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AIが変えた世界で、僕らはもう一度働き始める  作者: 北野風人
もう一度働くために

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第27話 帰る時間を決める

「この時間だけ、村瀬に頼めないのか」


大野が工程表を示した。


来週の午前。


佐藤が母の検査に付き添いたい時間だった。


「本人には、まだ聞いていません」


「引き継げる作業なんだろう」


「はい。ただ、その時間が空いているかは別なので」


大野は画面から顔を上げた。


佐藤も、昨日までは同じように考えていた。


手順は残っている。


村瀬なら分かる。


頼めば、何とかなる。


家で見た、妻の取り消し済みの予約が頭に浮かんだ。


「担当を一人決める前に、勤務の中で組み直せないか相談したいです」


大野は椅子を引き、工程表を広げた。


「まず、何がその時間でなければできないか見よう」


午前の確認は、三つに分かれた。


設備の立ち上がりを現場で見るもの。


前日の記録と、使用する条件を照合するもの。


判断が残った項目を、担当者同士で確かめるもの。


佐藤が必要な技能と所要時間を付けると、作業が短い帯になった。


設備の稼働予定に重ねる。


動かせる帯と、その時刻に残さなければならない帯が見えた。


村瀬が入ってきた。


事情を聞くと、自分の勤務予定を開いた。


「その朝は、一時間の遅出を申請しています。家の点検工事があるので」


承認の印が付いていた。


佐藤はうなずいた。


「分かった。そこは予定どおりで」


村瀬は椅子を寄せ、確認項目を開いた。


「この照合、前日のうちにできる部分があります」


版と適用条件。


翌日に使う部品と治具。


変更がなければ、毎朝同じ内容を読み直していた。


「前日ここまで確定して、朝は変わったところを出す形なら」


村瀬が線を引いた。


仮想の工程表が更新される。


翌朝の確認画面では、変更のない項目が畳まれた。追加や差し替えがあった作業だけが残る。


「設備の確認は、朝にやる」


佐藤が別の帯を指す。


「実際の状態までは、前日に済ませられないから」


「そこは私が見ます」


中村が答えた。


「ただ、始業前に来る形は避けたいです。前の日も、保全が入っています」


大野が勤務時間を固定した。


村瀬の遅出も、中村の始業も、そのままにする。


条件をそろえて比較すると、朝の確認が少し後ろへずれた。


前日の照合を入れる時間も、足りなかった。


佐藤は時計を見た。


母に返事をすると約束した夕方まで、まだ時間はある。


それでも、元へ戻す言葉が口に出た。


「今回は、送迎を使ってもらえば……」


大野が、はみ出した作業を拡大した。


「検査の都合を動かす前に、こっちを決めよう」


後ろへ回せる資料整理が一件あった。


急ぎではない。ただ、誰かが優先順位を変える必要があった。


「これは翌日に回す。照合は勤務内で済ませる」


大野が予定を変更した。


「当日の開始は十五分遅らせる。出荷への影響は、計画担当と確認する」


中村が現場確認の欄を読んだ。


「分からないものは、その作業を止めます。連絡は、どこへ?」


佐藤の端末へ送る設定が残っていた。


不在と書くだけでは、問い合わせはそこへ届く。


大野が会社の窓口へ切り替えた。


現場で止める異常。


資料で確かめられる照会。


条件変更に伴う再確認。


窓口から、その時間の担当者へ渡す。担当がいなければ、対象作業を保留する。


佐藤は、自分の名前を予備連絡先から外した。


画面の中で、照会の線が別の担当へつながった。


午後、計画担当から回答が来た。


開始を遅らせても、当日の出荷には影響しない。


大野が予定を確定する。


「まず、今回これでやる。変更が重なった場合に使う工数も、ここに取る」


追加の確認時間が、一つの枠になった。


誰が受け持つか、勤務の中で決められるようになっていた。


夕方、佐藤は母へ電話をかけた。


「来週、一緒に行ける。迎えの時間も決まった」


「仕事は大丈夫なの?」


