魔法はここに
魔王の防御壁と、真祖の影がぶつかり合い力と音が鳴り渡った。
それは想像を絶する威力を発し、それこそ周りに建造物があればいとも簡単に崩れ落ちていただろう。
魔王アネッサは躱せないと判断して、魔力を防御壁に。
真祖カナリアは壁を破らんと、力を込めた。
完全な引き分け。
両者は信じられないぐらいの位置まで、反発する磁石の如く吹き飛んだ。
「っ、あの怪力吸血鬼……は——」
先に立ち上がり、顔を上げたのはアネッサだった。
モロに受けた衝撃波の余韻に頭を抱えつつ、鉛でも仕込んだように重くなる身体にムチを打つ。
そこで、予期せぬ事態が起きた。
守る為に作り上げた結界が壊れているのを察知して、視界の端を確かめようと目線を動かす。
「な、なんで! どうして破れてるんですかっ!」
——結界が、壊れていた。
それも無残にボロボロになって。
アネッサはあの結界に仕込みを加えていた。
中から決して破壊出来ないように、魔法やスキル、武器などを使えないようにしていたのだ。
故に、そこから導き出される結論として、
「もしかして、今の衝撃に耐えられなかった——」
色素の薄い顔が更に蒼白になっていく。
そんなつもりじゃなかった。
想定した戦いの規模でも耐えれるように、捧げるだけの魔力を注ぎ込んだのだ。
けれど、まだ足りなかったというのか。
しょうもないプライドの為に争った結果。
彼が、自身を救ってくれた一人の青年を、巻き込んでしまった——。
黒死の王と呼ばれた彼女の手が信じられないぐらいに、ぶるぶると震えている。
あらゆる知識を総動員して、次の動きを考えるが、思考がまとまらない。
「どうしよう、どうすれば良いんですか。だって、私は彼を、リューンくんを殺して——」
砂まみれの顔を気にも留めず、アネッサはゆらゆらと屍のように足を進める。
見たくない、けれど見なければならない。
嗚咽が止まらない、体内の臓物がまるで素手で掻き回されているように落ち着かない。
瞳の蒼炎はすっかりと消えて、冥界を体現したような暗い色に変わっていた。
どうして、こんな結末に。
もう、自身が歩いているのかさえ分からない。
真祖のことなどすっかり頭から抜け落ちたアネッサは、ただ惨状を確認する為に乾いた砂を蹴った。
一方で遅れて起き上がったのは、真祖の姫だった。
息は荒く、鼓動が早鐘を打つ。
何故だか嫌な予感がしたのだ。
それこそ、心臓を鷲掴みされるような拭えない恐怖が全身を襲う。
自身が何をしていたのか、ようやく一度冷静になって振り返る。
大地は抉れ、あちこちに穴が開いて、戦いの激しさをようやく当事者として理解した。
「でも、負けないもんっ」
ぐっと膝に力を入れて——。
「うそ」
……立ち上がれなかった。
魔王を見ると、その視線はカナリアには向けられていない。
向けられている視線の先は、兄が、リューンが閉じ込められていたはずの結界。
嫌な予感とは外れて欲しいと願うのに、当たってしまうものだ。
だって、どこをどう見たって、あの結界はもう壊れている。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんお兄ちゃん!」
走る、走る、走る。
砂山を掻き分け、影を無理矢理動かして、『いない』兄を探す。
魔王と真祖が砂山を見つけたのは同時だった。
何も言わずに必死に砂山を素手で掘り出す。
魔法を使うことも忘れて、土に手を汚しながら——。
「……ばぁ!」
いきなりリューンの顔が砂から出てきた。
「どうだ! 二人とも驚いた——って、何だよ揃って泣きそうな顔して」
アネッサの手が止まり、カナリアの顔が真顔になる。
「ちょっと休めって。二人とも疲れてんだろ? にしても、タイミング悪すぎたな。結界をこじ開けた瞬間に爆風に煽られちまった。
それよか……カナリア、頬の傷大丈夫か?」
けろっと、そう笑うリューンを見て二人の感情は宙ぶらりんになった。
喜べば良いのか、怒れば良いのか、処理しきれない。
ただ、驚かせることに成功したリューンだけは嬉しそうにハハッと笑う。
仲裁という目的は果たせたので笑う気持ちもよく分かるが、本気で心配した二人は全く笑えなかった。
魔王と真祖は赤の視線と青の視線を絡めながら、こくりと頷いた。
「お、お兄ちゃんの」
「き、狂戦士の」
「へ?」
左右にしなだれかかっていた二人の手がパッと離れて、
「「バカァあああ!」」
パチンと優しくリューンの頬を撫でるのであった——。




