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7/7

静かなる刃と、選ばれない覚悟


 ――夜。


 里は、静まり返っていた。


 だがそれは、安らぎではない。


 “嵐の前”の静けさだった。



 屋根の上。


 月明かりの中で、リオは一人、座っていた。


 風が、わずかに吹く。


 遠くから、見張りの気配。


 ――増えている。


「……当然か」


 小さく呟く。


 あの“殺し”。


 里の空気は、完全に変わった。


 信頼は、戻っていない。


 むしろ――


 壊れ始めている。


「……」


 リオは目を閉じる。


 思い出すのは、不知火の言葉。


『その信頼も――全部壊れる』


「……ああ」


 静かに息を吐く。


「もう、壊れ始めてる」



「こんなところにいらしたのですね」


 後ろから、落ち着いた声。


 振り返ると――


 小町が立っていた。


 月光を受けて、静かに佇んでいる。


「……あんたか」


「ええ。少し、お話をよろしいでしょうか」


 丁寧な口調。


 だが、その目は鋭い。


 ただの姫ではない。


 リオは軽く肩をすくめた。


「断っても来るだろ」


「ご理解が早くて助かります」


 小町は、わずかに微笑んだ。


 そして、隣に立つ。



「……率直に申し上げます」


 静かな声。


「あなた方を、完全には信用しておりません」


「だろうな」


 即答。


 小町は一瞬だけ目を細めた。


「ですが」


 続ける。


「完全に排除する理由も、現時点ではございません」


「中途半端だな」


「ええ。ですので――」


 わずかに、間。


「見極めさせていただきます」


 その言葉に、リオは笑った。


「試験官気取りかよ」


「そう捉えていただいて結構です」


 揺るがない。


 その態度に、リオは少しだけ感心した。



「一つ、伺ってもよろしいですか」


「あ?」


「あなたは――何を目的に、ここにいるのですか」


 真っ直ぐな問い。


 誤魔化しは通じない。


 リオは、少しだけ空を見上げた。


「……帰るためだ」


「元の時代へ?」


「ああ」


「そのために、この里を利用するおつもりですか」


「必要ならな」


 即答。


 だが、そのあとで。


「……ただ」


 小さく付け足す。


「壊す気はない」



 小町は、少しだけ目を伏せた。


「……そうですか」


 短い返答。


 だが、その裏には――


 何かを測っている気配。



「では、もう一つ」


「まだあんのかよ」


「ええ」


 すっと、顔を上げる。


「――あの少女は、何者ですか」


「……ナナか」


「はい」


 わずかに、間。


「“あの力”は、この時代のものではございません」


「当然だろ」


「ええ。ですので――」


 視線が鋭くなる。


「危険です」



 リオは、少しだけ笑った。


「今さらだな」


「え?」


「あいつは最初から危険だ」


 さらっと言う。


「自覚ある分、まだマシだけどな」


「……では、なぜ共に?」


「簡単だ」


 リオは、前を見たまま言う。


「一人にしたら、もっと危険だからだ」



 一瞬。


 小町の目が、わずかに揺れた。


 予想外だったのかもしれない。



「……あなたは」


 ゆっくりと口を開く。


「随分と――」


 少し、言葉を選ぶようにして。


「不器用でいらっしゃるのですね」


「は?」


「守る方法が、あまりにも直接的すぎます」


 わずかに微笑む。


「ですが」


 そのまま続ける。


「嫌いではありません」



 リオは、目を細めた。


「褒めてんのか、それ」


「ええ。一応は」


「一応かよ」



 そのとき。


 ――ザッ。


 遠くで、草を踏む音。


 同時に。


 空気が、変わった。



「……来たな」


 リオが立ち上がる。


 小町も、表情を引き締める。


「敵、ですか」


「気配が雑すぎる。隠す気がないタイプだ」



 闇の中から、ゆっくりと現れる影。


 黒い装束。


 だが、その気配は――


 “人”ではない。



「……見つけた」


 低い声。


 どこか歪んでいる。


「未来干渉個体」



 小町の目が細まる。


「……これが」


「侵食者だ」


 リオが、低く答えた。



 次の瞬間。


 ――消えた。



「っ!」


 小町が反応するより早く。


 リオが一歩踏み出す。


 ――キンッ!!


 鋭い金属音。


 見えない斬撃を、弾いた。



「速いな……!」


 リオが舌打ちする。



 再び、影が現れる。


 今度は――小町の背後。



「姫!!」


 叫ぶ。


 だが。



「――遅いです」



 静かな声。


 小町は、振り向かずに。


 扇を、わずかに動かした。



 ――ザンッ!!



 空気が裂ける。


 次の瞬間。


 侵食者の身体が、吹き飛んだ。



「……っ!?」


 リオが目を見開く。



 小町は、ゆっくりと振り返る。


 その所作は、あくまで優雅。


 だが。


 その一撃は――


 明らかに“戦場”のものだった。



「失礼いたしました」


 何事もなかったかのように言う。


「お見苦しいものを」


「いや……」


 リオが呟く。


「今の、何だよ」



「ただの護身術でございます」


 にこり、と微笑む。


 絶対嘘だ。



 だが。


 倒れたはずの侵食者が――


 ゆっくりと、起き上がる。



「……無駄だ」


 低い声。


「この程度では、壊れない」



 その身体が、歪む。


 影が、増える。



「増殖……?」


 リオが構える。


「厄介だな」



 そのとき。


 ――ふ、と。


 空気が、変わった。



「……へぇ」


 別の声。


 どこからともなく、響く。



 全員の動きが、一瞬止まる。



「もう始まってるじゃん」


 楽しげな声。



 リオが、ゆっくりと視線を上げる。


 木の上。


 そこに――



 赤い月のような瞳をした男が、座っていた。



「……誰だ」


 低く問う。



 男は、にやりと笑う。



「名乗るほどでもないけど」


 軽い調子。


 だが、その気配は――


 明らかに、さっきの“それ”とは格が違う。



「まあ、一応」


 ひらり、と手を振る。



紅月あかつきって呼ばれてる」



 小町の目が、わずかに細まる。



 紅月は、楽しそうに続ける。


「いいね、この感じ」


「壊れかけてる空気」


「最高だよ」



 ぞくり、と。


 背筋が冷える。



「……観てるだけか?」


 リオが問う。



「うん」


 あっさり。



「今日はね」



 その一言に。


 全員が、理解した。



 ――“今日は”、だと。




 紅月は立ち上がる。


「じゃ、頑張って」


「せいぜい壊れないようにさ」




 次の瞬間。


 姿が、消えた。




 残されたのは――


 増殖する侵食者と、


 最悪の予感だけ。



 リオは、深く息を吐いた。


「……面倒なのが増えたな」



 小町は、静かに扇を構える。


「ええ」


 その声は、いつも通り上品で――


 だが。



「ですが」


 その目には、確かな戦意が宿っていた。


「ここは、通しません」



 夜が、裂ける。


 戦いが、始まる。


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