布団の中から出たくない
放課後の空き教室。
まだ正式な部活じゃないが、俺たちは「活動前ミーティング」と称して集まっていた。
今日の議題は……特になし。つまり、ただの雑談会だ。
佐伯が机に頬を押しつけたままつぶやく。
「朝ってさ、なんであんなに起きたくないんだろうね」
「最大摩擦係数を超えられないからだ」
俺は答える。
山本が瞬きをする。
「……仕事とか勉強をしたくない気持ちも、その摩擦係数に加わってるんですか?」
「当然!布団の中は外敵ゼロ、温度安定、体力消費ゼロ。
生命的に最も安全な環境だ。しかも“外に出たら面倒が待ってる”って予測まで加わると、
布団の摩擦係数は一気に跳ね上がる」
佐伯が笑う。
「なるほどね。でもさ、“起きちゃえ”ってなる日もあるじゃん?」
「それは最大摩擦係数を超える力が加わった時だ。
動摩擦に移行すれば、勝手に歯磨きしたり顔を洗い出したりするだろ。
……なあ佐伯、不思議じゃないか? 一回起きたらもう布団に戻らないんだぜ」
佐伯はぱっと顔を上げる。
「たしかに! あの魔力、どこいったのって感じ!」
そこで西村がチョークを回しながら割り込む。
「物体が動き出すには、最大摩擦係数を超える外力が必要だ。
起きるってことは、その瞬間に“外の要因”がこの数値を上回った証拠。
動き出せば摩擦は減って、そのまま動き続けるんだ」
山本は苦笑する。
「ただ起きるだけじゃん」
相変わらず声が小さい。すでに訓練を忘れているようだ。
佐伯は指を立てる。
「私は、朝ごはんが豪華な日はスッと起きられる!」
高橋「つまり、安全を手放すには、それ以上に価値がある“外の世界の理由”が必要ってことなんじゃね?」
佐伯がまた顔を上げる。
「じゃあさ、部活も同じじゃん! 入りたい理由が強ければ、人は動く!」
──朝の布団から出るのも、部活に人を集めるのも、必要なのは“摩擦を超えるだけの力”だ。
……ただし、その力が「今日の掃除当番」だと、逆に布団の摩擦係数は倍になる。