第九話 任務で遠征に出発!
「零耶ー!先行っちゃってるよー?」
「おー…」
「遅れないでねー」
バタン、と玲御の声と共に閉まった扉の音を聞き、二段ベッドの上で布団にくるまっていた零耶は顔を出し、「おー…」と気の抜けた返事を行ってしまった彼女に返した。零耶はモゾリ、と布団をかぶったまま起き上がると欠伸と伸びをした。
零耶は昨夜遅くまで統軌と絡繰と話し込んでしまったため寝るのと帰るのが遅くなってしまい、寝不足である。玲御は先に朝食に行ってしまった。
「…………」
零耶は眠気眼のまま、ベッドを直すとベッドから降り、支度を始めた。ゆっくりとした動きで。それだけでどのくらい眠いのか容易く理解できる。
これだけ遅いと朝食はコーヒーのみかな、と零耶が考えながら短刀を腰に帯刀した、その時
「零耶ー!おはよー!」
バタンッ!と扉を盛大に開けて統軌と絡繰が顔を見せた。あまりに大きな音だったので零耶は驚いて肩を震わせた。
「おはよ、統軌、絡繰の兄貴」
「はよ」
零耶の挨拶に統軌が満足そうに満面の笑みで軽く手を振り、絡繰が低い声で短く返す。零耶は部屋を見回し、忘れ物がないかをチェックする。
おっと、机の上に任務用の機器ー通信機器を忘れるところだった。
危うく思い出した零耶は慌てて机の上を振り返り、小さな機器を奪うように取ると懐に押し込んだ。そして2人の元に向かう。
「忘れ物ない?」
「確認したから問題ない」
「統軌の方が忘れ物してそうだけどな」
「あっ、兄さん酷いー!」
ガチャリ、と零耶は統軌と絡繰の兄弟喧嘩まではいかない喧嘩を横目に部屋の鍵をしめた。
その後、3人で食堂に行き、朝食を摂り、任務のために分かれた。零耶と統軌は玲御、左京と右京がいるテーブルに駆け寄る。と、右京が「ん」と紙を2人に差し出した。それを受け取り、零耶が内容を読む。統軌が覗き込みながら読んでいく。
「遠征するの?」
「嗚呼、一泊分な」
統軌の問いに右京がテーブルに頬杖をつきながら言う。零耶が訝しげに首を傾げる。
「遠征って、普段は清守の兄貴じゃ…」
「今度来る新人が彼の妹だそうで。彼はそちらの任務に回ったため、ボクたちが」
左京の説明になるほど、と零耶は納得するように頷く。普段、遠征はある青年によって行われている。だが左京の説明にある通り無理らしい。
玲御は同じ女の子が増えるのが嬉しいのか花が咲くような笑みを浮かべた。
「ふふっ。嬉しいなぁ~♪」
「嬉しそうだねー玲御」
統軌がそう言うと彼女は同意するように頷いた。零耶が紙を右京に返すと右京は双子と統軌に向かってピシッと頬杖をついていない方の人差し指を立てる。それに3人が頭にはてなを浮かべていると彼は
「って事で一泊分の着替えその他諸々、用意してこい。オレ達も用意しに行くから此処に1時間後集合な」
「ボクは用意出来てるんですが…」
「だとしても来い」
右京にズバッと即答されて左京が面倒くさそうに顔を歪める。がそれを知っていながら右京は気づいていないふりだ。そのやり取りに零耶は微笑ましく思ってしまい、クスリと笑った。それに気づいた2人が何笑ってんだ、と見てきたので零耶は肩を竦めてはぐらかす。
「んじゃ、準備してくるな」
「え、ちょっ……待ってよ零耶!」
「置いてかないでよ!」
さっさとその場から逃げるように零耶が踵を返して歩いて行く。それを慌てて玲御と統軌が追いかける。3人の姿が食堂から消えたところで右京は椅子に身を預けた。
「行かないんですか?」
「メンドイ…」
「右京!」
「ヘイヘイ分かってるって」
左京に怒鳴られるように言われて右京は笑いながら両手を降参、と挙げた。そして右京が立ち上がったのを合図に左京も立ち上がり、2人は少し遅れて食堂を出ていった。
…*…
自室へと引き返しながら統軌が双子に問った。
「2人共さー着替え以外に何持ってく?」
「「手入れ道具一択で」」
零耶と玲御、双子のハモった台詞を聞いて統軌は可笑しそうに笑い、「そうだね」と何処がツボったのか腹を押さえながら言う。が、笑っているため、聞き取れない。零耶が笑うな、と頭を叩くと統軌は痛みに負けて笑いを引っ込めた。叩かれた頭をさすりながら自らの武器である刀を片手で撫でる。
「まぁ、自分の命預けてるしね。僕も持っていこーっと!」
「絡繰の兄さんに先に持っていかれないようにねー」
「わかってますぅー!」
玲御が統軌をからかうと彼は頬を膨らませながらそう答えた。そのやり取りと統軌の顔が可笑しくて玲御がプッと吹き出す。それにつられて2人も吹き出した。しばらく笑い合ったのち、準備のために彼らは自室に消えて行った。
数分後、思ったよりも準備が遅い統軌を迎えに2人は来ていた。統軌と彼の兄、絡繰の部屋の扉を零耶がノックする。その足元には遠征に持っていく小さめのバックが置かれている。
「………反応ないね」
「中で今、めっちゃ慌ててんじゃね?」
「そうかなー?」
苦笑しながら玲御が返事を返したと同時に扉が開いた。中から現れたのはまさかの絡繰だった。それに驚く2人。
「な、なんで絡繰の兄貴が?」
「任務まで時間があるから部屋にいただけだ。統軌か?」
「あ、うん」
いまだに呆然としている2人を横目に彼は部屋の中で慌ただしく動いている統軌に向かって「早くしろ」と声をかける。
「遠征、気をつけろよ。あいつの話じゃあ、たまにつえぇ【神穢】に出会う事もあるらしいからな」
「!そうなんだ…知らなかった。ありがと」
玲御が笑顔でお礼を言うと零耶もお礼として軽く頭を下げた。それを見て絡繰は微笑ましそうに笑うと彼らの頭を優しく撫でた。その時だ。
「あー兄さん!僕にもやってよー」
「遅いお前が悪い」
「うっ」
ショルダーバッグを肩からかけた統軌が絡繰の背後にやって来た。絡繰は仕方なさそうに彼の頭を撫でた。それに満足したように統軌はふにゃりと笑みをこぼすと「行ってきます」と兄に手を振る。
「統軌!遅い!」
「ごっめーん。道具が見つかんなくてさぁ」
「それ言い訳だよね」
「細かい事はいいの!」
3人してそんな会話をする彼らの背を見送りながら絡繰は
「行ってこい」
と声をかけた。3人は歩きつつも振り返りながら、笑顔で手を振った。
「「「行ってきます」」」
さあ、遠征です。