↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIが変えた世界で、僕らはもう一度働き始める  作者: 北野風人
数字の意味をつなぐ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/36

第13話 直すために集まった

「そのファイル、私の方でも試せますか」


 エマ・リードが言った。


 共訳端末の訳音声を聞き終えると、小趙は共有範囲を確認した。


「人工的に作った試験データです。顧客の記録は入っていません」


「では、同じものをお願いします」


 林遠の画面には、三つのファイルが並んでいた。


 数値は同じ。違うのは、その値が何を表すかという情報だけだった。


 指令値。


 実測値。


 種別不明。


「東都側と同じ版の試験環境です。設備には接続していません」


 小趙は三つ目を読み込ませた。


『受付完了』


 東都精機の会議室で、村瀬が顔を上げた。


「種類が分からなくても通るんですね」


「入口では。使われる先まで追います」


 小趙が処理記録を開いている間に、エマも同じ操作をした。


 彼女の画面には、別の表示が出た。


『データ種別を特定できません』


『評価入力から除外』


「こちらは通りません」


 林遠は二つの版番号を共有表へ入れた。


 昨日まで空いていた結果欄が、初めて埋まった。


     *


 小趙が、受け付けられた値の行き先を拡大した。


『実行軌道偏差』


 元のファイルでは種別不明だった値が、実際の動きから求めた値を入れる場所へ渡されている。


「元の項目名は?」


 林遠が聞いた。


「履歴側には残っています。でも、この評価処理では参照されていません」


 旧形式を共通形式へ移す、互換用の経路だった。


 林遠は仕様を開こうとした。


「林さん、先に残りの二つを試していいですか」


 小趙が言った。


「不明な場合だけなのか、指令値と書いてあっても同じなのか、見たいんです」


 林遠は手を止めた。


「そうだな。そっちが先だ」


 一つ目の指令値を入れる。


 同じ経路を通った。


 二つ目の実測値も、同じ場所へ送られた。


 小趙は三つの記録を横に並べた。入力に付けた種別が、途中からどこにも使われていない。


 河図に、利用を許可された仕様と処理記録を照合させる。


 該当する分岐が示された。


『旧形式入力の互換経路』


『旧補正量を既定項目へ割り当て』


 林遠は、元の履歴表示の仕様も開いた。


 そちらでは、数値の横に旧項目名を併記している。読む人は、何の値か確かめられた。


 評価用の経路には、その確認がなかった。


「画面の注意書きを戻しても、ここは変わらない」


 林遠が言うと、小趙がうなずいた。


「人に見せる情報と、評価側が使う情報が別になっています」


 佐藤が、共有画面を指した。


「三号機の評価も、この経路ですか」


「照合します」


 小趙は東都側から共有された処理履歴を開いた。


 入力形式。


 変換コンポーネントの版。


 評価条件の識別番号。


 一つずつ合わせていく。


「一致しています。この旧データは、同じ分岐を通っています」


 林遠も記録を確認した。


「小趙、その結果を説明してくれ」


「僕がですか」


「試験を組んだのは、お前だ」


 小趙は姿勢を正した。最初の一文は少し速くなり、共訳端末の表示を見て言い直した。


「東都側の、この版と経路で確認しました。ほかの入口まで同じとは、まだ言えません」


 佐藤がメモを取る。


「分かりました。こちらの復旧計画にも、その範囲で記載します」


 小趙は、林遠を見る代わりに次の画面を開いた。


     *


 エマが指令値のファイルを試した。


 新しい版では、それも評価入力から除かれた。実測値と確認できるものだけが通る。


「変更理由の資料は、製品担当に確認します」


 エマが言った。


「新しい版が全部正しいとは限りません。ただ、この違いは共有できます」


「助かります」


 林遠は、東都側の試験環境で旧形式の誤った入力を隔離した。


 修正するのは、実測値として扱われていた経路だけだ。履歴表示は残す。


 モデルの再評価には、種別を確認できる記録を使う。比較用に取り分けておいた独立計測結果は、調整に混ぜなかった。


 村瀬が条件を確認する。


「負荷と速度は、記録したときのままですね」


「はい。モデル以外の条件は変えません」


 小趙が実行した。


 青い予測線と、白い実測線が現れる。


 反転後、白い線だけが長く揺れていた場所で、青い線の収まり方が変わった。


 村瀬が画面に近づいた。


