新潟
ドラゴンへの事情聴取の後、シャオリンがベイル達にその提案をしたのは、彼女と並んで地上に出たベイル達が寝泊まりする場所を探そうとした時だった。
「ホテルなら私がとっておきの場所を予約してあげるから、そこを使って構わないわ。もちろん安宿じゃなくて、帝都有数の高級ホテルよ。でもその代わりに、私のお願いを聞いてほしいの」
三人はいきなりそんな事を言われて目を点にした。しかし実際手間が省けるので、彼らはシャオリンのお願いを聞いてみることにした。
「実はここからずっと北に行ったところに、遺跡があるのよ。旧日本文明……今のアリューレとグリディアが統治するよりも前に日本を治めていた、日本人が作ったとされる遺物群がね。そこを調査したいから、それに同行してほしいのよ」
「別にいいけど、なんで俺達と一緒に行こうと思ったんだ?」
「そこがまだ未踏の地だからよ。そこにそれがある、っていうのはわかってるんだけど、じゃあそれの中はどうなってるのか、については誰もわからないの」
「居場所は知ってるのに、誰も探りに行ってねえのか。変な話だな。何か理由でもあんのか?」
ベーゼスが問いかける。シャオリンが彼女を見ながら答える。
「帝国軍がそこを封鎖しているのよ。前にそこからブラックフォーチュンの怪人が沸いて出てきたことがあって、それ以来そこは関係者以外立入禁止になったの。しかもそこに入れるのは、帝国軍の中でもほんの一部の選ばれた人だけ。おまけに調査活動自体も禁じられていて、誰もその遺跡の深部に足を踏み入れたことは無いのよ」
「なんで禁止されたんだ?」
「下手にいじって藪蛇になるのを避けるためよ。そういうわけで、帝国はあそこを危険地帯と認定して、余所者がちょっかいをかけてくるのを阻止しているの。今もあそこには詰め所が置かれてて、普通の人は簡単に入れないのよ」
普通の人はね。そう念を押して、シャオリンは首から掛けていた黒いペンデュラム――死神セルセウスの使徒の証を出して見せた。こちらの世界の人間にとって、セルセウスは同じ世界に共生する神であり、同時にかつてあった神との戦いの折、人間側について自分達を勝利へ導いた救世主でもあった。だからそんなセルセウスの使徒として選ばれた人間は、よほどのことが無い限りセルセウスと同格の存在として扱われるのだ。
「中に入るのは簡単。でも中に何があるのかはわからない。だからもし何かが起きた時のために、あなた達に護衛を頼みたいのよ」
それがシャオリンの要求だった。三人は顔を見合わせ、すぐにシャオリンに目を向け直した。彼らの肚の内は既に決まっていた。
「わかった。じゃあそれに同行するよ」
ベイルが三人を代表して答える。本当に受けてくれるとは思ってなかったのか、シャオリンは思わず目を輝かせてベイルに言った。
「えっ? 本当にいいの?」
「自分から頼んでおいてなに驚いてんだよ。これから特にすることも無かったし、暇潰しがてら付き合ってやるよ」
それを聞いたシャオリンは少しの間呆然としていた。しかしすぐに本調子を取り戻し、見るからに嬉しそうな顔で彼らに言った。
「じゃ、じゃあ今から予約してあるホテルに案内するから、明日の七時にそこのロビーで集まりましょう。それでいいかしら?」
「俺はそれでいいぞ。みんなはどうだ?」
「はい。私も構いませんよ」
「アタシもいいぜ。起きれるか自信ないけどな」
メリエとベーゼスもそれに同意した。シャオリンはますます感激し、そして喜びを発散させたまま三人を件のホテルへ案内した。
午後四時過ぎ、シャオリンとベイル達はそのホテルの前までやって来た。シャオリンの言葉に偽りは無く、それは一言で言えば「宮殿」であった。外観からして他の宿よりもずっと豪華で、垢抜けた圧倒的な存在感を放っていた。
それを見たベイル達は思わずため息をつき、本当にここに泊まるのかと足踏みした。
「本当にここで寝泊まりするのかよ……」
「見るからに高そうですけど、ここの宿泊費も死神セルセウスの力でどうにかしたのですか?」
「自費で落としたのよ」
頬を引きつらせるベーゼスの横で、メリエがシャオリンに問いかける。シャオリンはそれをあっさりと否定し、今度はメリエが顔をひきつらせた。
「セルセウス様から月一でお給料をもらってるのよ。でも特に買いたい物も無かったし、交通機関もそれなりに安いから、結構溜まってたのよね。だからお金を気にする必要は無いわ」
素っ気ない口調でシャオリンが言い放つ。しかし「お高い物」に慣れていないベイル達は、ただ渋い顔を見せるだった。
「さ、それじゃあチェックインしましょう。お部屋はもう用意してあるから、後はそこで自由にくつろいでてね。詳しいことが聞きたかったらホテルのスタッフに聞けばいいし」
