23歳3_Invisible scars
「続き聞かせてよ」
「まだまだ、だいぶあるよ」
「どうせ暇だしね。最後まで聞かないとすっきりしないし」
聞いてて退屈じゃないのかな。まあいいか。カフェのドリンクで口を湿らせ、話を再開する。
そのちょっとあとで亜嵐さんに呼び出された。
木蓮さんと瑞香さんもいて、瑞香さんとは初対面と思ったけどそれは別の話かな。
……ちょっと気になる。
あとで睡蓮さんの話の中で出てくるから、待ってね。
亜嵐さんに三人の中学生を預かれ、木蓮さんと瑞香さんは事情があって無理、私しかいないって言われた。
最初は凌乃がいなかったからね。他の三人だけ。アイドルの卵なんて言われてもさっぱりだった。
私にメリットないじゃない? 三人が大変だったり事情があったりで同情はしたけどさ、そんな知りもしない子預かれって急に言われて面食らったんだ。
亜嵐さんには棋士の肩書のことを持ち出されて、断るならお互いの業界で不審の種になることを承知で自爆するぞって脅された。
改めて考えると、確かによくない話題になったかもしれないけれど、大した影響にはならなかったと思う。
それでも、将棋界には恩があったし、悪目立ちしたくないって気持ちと、睡蓮さんのライブの直後だったこともあって冷静な判断ができなかった。
その上で、睡蓮さんに泣かされたことを不意に思いだしてね。
どんな子たちかわからないけど、同じジャンルでやり返すならこの子たちを育ててぶつけよう。
泣かされた分やり返してやろうって気持ちになった。
バラされれば睡蓮さんにも迷惑がかかりかねない。そうなれば最悪、私と睡蓮さんの縁が切れて勝ち逃げされるようなものだから。
……それで引き取ることになったんだ。
そう。
それで、年始頃から引っ越しや準備で忙しくなってね。三月からだったかな、采女、結葉って順に引き取って最後に糸遊が来た。
結葉はその時、かなり体型気にしてたんだよね。それでダイエット失敗して、私が体力作りさせはじめた頃と重なって倒れちゃった。
その辺の話は結葉に聞いて欲しいかな。仲いいでしょ。
……まあ、比較的。
それから采女と糸遊が学校で喧嘩して呼び出されて。てんやわんやあって、なぜか私の将棋の調子も上がった。
三人に対してってより、私を含めた四人に対しての監視体制強化だったと思う。瑞香さんが相談相手になってくれたからかな。家の中のことを瑞香さんが引き受けてくれたのもあると思う。
睡蓮さんとはたまにメッセージのやりとりしていたんだけれど、いつもわけのわからない装飾ばかりで呆れたっけなぁ。
その直後の睡蓮さんのライブは、タイトル戦の時期と重なってバックダンサーのお仕事は行けなかった。
その次のライブはバックダンサーとしてではなく、劇中の敵役にしてもらった。
二日で一回ずつやって、手応えを感じたんだけれど、二日目の感覚は今でも曖昧なまま。
ただ、ステージ上で睡蓮さんが怯えた顔だったのは目に焼き付いてる。演技だと思ったんだけど、その時の剣戟の先生から「殺気だ」って言われた。
……知ってる。
見てたんだ。
……映像で見た。
そっか。
凌乃が来たのがその直後。すっごい美人だと思った。睡蓮さんクラスだって。
何も言わないんだ。容姿は認めてるんだね。
……続けてよ。
ストーカー被害でトラウマがあったんだって。でも、糸遊が解決してくれた。糸遊も同じようなトラウマを昔抱えていたんだって。その時の解決方法が根性論みたいなものだったんだけれど、凌乃にも真似させたら予想外にあっさり解決。拍子抜けしたよ。
ストーカーの方は地元で捕まったとかでね。その頃から糸遊の凄さをみんなが知り始めた。
糸遊の手みたことある? 手の平の方ね。
……あるわけないよ。
今度触らせてもらってみてよ、凄いから。努力家の証明って感じ。
あとはライブの打ち上げに行って、初めて面白おかしく木蓮さんと話して、睡蓮さんとは距離感を必要以上に意識するようになっちゃった。
それでバックダンサーはやめさせてもらった。
その時の経験は四人に全部伝えたつもり。まあ、教わった技術を完璧に伝えられるような技量はなかったけれどね。
あとはそうだなぁ、睡蓮さんとだけど、夏頃まで頻繁に連絡取ってたんだよね。
……あれか。
知ってるか。スマホ海の藻屑事件。バックアップ取ってなかったんだってね。
それからちょっとの間音信不通になって、何でだろうなって思って周りの人に聞いても知らないって言うし。
その時、睡蓮が数か月ライブやってないって時期だったから心配になって、木蓮さんとBARで落ち合ったら桜蓮さんとも会った。
で、バックダンサー時代の伝手でレッスン場に誘導されて、睡蓮さんと再開した。嫌われたんじゃなかったんだって安心した。
連絡取れなかったのは木蓮さんのドッキリだった。いつか何かで仕返ししてやるつもり。
時系列で言うと。年末に瑞香さんに誕生日プレゼントして、大晦日に睡蓮さんとデートした。デート。
……なんで強調するの?
