↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
139/168

23歳85_Invisible scars

 研究会に出向くと、いつも通り代表と橋見さんが話しているところに常務さんも混ざっていた。

 私と糸遊は早めに入ることが多いので、先に常務さんがいるのは珍しい。

 挨拶を交わすと、常務さんから端の席を示された。トランプを手にしている。

「色々と実験してもらったみたいで悪いね。代表から少しだけ、他の子がいる事情を聞かせてもらったよ」

「それで早く来てたんですか」

「ああ。この間引っかかる言い方をしていたから気になってね。これ、経理さんと糸遊さん以外の文字もあるしさ」

 采女と凌乃を交えてルールを書き足す際、それぞれの筆跡になるので複数人で検証しているのが丸わかりだった。

 代表と橋見さんには、研究会のメンバーに伝えてもらって構わないと宣言している。まさか、最初に常務さんが興味を持つとは思わなかったけれど、今更隠す気もなかった。

「はい、今は糸遊を含めて四人の高校生が一緒にいます。性格も考え方もバラバラなので、このゲームの監修には打ってつけでしたよ」

「それはいいね。色んな見方をしてもらった方がルール作りも深まるから」

「それで、今日は将棋は後回しでいいんですか?」

「ほら、気になって仕方ないからさ。経理さんか糸遊さん、一回相手してもらえないかな」

 糸遊と顔を見合わせる。糸遊が手を上げたので譲り、凌乃からの言伝を常務さんに伝えた。

「ゲーム名か。オープンを入れるんだね。うん、考えてみる」

 常務さんは既に手札を配る方に意識が向いているようで、あまり真剣味のない返事だった。

 改めて代表と橋見さんの方に向き合い、最近の将棋界隈の情報を教えてもらった。

「連理は振り飛車がどうとか言ってたな」

「はい。オンラインと糸遊相手の練習で、最近振り飛車ばかり指しています」

「それもいいけどよ、元の棋風も忘れるなよ。正直、お前さんが急戦以外で勝てるイメージがつかねぇ」

「そう言うんなら今から一局どうですか? 私も久々に練習以上の対局をしてみたかったところなので」

「フィッシャーの方はどうなんだ? 俺も今はじっくりやる暇はねーからよ、そっちでなら相手してやってもいいぞ」

「望むところです」

 既に何度かドラフトイベントの対局は進んでいた。代表の率いるチームは予選リーグで負け越しており、次が勝ち進めるかどうかの正念場という状況にあった。

 フィッシャールールの時間感覚は、常にチェスで磨いてきていた。これをどう将棋に落とし込めるか、オンラインの練習では体感できない期待に胸が高まる。


 顔と体格の割にバランスを重視する代表の棋風に対し、私も久々に本来の棋風で将棋盤に集中できた。

 チェスの時のように感覚で進められないところを、将棋ではある程度簡略化して進められる分、思った以上にフィッシャールールが手に馴染んでいた。

 それでも相手は現役のタイトルホルダー、棋殿位の代表だ。簡単に勝たせてくれるわけもなく、案の定時間ギリギリの代表に対し、私が時間を残す展開になった。

 終盤戦になると、相手の考慮時間を利用して候補手を模索するフェーズに入る。時間で勝っているからと言って、相手に考える時間を与えるような真似はできない。

 相手の予想を外せそうな局面に誘導できれば、その時に時間を使いたくなる。そのために時間を残すのが作戦だった。

 ただ、今回は時間意識に関係なく負けだった。中盤以降、代表の土俵で戦い続けてしまったのが敗因だ。しばらく振り飛車ばかり指していた弊害が出たのだと思う。

「ありません」

「ありがとうございました」

 手をテーブルにかざして頭を下げた。代表も堂々と頭を下げる。

「フィッシャーも行けるじゃねーか」

「そっちはずっとチェスで練習してたんですよ」

「チェスだぁ? お前さん、今度はそっちでプロになろうとか考えてねーだろうな」

「まだまだ駆け出しですよ。フィッシャールールで将棋を練習できる相手って、オンラインじゃなかなかいないでしょう? 糸遊に無理につき合わせるわけにもいかないので、時間感覚を養うために本家フィッシャールールのチェスで勉強していました」

