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兄は強し

 西方の魔王であるアネッサには遵守すべき己のルールがあった。

 一つ、無碍にモンスターの命を散らさないこと。

 一つ、魔力をセーブすること。

 これらのルールに則って、彼女は戦いに臨んでいた。

 実際の所、生み出した竜は決して捨て駒として扱っていない。

 きちっと撤退させている。

 勇者パーティーを抑えているダンジョンに関してはどうしようもないが、最低限自分の手の届く範囲ではそのルールを決して破らないのが信条だ。


 次に魔力のセーブ。

 持つべき魔力を抑えるのに、どんな理由があるのか。

 単純に本気を出すとまともな戦いにならないから。

 そうは言うものの、真っ向から向かってくる者はいなかったので、このルールはあってないようなものだ。


 けれど、生まれて初めて人が使っても使いきれない程の魔王の魔力を解放する必要がある。

 それほどに真祖の力は凄まじかった。


 まずスピード。

 瞬間移動しているアネッサとの間合いをいとも容易く詰め切る。

 振り切っても、振り切っても、気付けば影の射程圏内だ。

 それを可能にしているのは、筋肉ではない。

 背後から蠢く、手足のような影だ。


 次に幻覚。

 目を合わせなくても、視線が身体に触れるだけで脳を揺さぶられる。

 敵体内の魔力を媒介とし、そこから真祖の魔力を流し込んでいるのだろう。

 魔法防壁を身体に覆ってはいるが、悠々とそれを突き破ってくる。


 最後に複数の影。

 見た目は少し大きい真っ黒な腕だ。

 それがカナリアの背後から複数生えている。

 仰々しいが、一本なら魔弾で吹き飛ばすだけで事足りるだろう。

 が、厄介なのはその腕がカナリアのサポートを行うことであった。

 自動追撃、形状変化、自動防御までこなすくせに、吹き飛ばしても吹き飛ばしても、数が減らない。

 というよりは、消えないと言うべきか。


「しつ、こいッ!」


 アネッサは空に飛び、天に手を伸ばす。

 途端、空に五色の魔法陣が浮かび上がった。

 五大元素——。

 万物を構成し、形成する為の元素の火・地・水・風・空。

 それら全ての属性を魔法陣に混ぜ込んだというのだ。


 そもそも魔法には効果があり、規模がある。

 小魔法と呼ばれる日常的に使うもの。

 中魔法と呼ばれる戦闘や日常を超えた事象に使うもの。

 そして、大魔法と呼ばれる選ばれた者にしか使えない奇跡の代物。


 アネッサの場合、大魔法と言っても、魔力の塊を散弾のように放ち、撃ち込むだけ。

 だが、その規模と全属性を扱うという点で、あれは十二分に大魔法の域だ。


 ——美しい色をした球体は雨のように降り注ぐ。


「……きたっ!」


 真祖もまた決定打が未だ見つからないまま、ただ攻撃を繰り返していた。

 戦う術を知らないカナリアは、思うまま本能のままに舞い爆ぜる。

 打ち込んだ影の総数は既に百を超えており、それでもなお傷一つ付かない魔王に若干の苛立ちを覚える。

 で、あるならば均衡を崩す為に大きく動くべきだ。

 その為に彼女は大地を影で蹂躙し、複数の手足を扱い疾走する。


 乱射された魔弾を影でいなして、地を蹴り続けた。

 風の魔弾はどうしても走りながらでは防ぎきれず、頬を掠め、血が噴き出す。

 だが、どうでも良い。

 そんなモノは数秒で完治する。


「ここ——」


 カナリアが見たのは、リューンと竜の戦いだけ。

 天に佇む魔王を見上げ、地を蹴った勢いのまま跳躍する。

 まるで、それは昨夜リューンがドラゴンの尾を掴んだ時の再現のようだった。


「だ!」


 二本の影の形を変えて、手を合わせた握り拳を作り上げる。


 ——このタイミングなら、必ず当てられる。


 一瞬魔王を見下ろす形になったが、重力に従って後は落ちていく。

 その重力に逆らう事なく、カナリアは作った拳を、そのままアネッサの脳天めがけて叩き落とした。


 そう、戦いの中でカナリアは気付いたのだ。

 影を撃ち落とす為の魔法を使えば、約一秒。

 いや、正確に測定するなら一秒にも満たないだろう、その瞬間だけはアネッサに隙が生まれる、と。

 だから防御するのではなく、魔弾をいなすことにした。


「ぐッ!」


 ブンと空を震わす音。

 次いで衝撃波がカナリア諸共吹き飛ばした。


 ☆


「やっぱり単純な勝ち負けじゃ、止まらねえか」


 リューンは結界の中で、二人の攻防を目で追いかけていた。

 このままだと、どちらが勝つにしても傷は避けられない。

 カナリアもアネッサも戦い慣れてないのだろう。

 燃料(スタミナ)を度外視した大技が目立つ。

 魔力に関しては、二人ともまだまだ余裕があるはず。

 けれど、心に関しては別問題だ。

 拮抗してるからこそ、焦りが出る。

 焦りが生まれると、今度は集中が途切れる。

 一度途切れた集中力は、戦いの中で再度蘇ることはない。


「いくら信用してるって言っても怪我だけは見過ごせないぞ。ほら、カナリアの頬に切り傷が出来てる! 治るって言っても、やっぱりあれはダメだ。うん、ダメだな。

 というか、カナリアだろうが、アネッサだろうが、女の子は愛でられるもんだ。傷を負うもんじゃねえって」


 なんて言いながら、ちょこちょこと結界に触れてみる。

 触れる度に完璧な結界であることを認識する。


「くぅっ、頼りたくないんだけどな。今回ばっかりは無理か。……無理だよなぁ。

 普段は籠手か手袋で抑えてる分、余計に使い辛いわ」


 この男はいったい何を言っているのだろうか。

 白亜の手袋を取り外し、手のひらをグーパーしながら、腕を回す。

 人が寝っ転がれるぐらいの広さになっている結界をジロジロと見回すと、正面の一点に視線を注いだ。


「よっしゃ! 一回止めるだけならセーフだよな。ほら、休憩も必要だしな」


 カナリアとアネッサへの言い訳を考えながら、龍の手を構える。

 まさか、と思うような阿呆がいた。

 この狂戦士は何を隠そう、頂点の戦いに割って入ろうとしているのだ。


「——ダァアアァアア!」


 ああ、この男は狂戦士らしくやはりどこか変わっているらしい。

 叩き付けられた銀の手と金の手によって、結界を強引に壊すのだから——。

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