嫉妬するかなって。わかったわかった。
浮草さんのバイト先みたいなお店で私の話したんだ。
私が将棋でプロデビューしてからのあれこれ。その中で私が元気になった原因の、直接じゃないけど巡り巡って意識させてくれたアイドルがいてね。
それが瑞香さんだって睡蓮さんに教えてもらった。その時点では確定ではなかったけれど、睡蓮さんは他にいないだろうって。
年末は瑞香さんも泊まりに来ててね。
この人がそうだったんだーって思った。
……言わなかったんだ。あの時の人だよねって。
うん、言えなかった。
いつもご飯の準備を瑞香さんがしてくれてたんだ。
その時は何か自分でやりたくなっちゃって。お蕎麦茹でるの代わるねーって言って、キッチンから瑞香さんを見て嬉しくなっちゃった。ああ、この人が私にきっかけをくれた人なんだって。
お蕎麦の準備をしている時、采女が糸遊に身長抜かされたって言ってたなぁ。で、私に一番目線が近いのは采女だよって言ってくれた。
大晦日は偶然夜中に起きてね、日本酒で晩酌していたら瑞香さんも起きてきた。
二人で話して、そのアイドル瑞香さんだよねって話してようやく確定。
それであの時に救われたんだよ、ありがとうって言って、瑞香さんに泣かせてもらった。
そしたら瑞香さんも泣いていて、救われてくれてありがとうって言われた。
大人の人が泣いていて、それを抱きしめてあげるなんて、今考えても人生でそうそうないと思う。
ただ、その様子を糸遊以外の三人が覗いてて、ムカついて正座させた。
一月に入って将棋の引退宣言をして、糸遊にはだいぶゴネられた。
それでも私の方が強いから安心してって言って説得した。プロじゃなくなっても弱くなるわけじゃない。
説得力を持たせるために本気で気合を入れて糸遊に宣言した。
残り全部勝つって。私の経歴なめんじゃないよって、脅すつもりで言ったら皆固まってたな。
どうかした?
……いや。ちょっと。その時の連理さん、多分全員ビビらせてると思う。
そうなの?
んー、まあ区切り悪いから続けるけど、結果的に残りの将棋は全部勝った。
これまでの賞金の一部を突っ込んでた投資先で、まあ三桁以上の倍率で膨れ上がっててね。
で、将棋界への恩返しって報道もあったんだけど、知らないか。
四月中は今の仕事も暇だし、大学は卒業したし将棋は辞めたし、虚無感との戦い。ひりつきって言うのかな。真剣になれるものがずっとほしくなってた。
で浮草さんが来て、ちょっとやる気出たかな。
……睡蓮さんは?
その頃はあんまり連絡取ってなかったんだよね。六月の睡蓮さんのライブに行ったの知ってるよね。あの時に握手会まで行ったら。
勝手に親友気取りしてたんだって気づいた。ビジネスの場でもあるのに特別扱いされるんだっていい気になっていたんだ。自腹チケットだったのに。
後は浮草さんご存知の通り。
その日に自分の甘えをやっと理解して、Wildflowersとの生活の距離感を持たなきゃって思って、今の生活になった。
最後に睡蓮さんに会ったのは、この間お店に押しかけた時だね。
……そして今日にいたると。
そういうこと。
いやー喋った。そろそろ受付に行っていい時間だ。
「ありがと。面白かった」
「睡蓮さんとの話もしたけど、結局私とWildflowersとの関係メインになっちゃったかな」
「んー、省いたらわかんなくなったと思う。いいんじゃない」
「それならよかった」
満足してもらえたようだ。
会場の中に入るとスマホが鳴った。睡蓮からだ。
『今会える?』
「急だね。浮草さんもいるけど一人がいい?」
『んーん。来てもらっていいよ。地図送るね』
通話を終えて浮草さんを促した。
「睡蓮さんに呼ばれた。浮草さんも行こう」
広くてわかりづらい。地図を見ながら歩いていると、浮草が先導してくれた。
関係者用入口の近く。一目睡蓮を見れたらというお客さんもいるのだろう、ごった返していた。
浮草に手を引かれて外に出る。おかげですぐに辿りついた。
「到着しました!」
睡蓮の姿を見つけた浮草が敬礼する。
睡蓮がクスクス笑って敬礼を返した。
「意外だった。糸遊ちゃんと来ると思ってたよ」
「Wildflowersもライブを控えているからね。こっちは浮草さんがチケット欲しがっていたし」
金井さんのことを話すと、おめでたいよねと睡蓮も嬉しそうに言った。
「ここにいる三人の誰かが、金井さんの歳で同じことになったら大変なニュースになるよね」
「私も? 報道にすらならないと思うけど」
