兄さん
「……ごめんなさい」
どうして謝罪しているのが自分なのだろう。
リューンは自身の行動を振り返って、頭を捻る。
魔王の本拠地である終わりの大地、そこで正座しながら謝罪をした人間は今までも、そしてこれからも現れることはないと断言できた。
「お兄ちゃん、本当に反省してる?」
「してます」
ある意味ですっかり毒気を抜かれたアネッサとカナリアは、リューンに矛先を向けた。
「でもよう、女の子が怪我するのってやっぱ嫌だしさ。ほら、すっかり戦う気力も無くなっただろ? めでたしめでたし——はい、二人して睨まないで下さい」
「で、リューンくん。どうなんですか。私のモノになるんですか?」
引き分けに終わった今回の騒動のきっかけは、疑いようがなく、そのリューンである。
カナリアもしくはアネッサが、勝利していれば話は別だが、そうでない以上、幕引きもリューンが行わないといけないだろう。
「あー……」
返答を待つ魔王と真祖はただゴクリと唾を飲む。
耐え難い空白の時間。
本音を言うと、アネッサは結果を知っている。
リューンが自身を選ぶはずがない。
彼と妹の絆は決してごっこ遊びではないと、この決闘で再確認したからだ。
勝てなかった上に一縷の望みに縋ってしまうのは、情けないと自覚もしている。
それでも、アネッサはどうしても諦められなかった。
「俺はカナリアを守ると宣言した。そこがブレることは絶対にない」
「お兄ちゃん——」
カナリアが何か言いたそうに、声を挟んだ。
きっと立場が違えば、逆になっててもおかしくない。
苦しそうに唇を噛むアネッサを見て、カナリアまで胸が痛くなる。
「そ、そうですか。まぁ、その。……結果は結果です、か、ら」
アネッサは尻切れになる言葉をどうにか繋げ合わせていく。
声にならない。
胸が張り裂けてしまいそうになる気持ちを初めて味わった。
目の奥に熱い何かが迫ってくるのを感じて、思わず地面を見る。
「だけど、カナリアの友達にはなって欲しいって思ってる」
——その声に、アネッサは顔を上げた。
「カナリアはさ、こう見えても真祖だろ。友達いねえし引きこもってばっかなんだよ」
「むう、本は面白いもん」
はいはいと、リューンは話を遮らずカナリアの頭を撫でた。
「だから、誰かのモノとかじゃなくて、なんつーかな。
あー……説明が下手で悪いんだけど、アネッサなら長い付き合いが出来るんじゃないかなってさ」
「私が、ですか?」
「おう! 改まって見せるけど、俺の手は人とは違うだろ? これでえらく苦労したんだわ」
キラキラと輝く手を見せると、すぐに手袋をはめた。
彼の指す苦労とは、いったいどんな事だったのか。
アネッサには想像もつかない。
「だから二人が、対等な友達になって、信頼できるようになって、長く——、いやそこまでは、俺の介入する範囲じゃねえけどさ」
リューンは人だ。
真祖や悪魔王とは生きる時間も違う。
確かに今はカナリアと一緒に居れるし、世話も焼ける。
けれど、自分が居なくなったらどうする。
またカナリアをあの城で孤独にするのだけは、絶対に嫌だった。
そして、パーティーを追放されたからこそリューンが伝えられることもある。
手に入らなかった、背を預けられる仲間の存在。
それは何にも代え難いのだと。
「簡潔にまとめるとだな。仲間ってのは良いもんだぞ、ってことだ!」
「……お兄ちゃん、上手くまとめられてないよ」
「ですね。むしろより難解になりました」
「下手で悪いって、言っただろうがよ!」
クスッと笑うアネッサの表情は打って変わって、晴れやかだった。
そして、カナリアに手を差し出す。
「カナリアさん。いえ、カナリア。
私は諦めませんから。友というよりは、永劫のライバルとして。いつか——」
「正面から受けて立つ。お兄ちゃんは渡さないからっ!」
リューンの思惑とはちょっとだけズレたが、二人はちゃんと握手を交わす。
バチバチと火花を散らしながら——。
「こらこら君達! ちゃんと、俺の言ったこと聞いてくれてましたか!?」
鈍いリューンが茶々を入れると、二人は顔を合わせてびしっと指差しする。
「お兄ちゃん、いまこの瞬間は名シーンだからっ」
「ええ、“兄さん”は邪魔しないで下さい!」
「案外息ぴったしだなっ! お兄ちゃんを除け者にするのはやめてくれ! ……って、兄さん?」
アネッサはちょろりと舌を出してカナリアを挑発する。
「対等なのですから、良いですよね。兄さん?」
「ダメ、絶対ダメっ! お兄ちゃんもデレデレしないで!」
終わりの大地で、魔王は美しく、そして楽しそうに笑うのだった——。