第十話 雪と嵐と、
ザシュッと音がして【神穢】が黒い霧と化して消えて行く。それを見送り、零耶は軽く息を吐きながら短刀の柄を握り締め、再び警戒する。
今、彼らは遠征帰りに【神穢】と遭遇戦中である。遠征はなんやかんや強い敵も出ず、まずまずだったのだが帰りに待ち伏せされたようで応戦している。
零耶はこちらに槍を突き刺して来た【神穢】の攻撃を宙返りしてかわしながら、その槍の上に器用にバランスをとって乗る。驚く【神穢】のオパールの瞳が歪む。零耶は短刀を自身の顔の前に掲げ、構える。
「"小鶴"・白雪!」
ピキンッと零耶の持つ短刀の刃物が一瞬にして凍りつく。凍りついた短刀からは冷たい冷気が漂っている。そのまま、技の冷気で固まってしまっている【神穢】に向かって短刀を槍の上を滑るように移動しながら突き刺した。オパールの瞳に突き刺さった冷気付きの短刀。オパールにヒビが入ると共に冷気が【神穢】を凍らせて行く。身動き一つ取れなかった【神穢】から短刀を抜き、そのまま【神穢】の背後に着地する。着地する間に素早く短刀を振り、凍った【神穢】を切り刻む。零耶が着地した頃には【神穢】はパキッと音を出して粉々になって地面に落ち、黒い霧と化して消滅した。
「…………これで、全部、か…?」
警戒を続けながら零耶は辺りを見回す。遥か向こう側に青くも美しい海が何処までも続いており、世界の果てまで来てしまったように感じられた。【神穢】の気配がなさそうだったので短刀を鞘に納める。と、ちょうどその時、葉っぱを巻き込んだ大きな緑色の竜巻が零耶の方にゆっくりとやって来た。その竜巻は他のものを巻き込むことなく、ゆっくりとその速度を落としていく。
「零耶、無事?」
竜巻の中から玲御の不安そうな声が響いた。零耶は玲御を落ち着かせるように優しい声で「嗚呼、無事」と答えた。すると竜巻が徐々になくなっていき、その姿が完全になくなった時、そこにいたのは太刀を持った玲御だった。
先程の竜巻は玲御の技である。
ハッと零耶が何かに気づき、玲御に駆け寄った。そして右手の甲で優しく彼女の左頬に浅く刻まれた紅い一線を撫でる。
「お前の方が無事か、だな」
「んーあんまり痛くはないよ。かすっただけだし」
「んな事言ったって怪我は怪我だ。玲御の可愛い顔が台無しじゃねぇか」
「…………それ、天然?」
零耶が思いかけず言った言葉に玲御は軽く頬を染める。零耶はん?と疑問そうだったが、次第に自分が言った事に気づき、顔を赤くした。
「本当の事だしなっ!」
「ふふ、ありがと零耶」
玲御が嬉しそうに笑うと彼も恥ずかしながらも軽く笑った。それをたまたま後ろで見ていた統軌、左京、右京の3人のうち、統軌と右京がにやぁと悪戯っ子のように口元を歪めた。
「仲良いなぁ~?」
「本当だよね~右京さん」
「…………2人共…」
それを左京が扇を口元に当て、呆れたように見ていた。左京は突然、双子の元にいくと「行きますよ」と肩を引いて歩いて行く。何がなんだか分かっていない零耶と玲御は混乱しながらも左京の行動に抵抗せずに従う。どれほど信頼されているかが分かるようだ。それを見ていた2人は顔を見合わせて笑い、後を追った。
「今日の怪我人はー?」
統軌が後ろから歩く3人を覗き込むようにして訊くと零耶が即答で「玲御」と答えた。
「あと左京だな」
「左京の兄さんも?!」
右京が背後で付け加えるように言った。玲御が驚いて彼を見上げるが当の本人は言わなくて良いことを……と恨めしい表情で鋭い視線を右京に送っていた。が右京は気づいているのかいないのか知らん顔である。
「車で応急処置すっけど、あとで獅雨のとこ行きだな」
「ふふ、そうだね」
零耶が身を乗り出して言うと玲御が同意して笑う。統軌が零耶の隣に並びながら先程の事についてちょっかいを始める。
「ねぇねぇさっきのなにー?」
「さっきのって…嗚呼、あれか」
零耶のなにやら吹っ切れた様子に統軌は眉を潜めた。零耶は統軌を見上げ、ニィと得意げに笑いながら言った。