それともあれか。私が男と一番縁遠いって言いたいのか。
目の前の現役アイドル二人なら、熱愛発覚なんて言われると大騒動間違いなしだ。
浮草が気を遣って睡蓮に問いかけた。
「で、どんなお呼び出しで? 話があるなら離れて待ってるけど」
「浮草ちゃんも聞いてていいよ。連理ちゃんに言うタイミングは今しかないなと思って」
睡蓮が綺麗な顔でじっと見つめてくる。光の関係でいつもより白く見える。
「連理ちゃんはアイドルやらないの?」
え……。
「こう言い方よくないけどさ、今の年齢なら間に合うと思う。やるなら今しかないよ」
憧れた世界ではあった。ファンとして見ていて、物足りなさを感じていた。
さっき浮草にいっぱい話したばかりだ。ただ、私がアイドルになる素養があるとは思えない。
「もしここに来なかったら、ライブの合間で五万人相手に言うつもりだった」
「名指しで?」
「名指しで」
「大荒れになるよ」
「私だよ? それくらいでどうもなんないよ」
そうなのかもしれない。言動は少しはっちゃけてるところがあるし、運営スタッフをいつもハラハラさせている。
それが睡蓮の魅力だ。
「これも亜嵐さんの仕込みか何か?」
「ううん。ただの私の本音。だって、私に勝つんでしょ」
「それはWildflowersが……」
「こういうこと言いたくないけど、あの子たちじゃ無理だと思う。ここに来れるかどうかが限界じゃないかな」
こことは五万人を動員する会場のことだ。それはそれで買っているということだろう。ただ、それでも睡蓮には届かない。
「浮草ちゃんはどう思う?」
「完全同意。四人でいるうちは絶対に」
「四人でいることの、何がいけないの?」
二人に尋ねた。睡蓮は表情もなく目を見てくる。まるで気づいてる癖にと言いたげに。
「あの子たちの目標が連理ちゃんだからだよ。連理ちゃんを喜ばせたい、褒めてもらいたいって」
薄々感じていたことだった。私が四人を、いやそもそも三人を引き取った時点で、徹底的に利用する方針を示さなかった。
「だから、亜嵐さんは凌乃ちゃんをソロでやらせようとした。私もあの子ならって思ったから、ユニット入りはちょっとがっかりしたな」
多分亜嵐さんは、凌乃なら可能性があると踏んでいたのだろう。凌乃ならソロで睡蓮と同じくらい輝けると。
しかし、凌乃は枠に収まってしまった。ポテンシャルはあったが、他の三人と一緒では睡蓮には届かない。個が輝かない。
浮草は反対のようだった。睡蓮の意見に反論する。
「私は糸遊ちゃんの方が可能性あると思うね。今からでも他のことをやめさせて、全部一人でやらせる」
「それは駄目」
糸遊には将棋がある。やめさせたくない。
「それって連理さんのわがままでしょ」
「私はそれには反対かな」
睡蓮が浮草を遮った。
「糸遊ちゃんが凄いことは知ってるよ。でも、欲がない」
それは私も思う。支える相手がいてこそ、アイドルとしての糸遊は輝く。
恐らく、誰かが劇的な変化を与えなければ考えは変わらないだろう。そんな影響を与えられる人が周囲にいるとは思えなかった。
「他の子のことはいいよ。ユニットとして届かない以上、そんな仮定なんて意味がないから」
「つまりは連理さん次第?」
「連理ちゃんの意思次第だよ」
これは問われているのか、追いつめられているのか。
「だって連理ちゃん、初めて舞台で泣いた時言ってたよ。『なんでこんなところに』って」
口に出てたのかな。覚えてない。金井さんに胸を借りて泣いた記憶の方が強い。
「それって多分、何で人の力でってことじゃない?」
「そんな傲慢な考えじゃないと思うけど」
「本音ならそうだと思うよ。傲慢でもなんでもいい」
睡蓮は私を買ってくれている。浮草も近い考えのようだ。それでも、今ここでやりますと言えるような話ではなかった。
時計を示して浮草が促す。
「睡蓮さん時間大丈夫?」
「ありがとう。もう行くね。浮草ちゃんも同じ意見だよね」
「はい」
「じゃ、説得してみてよ」
「責任は持てません」
「いいよ」
睡蓮は、私と浮草の肩をぽんと叩いて行ってしまった。
私がアイドルに? 羨ましく思ったことはある。できるかどうか、やってみたいかどうか。考えがまとまらない。
「とりあえず席に行こうよ、連理さん」
「うん」
動けなかった。またしても浮草に引っ張られる。
憧れるくらいは誰にでもある話だ。
体力も運動能力も自信がある。現役の浮草にも負けないと思う。
歌やダンス、人を惹き付ける力。
そんなものが私にあるのだろうか?
