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23歳64_Invisible scars

 改めて睡蓮の部屋を観察した。浮草は既に部屋から出て行っている。

 化粧台からベッドの類まで基本的に白一色の世界。もしかして部屋が片付いていなかったりして、なんて考えていたけれど綺麗にしていてがっかりした。

「整理整頓は自分でしてるの?」

「あー? 疑ったなぁ? これでも結構綺麗好きなんだからね」

 窓枠を指で撫でてみる。埃もない。綺麗な部屋だ。

 うーん。どこかに欠点はないのか? 実はクローゼットの中に雑誌類が押し込まれていたり、ベッドの下にいかがわしい本があったり、箪笥の中はぐちゃぐちゃだったり。

「ちょいちょい、連理ちゃんプライバシーって知ってる?」

「私にはないものなんだよ」

 私のプライバシーは常に侵害されている。今更睡蓮に遠慮する気はなかった。

 全部チェックした。全部のドアと引き出しを開けた。ほう、下着は白一色じゃないんだな。そこで睡蓮から羽交い絞めにされた。

「はぁはぁ、連理ちゃんでもそれは許せない」

「あんまり完璧だと嫌われるよ?」

「誰も見ないんだから嫌われる要素にならないでしょ!」

 なーんだ、面白くないなぁ。

「実は桜蓮が全部やってくれてたとか、木蓮さんがお掃除してくれてるとか期待してたのになぁ」

「それなら、面白いもの見せてあげようか?」

「なになに?」

 睡蓮に続いてこそこそと廊下に出た。階段から下のフロアを確認、料理をしているらしい音が聞こえる。

 桜蓮の部屋は閉まっていた。浮草もいるらしく話し声がかすかに聞こえる。

「よし、こっち」

 廊下の角を進んでもう一つの部屋、『木』の文字が書いてある木製の室名札があった。なるほど、木蓮さんの部屋か。

 睡蓮がヘアピンを取りだし、鍵穴に差しいれてガチャガチャやりはじめた。集中しているようだ。ちょっとだけ距離を置き、こっそりその様子をスマホで撮影する。シャッター音が鳴ったが、睡蓮は気づいていなかった。

 よし、これでもしバレても睡蓮のせいにできる。遠慮なく木蓮さんの部屋を漁れるというものだ。

 元の廊下を確認する。木蓮さんが上がってくる様子はない。

「連理ちゃんやってみて、開かないみたい」

「仕方ないなぁ」

 ガチャガチャやってみる。どう開けるんだこれ? しばらく触ってみるが、どうにも開く気配はない。

「これどっちに回すの?」

「右だよ」

「ありがとう」

 右かぁ。うーん、これ回るのかな? それにしても今の声、睡蓮にしては少し低かったような?

「ほら、右だよ? 鍵使う?」

「あーいや、その、これはちょっと、ハメられましてね」

 睡蓮が離れて腹をよじって笑っている。木蓮さんが笑顔で鍵を差し出してきた。

「まあ、開けてもらってもいいけどさ。連理ちゃん、生きて帰れると思わないでね」

「睡蓮!」

「だって、私が鍵開けようとしてる時に写真撮るんだもん。そんなのすぐバレるに決まってんじゃん」

 何事かと桜蓮と浮草も部屋から出てきた。桜蓮は呆れた顔で睡蓮を見る。浮草が木蓮さんから鍵を受け取り、無理矢理私に鍵を握らせた。

「はーい、右に回して」

 木蓮さんの掛け声で鍵を回す。ガチャリと閉まる音が聞こえた。

「この通り。最初から鍵なんてかかってないんだよね。見られて困ることなんてないし」

「木蓮さん、見てもらいたいものがありまして」

「ほうほう、一応確認してあげよう」

 さきほどの睡蓮の鍵穴にヘアピンを突っ込んでいる写真を見せた。

「うん。説得力ゼロ。睡蓮は鍵かかってないこと知ってるから、何の意味もないね」

「ネットに拡散してやる」

 人気アイドル睡蓮が、人の部屋を自前のヘアピンで開けようと必死になる姿だ。

「元はといえば、連理ちゃんが勝手に人のこと疑って粗探しするからでしょ?」

「だって、睡蓮の弱点を知りたかったんだもの」

「はいはい、終わり終わり。ご飯できたんでしょ」

 桜蓮が割って入ってくれた。ありがとう桜蓮。その軽蔑の眼差しは演技だよね?