「はー、あれこれよくやるもんだ」

 気になった局面に手を戻しながら、どういう練習をしているのか橋見さんからも尋ねられる。

「パソコン二台使って、片方でオンライン将棋の振り飛車を。もう片方でフィッシャールールのチェスって感じだよ」

「二台も使う必要あるの?」

「だって、同時並行で進めるには二台ないときついじゃない?」

「同時並行……?」

 橋見さんの表情が険しくなる。代表も今の対局の内容より、パソコン二台の方に興味を示していた。

「よく頭がおかしくならないね。違うゲームを同時にやるなんて」

「以前チェスを覚えたての時に将棋に戻ったら、将棋の中でチェスの駒の動きが浮かんで混乱したんだよ。だから、同時にやれるようになれば頭も並行処理で対応できるんじゃないかって思って」

 目の前に代表がいるというのに、橋見さんに向き合って話す時は自然と敬語が取れてしまう。代表はその辺り寛容なので、最近は気にしていなかった。

 代表自身、すぐにべらんめえ口調になるからかな。軽く手を叩いて提案してくれる。

「じゃあ、なんだ。モニターだけ追加して、一台のパソコンで両方の画面を並べてマウス一個で操作すりゃいい話だな」

「そんなこと考えもしませんでした。ノートパソコンなので、場所を選ばずにできる利点を優先してたもので」

「持ち運べるモニターもあるからよ、あとで専務や主任に聞いてみな」

 あの二人ならAIの研究も取り入れているとかで、パソコン周りにも詳しいだろう。いい相談相手になりそうだ。

「チェスと将棋を同時? あれ?」

 橋見さんはまだ考えこんでいた。


 ダイスと否定の意味をかけてディス、オープンするかしないかという選択肢が重要になるゲームとしてディスオープン。常務さんが、糸遊と考えて決めたゲーム名を教えてもらった。

「アルファベットで書くならDisopenってところかな。語感も悪くないと思う」

「糸遊もこれでいいと思います」

「ありがとう。それにしても、糸遊さんはこのゲーム上手だね」

「みんなといっぱい練習してますから」

 糸遊と常務さんのトランプゲーム、ディスオープンは二回やって糸遊の二連勝で終えた。

 癖のあるゲーム進行をする采女や凌乃を相手に、結構な経験を積んできた糸遊だ。ルールに精通しきれていない常務さんでは、対応が追い付かなかったようだ。

 研究会に参加するようになり、糸遊は自然と目上の人への敬語を使いこなせるようになっていた。元々ちゃんとしようと思えばできる子ではあったが、常に緊張気味だったのが最近ほぐれて自然な感じになっている。

 こういう環境を変えたコミュニケーションも、糸遊の成長には必要だったということだろう。将棋道場では歳の近い子と仲よくしてしまうので、目上の人との会話は最低限になりがちだった。

 お昼を過ぎて、専務さんと主任さん、そして若さんも合流する。それぞれのテーマに沿った、直近の対戦相手の対策を考える時間になった。

 とはいっても、将棋界にとって八月というのは夏休みイベントでファンとの交流を深める時期なので、イベントごとに呼ばれていない限りはのんびりとしたものだ。今日遅れてきた三人も、今度参加するイベントの打ち合わせと勉強に出向いていたとかで、特別重要な対局が控えているわけではない。

