第34話 同じ場面、違う答え
『明日、試用を予定しています。続けられる課題と、旧版に戻す課題を教えてください』
林遠は、外部の学習施設から届いた文を二度読んだ。
添付には、翌日の予定があった。
端末の準備。
指導者の確認。
参加者の集合。
検証結果を待っている人には、次の予定がある。
林遠は通知の下書きを開いた。
端末設定の違いにより、結果が一致しない場合があります。
確認を求めると、村瀬から返信が来た。
『先方は、配布した手順どおりに操作しています。設定を変更したわけではありません』
林遠は、書いた一文を見た。
事実としては間違っていない。
それでも、これだけなら、受け取った人は自分の設定が悪かったと思うかもしれない。
配布した検証パッケージを開く。
再現に必要な基準設定を残す欄は、なかった。
最初の一文を消した。
『提供した検証パッケージに、再現に必要な条件の記載が不足していました』
対象となる候補版と測定機能を続ける。
確認済みの旧版環境は、そのまま使える。
候補版での結果は、条件を確かめるまで、以前の結果と同じものとして扱わない。
窓口から、エマの追記が届いた。
『開発側でも、旧教材の移行説明と、基準が指定されていない場合の処理を確認しています』
林遠は二つを合わせ、通知を確定した。
自分が付けた確認済みの印も、添付の記録に残っていた。
今日の復験には、外部施設の担当者が参加する。
水野という女性だった。
東都の別の地域で、職業訓練の実施を受け持っている。
通話がつながると、彼女は予定表を示した。
「全部を止める必要がありますか」
画面の向こうには、端末が並んでいた。
机に、翌日使う案内が置かれている。
「変更が必要なら、今日中に参加者へ連絡します。遠くから来る方もいるので」
林遠は課題の一覧を開いた。
「使えるものと、まだ確認できないものを分けたいです」
「こちらでも、確かめられますか」
「そのための手順を用意しています」
水野はうなずいた。
「では、明日使うものからお願いします」
林遠は作業順を入れ替えた。
新しい機能を広く試す項目を後ろへ回し、翌日の五つの課題を上に置く。
仮想の検証室へ、同じ部品を二つ並べた。
林遠の保存状態。
水野の施設が、初回に保存した状態。
村瀬が測定線を重ねる。
一方は、部品の下面から。
もう一方は、治具側の面から伸びている。
二本の線は、長さがわずかに違った。
「同じ場所を測っていると思っていました」
水野が言った。
「表示された名前も、同じだったので」
「測る先は同じです。どこをゼロにするかが違っていました」
村瀬が二つの面を順に光らせた。
水野は視点を下げた。
画面の中で、部品が透ける。
測定線の出発点が見えた。
「これだと、数値だけ比べても分からないですね」
エマが候補版の仕様を開く。
「今回の経路では、端末側の基準設定を利用します。教材で明示されていなかったため、別の値が入りました」
「ここを直せば、明日は使えますか」
水野が尋ねた。
林遠は、返事の前に確認項目を見た。
「既知の値で測れることと、課題の判定が合うことまで確かめます。その結果で、使うものを決めましょう」
検証用の形状を開く。
基準面も、測る位置も、期待する値も分かっている。
そのあとに、判定範囲の内側と外側に置いた課題を使う。
水野は修正された手順を読んだ。
途中で、指が止まる。
「基準面Aとありますが、端末の画面にはAと出ません」
林遠は自分の説明を見た。
図面の呼び方を、そのまま書いていた。
村瀬が表示位置を示しかける。
林遠も口を開き、止めた。
「説明を直します。画面に出る表示と、合わせましょう」
部品の下面を示す図を加える。
選択したあと、どの表示を確認するかも載せた。
水野が読み直す。
「これなら追えます」
最初の確認を、一緒に行った。
設定を明示する。
既知の形状を測る。
期待する値と比べる。
水野が保存すると、記録に基準面の指定が入った。
林遠は、その欄を確かめた。