「姉弟だからな、心配して当然だろぉ?」
「…………そう来たか」
一本取られた、と統軌が笑う。クスリと零耶と玲御も笑い、大太刀を担ぎ直した右京と左京も笑う。荒れた元草原だった場所に5人の楽しげな笑い声がいつまでも木霊していた。
…*…
帰って来た5人は異様な慌ただしさと空気に訝しげに眉を潜めた。
「なんだ?なにかあったのか?」
「右京、"黒鴉"を抜かないでください」
異様な空気に警戒して大太刀の柄を握り締めていた彼に左京がピシャリと言い放つ。それでも右京は大太刀から手を放そうとはしなかった。
目の前では仲間であり友人である【AVANOLS】達が慌ただしく行ったり来たりしている。その手には何枚もの紙を持ち、すれ違う【AVANOLS】達と大声でなにか言い合いながら去って行く。この異様な状況に取り残された彼らに誰か説明してくれないものだろうか。いや、無理なのだろうか。
呆然とした様子で、警戒しながらその様子を眺めていた彼らの目に見覚えのあるものが映った。
「獅雨!」
「あ……零耶兄ちゃん、みんな…お帰りなさい…」
それはたくさんの紙をバランス良く頭で運ぶ"白"とそれを追うように自らもたくさんの紙を持った獅雨だった。獅雨は零耶の呼びかけに気づくと"白"を先に行かせ、こちらによって来た。獅雨は何故彼らが此処で突っ立ってたのかが疑問のようで首を傾げている。
「なんなのこれ?」
「あ……そっか…今帰って来たばかり…だもんね…」
玲御の問いかけにようやっと彼らが今帰った事に気づいた獅雨は持っている紙束の中から一枚を引っ張り出すと近くにいた玲御に渡した。その紙を受け取り、玲御を囲んで全員が紙にびっしりと書かれた文章を読んでいく。読んでいくに連れて彼らの顔は驚愕と恐怖に染まっていく。
「ど、どういう…」
「詳しくは、みんなが会議ホールに集まってから……僕、準備に駆り出されてるから…行くけど…」
獅雨が躊躇気味に驚愕と恐怖で固まってしまった彼らを見上げる。玲御が紙から顔を上げ、不安げに零耶と顔を見合わせる。統軌はキラキラとした瞳で先程までとは打って変わり、楽しそうだ。左京と右京は混乱した様子で互いの顔を見合わせては再び紙に視線を移す、と云うことを繰り返している。獅雨がその様子に痺れを切らして「ねぇ…」と小さく呟くと零耶と玲御がバッと獅雨を見た。その勢いと威圧に押されて獅雨は驚いたように目を見開く。そして双子は
「「【神穢】が人質とって政府側に要求だなんてそんな事本当かよ?!しかもそんなに知能が高い【神穢】なんていた?!」」
見事なコンビネーションでそう心のうちを叫んだ。他の全員も同じらしくうんうんと頷いている。彼らの前を通る仲間からも「そうだよな?!」「そんなに知能高い奴いたっけか!?」「同じく同意ぃぃぃ!」「あり得ないもうやだ疲れた!」と云うような賛同を頂いた。最後はなんか愚痴な感じもしたが。
獅雨はそう思うのもごもっともだ、と苦笑をもらした。と、統軌の様子が可笑しい事に気づき、彼を見ると何故かとても楽しそうに微笑んでいた。
「え、楽しそうじゃない?!」
「「「「「それは統軌だけだ/だよ/ですよ」」」」」
そう統軌が待ちきれない!と云うように叫ぶと全員からツッコミを頂きました。当の本人は「なんでー?」と突き上げかけた拳を下ろしながら納得していない表情で首を傾げていた。
とりあえず、緊急事態発生です
…*…
一方、別の場所では。暗闇に何十色もの美しい煌めきが輝いていた。暗闇によってまた、輝きが増すそれらは彼らで云う視覚を司る瞳であった。その多くの瞳の中心に、これまた暗闇に深く染まる黒装束を身につけたものがいた。暗闇でも黒装束でもそのスレンダーな体型が何故か浮き上がるように分かる。その、"者"なのか"物"なのか正体不明は自身を取り囲む美しい煌めきに小さく囁きかける。囁きかけた途端、遠くの方で風に乗って何かの呻き声が聞こえて来た。正体不明はその呻き声に愉快そうに口元を横に歪めた。




