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第10話 これって小間使い?




僕は羽代商店のロゴが入った、白い軽バンの助手席に乗り込んだ。

運転はもちろん華凜ちゃん。


上富良野町には教習所が無いので、基本的にここの住人は二駅隣の富良野駅まで通わなくてはならない。

一日に一桁の汽車しか止まらないこの町の住人にはなかなか大変なことのように思うが、華凜ちゃんは誕生日と共に教習所へ通い始めて三ヶ月かけて取ったらしい。

ってか、土地は腐るほど余ってるんだからもっと教習所作ればいいのに。

採算が合う合わないは別として。


そんな身勝手なことを考えているうちに車は発進。免許を取りたてとは思えない完璧なスタートだった。


「まぁそんなに身構えないで。配達先に着いたら荷物を運んでいくだけだから。簡単簡単」

「運ぶって、その後ろに乗ってるの全部?」

「うん」


僕は後部座席を振り向いて尋ねた。

トランクルームは元より座席部分までぎっしり荷物が詰め込まれている。


「大変だな、こりゃ」

「そうでもないわよ。今日はいつもより多いけど」

「毎日一人で?」

「毎日、ってわけでもないけれど、たまにお母さんも手伝ってくれるし」

「今日は大量と?」

「そうね。だから優斗君にお願いしたの」

「まあ頼まれたからにはそれなりにちゃんとやるよ」

「ふふっ、頼りにしてるんだからね、本当に」


そう言われると悪い気はしない。

まずは羽代商店から近場へと配達をする。

気をつけてね、とやさしく微笑んでくれる華凜ちゃんであったが、当の本人は運転席でくつろいで運ぶ荷物を指定するだけだった。

車を道路脇にとめ、五軒先まで配達の予定がある家々を駆け巡る。

一軒目を終えるとすぐさま車に戻り荷物を運び出し、二軒目へと届ける。

続けて三軒目、四軒目と、まるで短距離走を繰り返すかの勢いで僕は次々と荷物を運び出した。


「だあ、疲れた」


車に戻ると、ハンドルに片肘をついて外を眺めている華凜ちゃんの姿があった。

僕が戻ってきたことに気づくと、ひとつため息をついた。


「だらしないわね。まだたったの五軒じゃない」

「けっこう重くて。っていうか手伝ってくれてもいいじゃない?」

「私はちゃんと運転してるもの。なんなら変わる?」

「いや、変わらない、ってか無免許だし。……毎日こんな感じ?」

「だから、今日は量が多いんだってば」

「要は持ち上げられて利用されただけなのね」

「人聞きが悪いこと言わないでよ。同意の上でのことでしょ」


確かにそうなんだけれども、どうにも腑に落ちない。

手伝うとは言ったけど肩代わりするとは一言も言っていない。


「頼りにしてるっていうのは本当よ」


その言葉だけが唯一の救いだ。

しかし今思えば、はなからこれが目的だったんじゃないか。

少々勘ぐってしまう。


「大丈夫?」

「うん。最近運動不足だったから少し動いただけで身体がたるいよ」

「遥香と一緒にゲートボールでもしてみたら?」

「運動自体は構わないんだけどね、朝たたき起こされるのだけはホント勘弁」

「ああ……大変ね、複雑な家庭で」

「別に複雑じゃないけど」

「まあいいわ。じゃ、次に行きましょうか」


息を荒げる僕の言葉を待たずに、彼女は車を発進させた。

車中は適度に空調が効いて快適だった。

乗り込んだときの冷たさは既にない。

久々の運動で少々気だるくなった僕に眠気を覚えさせるのに、それは十分

な理由だった。


「なんだか喉渇いたな」

「暖房効きすぎてる?」

「いや、丁度いいくらいだけど、走ったからちよっとね」

「そこに飲み物あるわよ」


華凜ちゃんが前を見ながら器用にグローブボックスの扉を開く。

ごろんと転がってきた銀色の細長い水筒。保温性の高い魔法瓶だ。


「考えてるね」


飲み物なんて空いたペットボトルに入れておけばいいのに、こういうところはさすが寒地の知恵と言ったところか。


「冷たいものもそうした方がいいしね」


僕が感心しているのを横目に華凜ちゃんが言う。

口の中まで渇ききっていた僕は、いそいそと蓋を開けて中身を注ぐ。

中身が何かも確認せずに僕は一気に流し込んだ。


「あ、ちなみに中身は暖かいお茶だから気をつけてね」

「ぷっ!」


漫画のように僕は思い切り吹き出した。


「きゃー! もーちょっと何やってんのよ!」

「いははつかったもんでふい」

