Episode.85 終結
──あー、もうその辺でいいよ」
声が聞こえた。
数時間前にも会話していた筈なのに…何年ぶりに聞いた声のように、酷く懐かしく感じる。
夕陽「…れ、蓮花……」
髪がほどけ、微かな違和感はあるものの…蓮花がいた。
いつもの笑顔を見せながら。
「…お、おい…」
蓮花「ん?」
声を震わせながら、ヴァンフェーニは声を発した。
どうやら…鬼蓮は、加減していたらしい。
ヴァンフェーニ「おい…なんだよ…俺様を生かしたら…また狙われるんだろ…?」
蓮花「んー。ま、人間生きてれば誰かに狙われるのって、誰でもあり得ることだし」
ヴァンフェーニ「は、はぁ…?」
…二人とも、笑っている。だが…
明らかに、違っていた。
ヴァンフェーニ「こ、怖いだろ…? なぁ?…憎いだろ…? 両親半殺しにされてんだろ…?」
蓮花「ああ。あれね、別に陰陽師ならあんなことあってもおかしくないし。
憎いって言われたら…うん、憎いよ。だから、鬼蓮のエナジードレイン」
ヴァンフェーニ「ふざけんなよ…」
蓮花「ふざけてないよ」
次第にヴァンフェーニから笑顔が消えていく。
…そうか。焦っているんだ、ヴァンフェーニは。
ヴァンフェーニ「な…なんだよ…それじゃ…それじゃ…!」
蓮花「残念だけど、私は『君の願望を叶える』気なんて端からないよ。
そんなエンディング、誰が望む?
誰が笑う?
誰が幸せになれるの?
君だけだよ。こんなメリーバッドエンド。
君が助けたい彼でさえ望まないかもしれない」
ヴァンフェーニ「そんな…そんなこと…そんなこと認められるかよ…!」
…凄い専門家を前にしているかのような感じがする。
蓮花は、まだ一人前でもない陰陽師らしいが…。
ヴァンフェーニ「それじゃあ…アイツが…!
──ブラッドが、成長できないじゃねぇかよ…!!」
ブラッド「…えっ…?」
蓮花「君の存在が消えれば、ブラッドに現在の年相応の成長が得られる。
だけど…成長したらどう?君の考えたこと、ぜーんぶ分かっちゃうんだよ?
それってさ……『一生罪悪感に苛まれながら生きろ』ってこと?」
ヴァンフェーニ「はぁ…?んな訳ないだろ!…俺は…アイツにとって、邪魔な──」
蓮花「まだわかんないかな。この大阿呆者が、大馬鹿者が。それとも莫迦者の方がいい?」
馬鹿も莫迦もどっちも変わんないっての。表示の問題で読みは一緒だ。
蓮花「いくら自分の偽物…おっと、この場合は裏返しの偽者かな。どちらにしろ、彼の精神年齢からして、君の行動が分からずとも、真意は知らずとも…
君の存在を消す。つまりは、殺すってことになる。それくらい分かるよね?ブラッド」
ブラッド「…うん…」
ヴァンフェーニ「…」
蓮花「それを目の前でやれ?おいおい、君がどんなに真面目に言ったとしても…私には笑えない達の悪い冗談にしか聞こえないね。
私が思い出したから良いものの…確か、私の親友が自殺しちゃったのは四年生。しかもブラッドと私、前世もだけど山風麻奈美は同い年。
精神年齢10歳の14歳の少年の前で殺せって?一生のトラウマを植えつけろと?」
ヴァンフェーニ「………っ」
蓮花「…さてブラッド。君はどうしたい?
君の返答次第で私が彼を殺すし、生かすし。死よりももっと恐ろしいことをしてもいいんだよ」
レット「なっ…」
カレン「…」
紅蓮『…ある意味、残酷な陰陽師だな』
ブラッド「…」
夕陽「…ブラッド。お前がどうしたいか、言ってこい。お前がどんなことを言ったとしても、責める権利はない。
そうだろう、蓮花」
蓮花「うんうん。…んー?」
現に蓮花の手には、ドーランのドラゴンブレスで出した刀の一本を持っている。
…もしや、あの一本に影響されて…?
ブラッド「…分かった」
そう一言答え、真っ直ぐヴァンフェーニを見る。
そして、歩み寄る。
ブラッド「…君の存在が薄れてく度に、僕の中で何かの変化があった。
君は、僕が受け入れたくなかった『時間』を、受け入れて、ずっと持っていてくれたんだよね」
ヴァンフェーニ「…」
確かに、今思えば…最初に出会ったあの空間から、医務室、そして今では…雰囲気が違う。
…ブラッドは、両親が亡くなって、心の寄りどころだった麻奈美とも会えなくなって、無意識に成長を拒絶したのだろう。『時間が進んでほしくない』『時間が戻ってほしい』…そこまではいってないのかもしれない。
いや、そもそも…これは所詮、俺の勝手な推測か。
ブラッド「…ありがとう。もう一人の僕」
ヴァンフェーニ「…礼を言われる筋合いは、ねーよ」
ブラッド「…。…蓮花」
蓮花「何かな?」
ブラッド「僕は…、僕は。
もう一人の僕を助けたい。ううん、存在を残したい。
成長なんて、これからすれば良い。僕は…彼と、一緒に生きていきたい」
迷いはない。…ブラッドらしい、答えだった。
蓮花「そう言うと思ったよ。
うん。君がそう言うまでに良い方法を考えておいたよ。これは私もやったようなことだ。まぁ一人例外はいるけど」
チラッと鬼蓮を見る。……ああ、そういうことか。
これは俺にも分かった。
蓮花「君が、君の考えた名前を、彼につければいい。
名前っていうのは、それに縛られる。
半人前である私が、三人もの式神を制御出来ているのは、鬼蓮はともかく名前を付けたからだ。
これは陰陽師でなくとも、魔力のない一般人であろうとも出来る簡単なことだよ」
ブラッド「…名前…」
ヴァンフェーニ「…」
蓮花「まぁ吸血鬼なら吸血鬼らしいやり方もあるけど…君はやりそうにないからねー」
…あ、吸血か。
ブラッド「……じゃあ、そうするよ」
にっこりと、笑顔でそう言った。
ブラッド「…君の名前は──」