど、その仕草に凪沙の胸が温かくなった。
「ノクスは、寒くないの?」
「……少し、寒い」
正直な言葉に凪沙は思わず笑った。
「それなら、半分こにしよう」
外套を少し広げて、ノクスの方にも掛けた。
二人で一つの外套を分け合うような形になったので、距離がいつもより近かった。
ノクスは何も言わず、その距離を嫌がる様子もなかった。
満月が、二人を静かに照らしていた。
明日からの旅の険しさを思うと、不安はあった。
でも今この瞬間は、確かに穏やかだった。
「ノクス」
「うん」
「明日も、頑張ろうね」
ノクスは、少し微笑んで頷いた。
「ああ。一緒に」