「つい、じゃないわよ! だからって吹き出すことないじゃない!」


舌が回ってなかったけど、華凜ちゃんはちゃんとき取れてたのか。と全然別の事を考えてしまう。

やや乱暴に路肩に急停車し、とりあえずその場にあったくたびれた雑巾で窓を拭いた。


「いや、お騒がせしました」

「どうしてこんなことになるかなあ」

「だって最初に冷たいものも、って言ったからてっきり冷たいんだと思ったんだよ」

「暖かいお茶だって言ったじゃない」

「間に合ってないよ」


華凜ちゃんは深くため息をついて、ハンドルに片肘をつく。


「もう……」

「……ごめんなさい」


再びゆっくりと車を走らせて配達の続きをする。

だんだんコツを掴んできたのか、走るタイミングというものを覚えてきた。

慣れていくのね、自分でも解る。

運送会社のドライバーがどうしてあんなにムキムキマッチョな身体つきになるのか、僕は妙に納得してしまった。


「しばらく続ければ立派な筋肉がつきそうね」

「それもありだけど、ちょっと辛いかも」

「けっこう大変でしょ? 私一人じゃどうにもならない時もあってね」

「そういう時はどうしてるの?」

「配達先の人に手伝ってもらうわ」

「……まぁ、女の子だから許されることだろうけど」

「だって運べないものはどうしたって運べないのよ。いいじゃない、それくらい」

「別に悪いとは言ってないさ」


しかし。

毎日これだけ大変な運動を繰り返しているのならば、華凜ちゃんのその立派なスタイルも納得がいくというものだ。

出るところは出て、へこむ所はへこんでいるという、年相応というには少し大人びた、そんなスタイルだ。

油断すると思わず見惚れてしまう様な、そういう魅力があった。


「何?」

「ううん、なんでも」


僕はそそくさと視線を前方に戻した。







日が傾きかけた頃、僕たちは最後の配達を終えた。

……僕たちの『たち』については十分に議論の余地はあるけれど。


「ご苦労様でした」

「あ、いや。別にたいした事はしてないし」

「でも疲れたでしょ?」

「まぁそれなりにはね。普段からこれやってる華凜ちゃんに比べたら全然」

「そんなことないわ。私のわがままに付き合ってもらっただけだし」

「失敗しなくてよかったよ」

「そういえば覚えてる? 昔優斗君が配達の手伝いして……」

「割れ物落として無残な姿に変えた」

「覚えてるんだ」

「……うん。実はそのせいで今日の配達は不安だった」

「あのあと、私が怒られたのよね」

「そうだったね。ホント、あの時はごめん」

「……謝る必要はないけど。別に怒ってないし」


少しだけ顔を赤らめて、華凜ちゃんはそう言った。


「そう言ってもらえるとありがたい」

「今日は失敗しないで出来たからいいじゃない。それにいい運動にもなったでしょ?」

「そうだね。明日は筋肉痛になりそうだ」

「なら明日から配達要員として働いてみる?」

「……それは遠慮しとく」

「私と一緒に働くのが嫌?」

「そういうわけじゃないけど……」

「冗談よ」


華凜ちゃんが、悪戯っぽく笑う。


「ほんと、ありがと」

「そういやバイト代もらってない」

「何よ、お茶あげたじゃない」

「恭子さんみたいなこと言わないでよ」

「しかも吹き出したし」

「いや、それは不可抗力ってやつで」

「まぁいいわ。バイト代の件だけど、温泉でも行こうか」

「いつ?」

「今からでもいいけど……ちょっと着替えないと。後で迎えに行くから優斗くんもタオルとか用意しておいてね」

「いつとは聞いたけど、僕まだ行くとは言ってないよね?」

「三十分くらいで行くから」


あまりにナチュラルに僕の言葉は無視された。


「それじゃ、またあとでね」


軽く手を上げて華凜ちゃんは羽代商店の奥へと消えていった。

実際のところ、今日の報酬は華凜ちゃんの喜んでくれる顔だけで十分におつりが出るほどだと思った。

だけど、温泉に行くのは楽しみだ。


ちなみに温泉、というのは中富良野温泉だろう。

上富良野中心街から車で夏なら10分冬なら20分、ちょっと山奥にある、公営入浴施設だ。

あまり設備は充実していないが、温泉は温泉だ。

混浴ではなかったはずだが、それでも女の子とお出かけに変わりはあるまい。

僕は、行くという意思表示をさせてもらえなかったにも関わらず、温泉行きにひどくわくわくするものを感じていた。


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