 浮草と睡蓮はずっとニヤニヤしながらこちらを見ている。

 木蓮さんは最後に部屋の鍵を開け、ドアも大っぴらに広げて見せてくれた。

「きったな」

「えー? 雑誌置いてるだけじゃん」

 ちゃんと汚かった。これで困ることがないなんてよく言えたものだ。

 服も散らかっている。さすがにぱっと見で下着らしきものはなかったけれど、よくある置きっぱなし状態がそのまま土砂崩れを起こしたような有様だった。

「よくもまあ、自信満々に困らないなんて言えたね。木蓮さん長女でしょ?」

「部屋なんて眠れたら何でもいいの。ほら、ご飯できてるから下行くよ」

 既に睡蓮と浮草はいなくなっている。木蓮さんと二人にするなんて、何て危険なことをしてくれるんだ。

 しかし、予想通り木蓮さんのワンピースとエプロンの姿は若妻感があってよかった。ただ、こんな部屋の汚い若妻はどんな旦那さんも嫌だろうなぁ。


 木蓮さん特製のチキンライスとサラダは確かに美味しかった。

 何故か私のチキンライスにだけ小さい旗が立っていた。誰の仕業だろう?

 そして紅茶が出てくる。同時にプリンも。木蓮さんが感想を漏らした。

「おー、浮草ちゃんのバイト先のだね。ここの美味しいよね」

「そうなんですよぉ。店長にお願いして何とかお願いして用意してもらったんですぅ」

「お金出したの私なんだけどね」

「連理さんはすぐお金お金。恥ずかしくないの?」

「人の手柄で恩を着せようとする方が恥ずかしくない?」

「全然!」

 なるほど、そういうことを言うのね。今度スポーツチャンバラでしばき回してやろう。

 そして桜蓮が笑いをこらえきれなくなっていた。桜蓮も笑いのツボが浅いタイプ? そんなんじゃ、あの純喫茶には行けないよ。

「あー、プリン美味しい。これ、お父さんたちの分も食べちゃっていいよね」

 睡蓮が木蓮さんにおねだりの視線を向けた。

「えー、それなら私ももう一個食べたい」

 木蓮さんは気にする様子もなく冷蔵庫に向かう。

「私もー」

 浮草はバイト先で食べられるだろうに、欲張っている。まかないとして食べられないのかな?