「あ、そうだ。今月末旅行に行くんですが、研究会の予定はありますか?」

「旅行? どこに行くんだ?」

「アイルランドまで一週間ほど」

「どこだそりゃ?」

 代表が橋見さんに顔を向けるが、橋見さんは首を傾げるだけ。知らない仲間がいることを確認し、代表は改めてこちらを見る。

「イギリスの隣の島国ですね。その期間に研究会があるのなら、私は欠席させてもらいたいのと、糸遊だけ参加させてもらえればと」

「なんだ、糸遊は連れていかねーのか。今のところは予定ないよな?」

「ええ。みんな暇な時期でもあるので、八月の最終週付近なら集まれる人だけで集まる感じでいいでしょうし」

「糸遊は知人の家に泊まる予定なので、もしここが開かれるのなら足の確保だけ気になっていたんですよね」

「その時は誰かに迎えに行かせるか。橋見姉と専務は車で来てるしよ」

「お願いしてもいい?」

 橋見さんに確認すると、あっさりと頷いてくれた。

「しかし、なんでまたアイルランドなんてところに行くんだ?」

「そこが起源になっているダンスの公演があるんですよ。私たちが教わっているダンススクールのコーチが、事務所関係の数人と一緒にどうかって誘ってくれまして」

「ほぉ。まあ気をつけて行ってくるこったな」

「はい」

 練習対局をしていた専務さんと若さんにも聞こえていたらしく、二人の感想戦を覗きみると逆に声をかけられた。

「連理先生がダンスに興味をお持ちだったとは」

「これでも少しは運動しているんですよ」

「あの食べっぷりだと、少しどころではなさそうですけどね」

 専務さんのちょっとした皮肉に、若さんが表情を崩した。思わぬ冗談で将棋の真剣味が薄れてしまったらしい。

 その若さんから質問される。

「それってどういう踊りなんですか?」

「うーん、簡単には言えないんだけど、タップダンスみたいな靴音を鳴らすものとか、バレエみたいな動きをする感じ」

「参考動画とかありません?」

「えーと、この間撮ったのはあるんだけど。ちょっと恥ずかしいな」

 本家の動画をネットで探せばよかったのに、手軽にスマホで再生できる私たちの動画を見せてしまった。

 アイリッシュダンスに近いのは、私と燈火さんで踊ったパターンだけだ。睡蓮と采女が燈火さんと踊ったのは、明確なタップダンスの部類になる。比較対象にちょうどよかったので、撮影の順番通りに采女、私、睡蓮が踊っているものを見せる。

「え、髪いじってます?」

「エクステでいじられただけだよ」

「可愛い」

 予想外の若さんの呟きに驚きつつ、専務さんと三人で一通り動画を見た。音は最小限にしていたけれど、それでもタップのリズム感は伝わったことだろう。

「この、通して出ていらっしゃるのがコーチの方ですか?」

「はい。燈火さんと言って、コーチングの補助をしてくれている人です。スクールには本職のコーチの方もいて、燈火さんはセミプロという立場だそうです」

「こういう踊りはあまり見たことがないけど、凄いですね。楽しそうだ」

 意外なことに、専務さんが食いついてきた。若さんも動画に夢中になっている。

「最後の二人、凄く綺麗ですね」

「うん。私の知る中で、トップスリーに入る美女二人だね」

 若さんの呟きに、思わず自慢気に言ってしまう。

 動画鑑賞が終わり、ふと周囲を見回した。それぞれ将棋盤を挟んであれこれやっていたので、今回のことは三人だけの話で収束しそうだ。そう思ったのに、若さんからお願いをされる。

「その動画、私にもくれません?」

「別にいいけれど、本家の動画検索した方が凄いの見れるよ」

「いいんです。それをもっと見たいので」

 思いもよらぬ若さんの熱意に負け、スマホを操作して動画を共有した。操作を間違えて、いつもの研究会のメッセージグループに貼り付けてしまう。

「お、なんだ?」

「連理さんから?」

 専務さんが苦笑しながら自分のスマホを見せてくれた。共有データとして動画が再生されている。やらかした。

「ミスなんです! すぐ消しますから!」

 慌てて送信取り消しを押すも、既に再生されていて上手く削除できない。糸遊を含めて私以外の七人が、動画のダンスを面白そうに眺める異様な研究会模様になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。