今度は、あとから見ても分かる。
短い休憩を挟んだ。
水野は施設の職員と、翌日の準備を確認している。
林遠は机の端の水を飲んだ。
予定した作業枠は、後半に入っていた。
残りの項目を見渡す。
「追加機能まで、今日中に確認するのは難しそうです」
エマがうなずいた。
「明日使う課題を先に。新機能の比較は、次の枠へ回します」
水野が戻ってきた。
隣に、別の職員が座っている。
「次は、この者にやってもらいます。ここまでの説明は聞いていません」
職員が手順を開いた。
林遠たちは、共有画面を見守った。
口頭では案内しない。
保存状態を複製する。
図と表示を合わせ、基準面を選ぶ。
既知の形状で測定を確かめる。
最初の値が出た。
期待した範囲に入っている。
次の課題では、判定範囲を外れた。
その次は、範囲内だった。
職員が結果と設定を保存した。
水野も、別の保存状態から同じ手順を繰り返す。
値がそろった。
林遠は二つの記録を重ねた。
基準面。
入力データ。
測定値。
判定結果。
同じ条件が、同じ順序で残っている。
「こちらだけでも、できました」
水野が言った。
隣の職員も画面を見ていた。
「これなら、開始前に確かめられます」
林遠は椅子の背へ身体を預けた。
自分の声がなくても、手順が届いた。
昨日、自分の端末で結果をそろえたときより、肩の力が抜けた。
水野は翌日の課題表を開いた。
五つのうち四つは、今回の条件で確認できた。
残る一つは別の測定を使っており、時間内に十分な確認ができなかった。
水野が職員と端末の配置を見比べる。
「これは、確認済みの旧版で実施します。場所を分ければ、予定の時間内に収まります」
課題ごとに、使用する端末を記す。
指導者向けの一覧と、参加者に渡す案内を更新する。
一つを未確認のまま残しても、全部を中止する必要はなかった。
エマが開発側への記録を保存した。
「基準が未指定のとき、移行時に知らせる仕組みを提案します。修正が出るまでは、今回の確認手順を使ってください」
「分かりました」
水野は、確定した五つの課題を読み直した。
「明日は、この構成で行います」
窓口が対象と担当を記録する。
林遠は確認できた四つに、成立した条件を付けた。
以前の結果も、今回の結果も残す。
違いを追える状態になった。
通話を終える前、水野が言った。
「もう一件、お伝えしたいことがあります」
配布の記録を開く。
「基礎教材と検証パッケージを、連携先の学習点にも渡しています。提供条件で認められている範囲です」
林遠も条件を確かめた。
共有は認められていた。
渡したものも、改変していないという。
「先方も候補版を試していますか」
「そこまでは、確認できていません」
林遠は配布先一覧へ戻った。
水野の施設までは載っている。
その先の学習点は、記録されていなかった。
水野が連絡先を示す。
「こちらから伝えます。ただ、担当者が教材を持ち帰っている場合もあります。施設宛ての連絡だけでは、届かないかもしれません」
林遠は通知を開いた。
対象の候補版。
影響する測定機能。
確認済みの旧版を使う方法。
試験前に保存してほしい状態。
伝える内容は、まとまっていた。
「この通知に、元の配布ページへの案内も入れます。共有した先へ転送し、受け取ったことを返してもらえますか」
「はい。分かっているところから確認します」
水野が連絡先を選んだ。
通話を終えて間もなく、翌日の確定案内が届いた。
試用は予定どおり開催する。
使用する課題と端末は、確認した構成に変更する。
林遠は報告を保存した。
明日の席は残せた。
続いて、新しい返信が届く。
水野が転送した通知への返事だった。
『受け取りました。候補版の試験は、まだ始めていません』
林遠は配布先一覧に、その学習点を加えた。
もう一件、転送先があった。
受領の欄は、空いている。
添えられた予定では、その施設の試用は二日後だった。
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