「差が小さくなっています」


 小趙は結果を保存し、比較用の別の記録を開いた。


 同じ手順で評価する。


 そちらでも差が縮んだ。


『対象記録において予測誤差の減少を確認』


『反転後の応答に残差あり』


 佐藤は二組の結果を見比べた。


「まだ重なりませんね」


「ええ。ただ、旧データをこのまま使っていいか、という問いには答えが出ました」


 林遠は誤って扱われた入力を示した。


「少なくとも、この経路は直す必要があります」


「これで、次の試験条件を変えられます」


 佐藤が言った。


 村瀬は旧条件を消さず、新しい条件を別の欄へ追加した。


 小趙が保存先を確かめる。林遠も、書き出した試験記録を開いた。


 入力、処理経路、結果が、途切れず残っていた。


「よし」


 林遠が言うと、小趙はようやく水を飲んだ。


「すみません。少し待ってください」


 空のコップを見て、席を立つ。


 佐藤が笑った。


「こちらも休憩にしましょう」


 エマは送信を終えた資料を示した。


「比較した版と入口の一覧です。私の工場で起きた差異は、別に追います」


「別の結果も、そのまま残してください」


 佐藤が言った。


「そのつもりです」


 接続を切る前に、エマは次の確認事項を一つ加えた。


 今度は林遠だけが、それを書く人ではなかった。


     *


 三号機の前で、中村が取り外した部品を袋へ入れていた。


「交換は終わりました。締結と静止状態の確認も済んでいます」


 佐藤は整備記録を受け取った。


「ありがとうございます。確認運転は、交換前と同じ条件でお願いします」


「計測器の位置も合わせます」


 村瀬が固定位置の写真を開いた。


 機械の交換効果は、同じ条件で測る。


 評価側の修正効果は、同じ記録を使って比べる。


 二つを分けた計画を見て、中村がうなずいた。


「これなら、どちらが変わったか追えますね」


 大野が区画へ入ってきた。


「次の確認は、いつですか」


「明日の保守枠を希望します。計測器は確保できました」


 佐藤が答えると、大野は製造部へ連絡した。


 待っている間、村瀬が計測器を置く場所に印を付けた。中村は、作業台から不要になった工具を下ろしていく。


 大野が端末をしまった。


「明朝、枠が取れました。その結果で、限定工序の試験へ進めるか判断しましょう」


「分かりました」


「夜間の振り替えは今夜も必要です。明日の結果を、次の勤務調整に間に合わせたい」


 佐藤は開始時刻と、結果をまとめる時刻を書き込んだ。


 村瀬が製造部への共有を終える。


「送りました」


 三号機はまだ止まっていた。


 その前に、明日の計測器を載せた台車が入ってきた。


     *


 瀾華では、林遠が試験記録の最後を確認していた。


 実施者、小趙。


 確認者、林遠。


「これで、別の人に試してもらおう」


「説明なしで、ですか」


「読めないところがあれば、そこを直す」


 小趙は参照先をもう一度開き、リンクが切れていないか確かめた。


 林遠の端末に、陳凱から連絡が入った。


 会議室へ来てほしいという。


 机の上には二枚の書類があった。


 一枚は、東都向け追加支援の作業案。


 もう一枚には、林遠個人の名前が印刷されている。


「東都は、引き続きお前に担当してほしいそうだ」


「退職の予定は変わりますか」


 陳凱は首を横に振った。


「今のところは変わらない」


 林遠は二枚目を手に取った。


『業務委託契約条件案』


「退職後、案件単位で契約する案だ。人事と契約部門から、選択肢として出てきた」


 作業範囲と期間。


 報酬の欄には、提示額がある。


 林遠は計算しかけて、先に次のページをめくった。


『必要に応じ、技術照会に対応すること』


「これは、何時までですか」


「そこは、これから詰める」


「休日も含みますか」


 陳凱は文面を見た。


「まだ決めていない。希望があれば、出してくれ」


 林遠は手帳を開いた。


 来週の土曜日。葉寧の勉強会。


 自分で空けると約束した日だった。


「持ち帰って、家でも相談します」


「ああ。今日は返事を求めていない」


 林遠は書類をそろえた。


 席へ戻ると、小趙が聞いた。


「仕事の話ですか」


「ああ。条件を考えないといけない」


 林遠は返信欄を開いた。


 以前なら、対応できますと先に書いていた。


 今日は、その前に確認した。


『通常の対応時間と、時間外の依頼を断れる条件を明記していただけますか。』


 読み返して送る。


 今度は、消さなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。