さらに論破
佐伯がスマホ触りながら
「見て! マズローの“5段階欲求説”! しかも“6段階”バージョンもあるんだって!」
「6段階?」山本が首をかしげる。
佐伯が画面を読み上げる。
「自己実現の上に“自己超越”! 要するに“利他的になる”とか“使命感を持つ”とか!」
「なるほどな」高橋がギターを鳴らす。
「つまり“聖人になるコース”ってわけか」
みんなが笑う中、西村だけが真剣な顔をしていた。
「……5段階も6段階も、やはり矛盾があります」
彼女は淡々と続けた。
「ピラミッド型だと、“下が満たされないと上に進めない”という構造になります。
しかし実際には、空腹でも人は勉強するし、不安でも恋愛する。
つまり段階ではなく“ベクトルの融合”で説明できます」
俺は頷いた。
「……たとえば?」
「ライフ(生存欲求)は常に根源にあります。
セフティ(安心欲求)は、それを包み込む外殻。
ユナイト(帰属)とランク(地位)が外へ伸びる矢印になり、
さらにラーニン(知識欲求)が全体を包む。
5段階説は、この関係を“縦の階段”で見ているだけです」
佐伯がポカンとする。
「じゃあ“自己実現”は?」
「ランクとラーニンの融合ベクトルです。
自分の知識や地位を確立する方向性。
そして“自己超越”は、ユナイトとの融合で説明できます。
つまり“誰かのために知識や地位を使う”という方向性です」
高橋が感心したように腕を組む。
「……なるほど。ベクトルを組み合わせれば、5段階も6段階も“再定義”できるってわけか」
「はい。段階ではなく、方向と強度。
その組み合わせが“人間の意味づけ”を作るんです」
山本が小さく呟いた。
「……それって、マズローより強くないですか」
「挑戦です」西村はメガネを直し、少しだけ笑った。
俺は思った。
——この瞬間、俺たちは“マズロー越え”を本気で目指し始めたのかもしれない。