せっかくの睡蓮のライブなのに、最初は睡蓮の言葉で集中できなかった。
睡蓮にもらったチケット、誕生日プレゼント。もったいないことをした気持ちになる。こういう切り替えが私はへたくそだった。
このまま楽しめないまま終わってしまうのかな。そう悩んでいても、ライブには引きつけられるものがあった。
睡蓮に気持ちを弄ばれた気分だ。私を悩ませても、睡蓮自身の力で私の気持ちを昂らせることができる。
だからライブ前にあんなことを言ったんだ。凄い人だ。どれだけ自信過剰なんだ。
ライブが終わる頃に、私は笑っていた。楽しいライブだった。
浮草は泣いている。感極まって涙を隠せていない。
帰りに握手会の列を遠くに見つけた。
みんな感動の声を上げている。気持ちを制御できていない。
帰りは私が手を引く形になった。浮草が落ちつくまで時間がかかった。
「代わりに私がやってやろうかって、言おうと思ってたんだけど」
急に浮草が立ち止まる。
「今の差だよ。私は睡蓮さんへの憧れを捨てられない。今も全部持っていかれた。連理さんはまだ残ってる」
「残ってる?」
「気持ちかな。何がって言えないよ。私が持ってないものを連理さんは持ってる」
「一旦帰ってからにしない? 浮草さんは、今冷静じゃないよ」
「今しか言わない。今はあんたしかいないから!」
「私が憧れを捨てても、凌乃が一人になっても、糸遊が他の全てを捨てても、あんたより見込みのある奴なんていない」
「私に言ったでしょ。育てた子を舐めるなって。あれはあんたの自信だ。あの子たちを使って自信を見せたんだ」
「ずっと思ってた。本気出せば、あんたの教え子は誰もあんたについていけないだろって」
「今からでもやってみなよ。もったいないよ。誰かが見せてくれないと、私たちは誰も睡蓮さんに勝てないよ」
「最悪な言い方する。捨て駒になってよ。誰かが勝てるように、一番可能性のあるあんたが捨て駒になって。そうしたら、誰かが続くよ」
言いたいことは言い終わったようだ。肩で息をしている。よくわかった。
酷いことを言ってくれた。捨て駒になれか。
「もう一つあった」
「なに?」
「あんたが表に出て成功すれば、睡蓮さんの終わりは遠くなる。睡蓮さんはやめられなくなる。私たちの時間が稼げる」
「捨て駒になって、時間稼ぎをしろって?」
「そういうこと」
「その頃には、私はボロボロになっているでしょうね」
「今更じゃん」
私の手を指さし、浮草が笑って言う。
確かにそうだ。こんな傷だらけな手足の女が、今更何を恐れることがあるというのだ。
「私が睡蓮に勝ったら?」
「その時はみんながあんたに勝とうとする。時間切れなら勝ち逃げでいいんじゃない?」
「それは、面白いね」
なるほどなるほど。一回勝っちゃえば年齢を理由に逃げ切れる。誰よりも後方からスタートするのだから、それくらいは許してもらいたい。
まるでトーナメント戦みたいじゃないか。一発勝負を繰り返して、一度勝てば勝ち逃げで終わり。自分の都合で何度でも挑める。
ずっと私が的を絞って戦った方法に似ていた。
それなら得意分野だ。面白そうだと思ってしまう。
「わかった。ちゃんと考えてみるよ。ちゃんと手順は踏ませてもらうけれど」
「時間がないんだよ」
「計画がいるし、生活もある。大丈夫だよ、ちゃんと考えるから」
ゆっくりと、ゆったりと、正確に、丁寧に、確実に。道場主の言葉に自分なりの考えを付け加える。
焦って成功することではない。睡蓮に誰かが勝てるようになるような、長いプランを練る必要がある。
私はそのための最初の捨て駒になるんだ。生半可な覚悟では務まらない。然るべき人に相談し、残せるものがなければならない。
浮草を後ろに乗せバイクを走らせる。
最初に相談する相手は決まっていた。