「私は昨日食べたし誰か食べていいよ。まだ手つけてないから」

 一番通っていて、いつでも食べられるのは私だ。チキンライスの旗のせいで少しげんなりして食欲は減退気味だった。

「私もこれだけでいいから、三人で食べていいよ」

 桜蓮が一番大人の対応だった。目を合わせて頷きかけようとするも、さっきの軽蔑の眼差しがまだ残っている気がして非常に気まずい。

 桜蓮は肩を回している。誰かをぶん殴る気というわけではなさそうで、どうも凝りでもあるのか首も左右に傾けていた。

「肩凝り?」

「ていうか、ちょっと寝違えちゃった」

「そんなに回したらだめだよ。悪化するから」

「連理さん詳しいの?」

 他の三人は二個目のプリンに夢中になっている。卑しい三人め。

「これでも医学部出てるんだよ。保健学科出身だからね」

 人体構造は自分を実験台に色々と確認したものだ。どう動かせばどういう働きに繋がるかとか、ダンスを感覚でやる前に理論で調べるような感じで。

「どうすれば治るのこれ? 朝からちょっと気持ち悪いんだよね」

「動かしたらだめだよ。首とか肩周りの寝違えは、脇の神経が大体の原因だから」

 マッサージの免許とかはないけれど、構造がわかる部分だから大丈夫なはずだ。自分に確認を取って桜蓮の後ろに回る。

「くすぐったいだろうけれど、ちょっと我慢してね。痛いのはこの辺?」

「んーもうちょい右、この辺」

 左手で押さえている場所に触れる。確かに硬くなっているようだ。

「じゃあ、ゆっくり腕をあげてね。はい、ストップ。脇の下触るからね。この辺突っ張ってるのわかる?」

「うん」

「ここに脇の神経あるから、この辺の筋肉緩めるといいよ。少しさするから痛かったら言ってね。首は真っすぐで、息はゆっくり深呼吸し続けてね」

 丁寧に緩く掴むようにほぐしてあげる。やりすぎはよくないので、反応を見てストップをかけた。

「どう?」

「あ、ちょっと楽になった」

「やりすぎるとよくないから、張ってきたなーって思ったら今みたいにほぐすといいよ。首は動かさず、深呼吸しながらね」

「ありがとう。ふふ、連理さんが一番お姉さんみたい」

 桜蓮の実の姉二人にギロリと睨まれた。姉馬鹿二人が桜蓮を取られまいとこちらを見ている。

 なんだぁ? やろうってのか? そのプリンが誰が持ってきたと思ってるんだ?

 プリンを指さす、私を指さす。そのジェスチャーで通じたようだ。甘味の恩義は計り知れない。

「ねぇねぇ、連理さん。私も背中張ってる感じするんだけどわかる?」

「簡単なストレッチくらいならわかるけれど、痛みがあるならお医者さん行くのよ」

 ソファを借りて違和感を訴える浮草を横にさせる。少しずつ触って、この辺? と確認を取った。

「桜蓮と似たような感じね。肩甲骨周りがこわばってるみたいだから、脇の神経周りの筋肉を緩めて、腰にくるみたいなら太ももとか股関節周りを緩めるといいはずだけれど」

 浮草にも簡単なマッサージを施した。自宅で凌乃や糸遊によくやっているやつだ。采女は関節がぐにょってるからあまりいらないし、結葉も結構柔らかいからたまにしかしなくていい。

「あ、楽になったー」

「どこか痛んだりしない?」

「んー、大丈夫そう。ありがとー」

 お礼が頭を撫でることなのは何とも言えないが、貴重な事務所の戦力だ。面白い店員でもあるので、健康でいてもらいたい気持ちは変わらない。

「お姉ちゃん。私たち捨てられちゃうのかな」

「睡蓮には私がついてるからね」

 あちらはあちらで涙ぐましい姉妹愛物語が始まった。放っておこう。姉妹愛からあぶれた桜蓮が尋ねてくる。

「連理さんはこういう資格取ったりしたの?」

「残念ながら資格に手を出す時間はなかったね。卒業前の二年間は将棋とあの子たちのことで大忙しだったし」

「へぇ。こういう資格あると便利そうなのに」

「医学部で取るようなのは国家資格だからね。そう簡単じゃないよ」

 そういえばこの間チラシにそれっぽい専門学校の募集もあった。まだあるだろうか。

「それより、Lotusって来月ライブだよね?」

「うん」

「まだ練習は根を詰めない感じ?」

「そうだね。最後の二週間くらいで徹底的に合わせるけど、普段は割と個人の裁量任せかな」

「今回初めてライブ行くから楽しみにしてるよ」

「え、本当? 連理さん来てくれるの?」

「うん。なにかまずかった?」

「だって、嬉しくて」

 あ、そうか。この子変だから、私に憧れてるとか尊敬してるとか言ってたっけ。

「桜蓮が連理ちゃんに取られたぁー!」

「睡蓮姉さんうるさい」

「おーよしよし、私がいるからねー」

「うっわ、連理さんの膝枕視界やば」

「何で浮草は勝手に寝転がってんのよ」

 もうめちゃくちゃだ。

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