「引き継ぎを決めた」


母は少し黙った。


「じゃあ、送迎の予約を変えるね」


「一緒に確認しようか」


「自分でできるよ。付き添いの欄に、あんたの名前を入れる」


操作する音が聞こえる。


予約が更新され、迎えの時刻が双方の予定へ入った。


「今度は、玄関で待ってなくていい?」


母が言った。


「着いたら連絡する。家の中にいて」


「そうする」


検査の前日、佐藤は村瀬と資料を照合した。


確定した条件を保存する。


翌朝、条件が変わった作業には再確認の印が出ることも確かめた。


村瀬が自分の端末を閉じる。


「明日は、予定どおり遅れて入ります」


「うん。引き継いだ範囲を、よろしく」


「はい」


佐藤も終業時刻に端末を閉じた。


翌朝、母の家の前で連絡すると、少しして扉が開いた。


母は鞄を持って出てきた。


「早かったね」


「道が空いてた」


二人で車へ乗る。


病院までの経路が表示された。


工場の確認が始まる時刻になっても、佐藤の端末は静かだった。


病院では、母が受付の端末を操作した。


途中で、指が止まる。


佐藤が手を伸ばしかけたとき、母が説明を開いた。


「ああ、ここね」


受付票を取り、待合の席へ座る。


「お茶、買ってくる?」


佐藤が聞く。


「あとでいい。呼ばれたら、聞きたいことがあるから」


母は鞄から小さな紙を出した。


薬のこと。


次の検査のこと。


気になっていたことが、母の字で並んでいた。


佐藤は隣に座り、呼ばれるまで一緒に待った。


診察を終え、会計の順番を待っていると、妻から写真が届いた。


講座で使う道具が、机に並んでいる。


『間に合った。帰ったら話すね』


佐藤は母に見せた。


母が目を細める。


「これ、行きたいって言ってたね」


「うん」


佐藤は返信した。


『こちらも予定どおり。帰ったら聞かせて』


午後、工場へ戻ると、中村が作業記録を渡した。


立ち上がりに異常はなかった。


朝の差分確認では、前日に予定していなかった部品が一件見つかった。


その作業だけを保留し、確認済みの対象は進めたという。


「村瀬さんが来てから、資料を確認しました」


中村が記録を示した。


照会を受けた時刻。


保留した対象。


確認後に再開した時刻。


必要な判断は、当番の勤務時間内に収まっていた。


佐藤は最後まで読み、受領を返した。


「ありがとう」


大野が予定と実績を重ねた。


朝の変更も、確保した枠の中で扱えていた。


「毎回この形にできるとは限らないが、使える日は残そう」


佐藤はうなずいた。


机へ戻ると、母から短い連絡が来ていた。


次の検査日が決まったという。


佐藤は予定を保存した。


すぐに付き添いを約束せず、必要な支援を母に確認する項目を入れる。


帰宅時刻が近づいたころ、共通窓口に新しい相談が届いた。


アステラ側の教材検証で、試用前に確かめたい項目があるという。


東都では勤務時間内だった。


依頼には、瀾華側の担当者にも回答を求めたいと書かれていた。


そちらでは、これから夜になる。


窓口担当者が対応表を開いた。


通常の対応時間は決まっている。


時間外の支援は、別途合意する。


今回は、その合意がなかった。


佐藤は依頼を読み直した。


稼働中の設備に関わる緊急事態ではない。


翌朝の教材試用に、間に合わせたいという照会だった。


彼は窓口へ確認を返した。


夜間対応を依頼する場合は、受けられる人と費用の合意が必要です。


通常の対応時間まで待つ場合は、試用日程の変更をお願いします。


送信して、端末を閉じた。


妻へ、予定どおり帰ると連絡する。


鞄を持ったところで、窓口担当者に呼び止められた。


先方から、返事が来ていた。


今回は、試用を延期する。


その上で、次回から夜間も相談できる契約を用意してほしいという。


佐藤は、空いていた夜間担当の欄を見た。


そこへ名前を入れるには、まだ決めなければならないことがあった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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