1話 落ち人
今日も残業。
そして明日も残業だろう。
深夜0時を回った時計を見ながらまだ終わっていない
書類を眺めた。
電卓を叩く手を止めると頭痛がする事に気づく。
空腹のせいだろうか?
「そういえば朝食べただけだっけ………」
部屋には彼のデスクだけに明かりが灯っている。
彼の名は綾瀬遙。
今年で32才になる。
会社に入ったのは大学を卒業してからだから22才
だっただろうか。
先輩の勧めで入った会社だったが、あまりのブラ
ック具合に先輩は早々に辞めてしまった。
それでも頑張れば給料も上がると信じて、残業に
残業を重ね、休日でも出勤してやってきた。
もう、限界だった。
彼はふらふらとした足取りで会社を出て近くのコ
ンビニへと行く。
そこでいつものおにぎりと温かいスープを買って
再び会社へと戻ってくるのだ。
いつしかそんな日常が当たり前になっていた。
趣味は読書だったが、最近はあまり読めていない。
ネット小説を齧り付く様に読んでいたのが、懐か
しいとさえ思えてくる。
「あーお腹すいた……シャケ、ないな…ま、いっか」
遙は残った梅干しとおかかを手に取るとカップスープ
を持って会計に向かう。
再び頭痛が起こると立っていられなくなったのか床に
膝をついた。
「あれ?………やばい……落としたら……やだな」
ふらっと目の前が暗くなった気がした。
手に持った商品の心配をしながらも意識が薄れていっ
たのだった。
♦︎♦︎♦︎
小鳥の囀りがけたたましく聞こえる。
至るところから葉が擦れた音や、鳥の羽ばたき、囀り
がやまない。
倒れたはずの床は柔らかく少し湿っていた。
「んっ…………」
気がつくと、目の前には鬱蒼とした木々が広がってい
たのだった。
見知らぬ光景に、体を起こすと周りを眺める。
どこをそう見ても、見知らぬ光景だ。
「ここは………どこなんだ?」
声に出してハッとする。
聞き馴染みのない高い声。
起きても低い視線。
手を動かしてみるが、見えてきたのは小さな手のひら
だった。
「なんだ……これは……」
鏡は………今は持っていない。
確か着ていたスーツのポケットのスマホが入っていた
事に気づくとポケットを探して愕然とする。
遙の着ている服はスーツでもなければ、服と言ってい
いのかわからないほど粗末なものだったのだ。
ただの薄い布と言っていいほどのもので、薄汚れてい
たのだ。
立ちあがろうとして再び地面に倒れ込んだ。
お腹がぎゅるるっと鳴ったのだ。
空腹で力が出ない良いだった。
「そこに誰かいるのかの?」
声がした方に顔を向けると、ガサガサと音がして一人
の老人が姿を見せたのだった。