そんな三人を差し置いて、シャオリンはさっさと自動ドアを通ってロビーへ入っていった。ベイル達は慌ててそれに続き、大金を手にした庶民のようにオドオドしながらシャオリンの後に続いた。
その後、三人はスタッフに連れられ、それぞれ一人ずつ宛がわれた部屋へ案内された。そこは所謂スイートルームであり、一人で独占するにはあまりにも広すぎる空間であった。
「それでは、何か御用がございましたら、お気軽にお申し付けください」
「……」
スタッフが一礼して、丁寧にドアを閉めていく。広大な砂漠に一人取り残されたような寂寞感が、それぞれ異なる部屋に押し込められた三人を等しく包む。
誰もここまでしろとは言ってない。三人は豪華すぎるがゆえに、却って居心地の悪い思いを味わう羽目になった。
翌日、四人は決められた時間通りに集合した。たったの一泊であったが、それでも彼らは「やっと解放された」という解放感にも似た感覚を味わった。そしてそんな三人を引き連れて、チェックアウトしたシャオリンは「飛竜便」なる場所へ向かった。
そこは小型の竜、いわゆるワイバーンと呼ばれるモンスターの背中に乗って、好きな所に向かって飛んでいくタクシーのようなものであった。バスや電車、大型旅客機などというものはこの世界では運行していなかったので、長距離移動をする際には馬やこの飛竜便を使うのがスタンダードとなっていた。
「俺達が向かうその遺跡っていうのは、どこにあるんだ?」
「かつて新潟って呼ばれてたところにあるわ。言ってしまえばド田舎ね」
「……さすがにその言い分は失礼じゃないか?」
「実際人がいないんですもの。そう言われても仕方ないところはあるわ」
そんな感じで言葉を交わしながら、四人はさっそくワイバーンの背に乗ってそこを目指すことにした。料金は安くは無かったが、ベイル達は「これくらいは自分で払う」と言って聞かなかったので、シャオリンもそれを尊重した。
「うちのワイバーンは速さに自信があるからね。新潟くらいならひとっとびだよ」
まあ、休憩を挟んでも二時間程度で着くよ。そこの飛竜便の支店長はそう言った。なお実際の上越新幹線を利用する場合、大体の場合は二時間程度で東京から新潟に向かうことが出来た。
しかしベイル達は他に比較対象を知らなかったので、それが速いのか遅いのか判断できなかった。だから彼らは素直に自分が乗るワイバーン達に「じゃあ頼む」とだけ伝え、ワイバーンもそれに応えるように雄々しい鳴き声を上げた。
ワイバーン自体の乗り心地は悪くは無かった。彼らはワイバーンの背中につけられた鞍に跨り、鞍に繋がっている命綱を腰に巻いたコルセットに装着して飛んでいたのだが、特に窮屈と感じたことはなかった。さすがに長時間乗っていると尻が痛くなってくるが、それでも適度に地上に降りて休憩を挟んでいたので、彼らはこの遊覧飛行を苦とは思わなかった。ベーゼスに至ってはワイバーンに抱き着いて寝息を立ててすらいた。
「あいつ、凄い根性してるな」
「そんな珍しいものでもないわ。ワイバーンに乗りながら眠る人って結構いるわよ?」
三度目の飛翔の後、驚くベイルにシャオリンが答える。ベイルはさらに驚き、そして彼にそう告げたシャオリンもまた、眠そうに欠伸をした。
それから間もなく、シャオリンもワイバーンに抱き着いて眠り始めてしまった。ベイルはその豪胆さを羨ましく思い、同時に「自分には出来ないな」と諦めの境地に至った。
「あうう……ま、まだ着かないんですかぁ……?」
そんな中で、メリエは彼女達とは違う理由からワイバーンに抱き着いていた。メリエの顔は明らかに怯え、体は小刻みに震えていた。
彼女は高所恐怖症だった。
そして店長の言う通り、ワイバーン達は二時間ちょっとで新潟に到着した。彼らが降りたのは新潟の隅にある飛竜便の一つであった。四人はややぎこちない動きで地面に足をつけ、客を降ろしたワイバーンは一声鳴いてから元いた場所に帰っていった。
「それで、この次はどうやって行くんだ?」
「次は馬に乗るわよ。馬を使って、三十分ってところね」
シャオリンはベイルの問いかけにそう答え、慣れた足取りで三人を馬車プールまで案内した。馬車プールは飛竜便施設のすぐ隣にあり、そこには多種多様な馬車が停められていた。
シャオリンはその中から、四人乗りの適当な馬車を選んで決めた。三人もそれに従い、それの御者はシャオリンに言われた場所に向かって馬を走らせた。
そこには三十分で到着した。シャオリンの言う通りだった。御者は四人をそこに降ろした後、代金を受け取ってさっさと帰ってしまった。残された彼らの眼前には巨大な鉄門が置かれ、その右脇には二階建ての大きな建物が、さらに門の両側には武装した守衛が二名立っていた。建物の屋上には据え付け式の大型ボウガン――バリスタと言うべきか――が設置され、そこにも巡回の兵士が数人立っていた。
何をするでもなく、彼らはじっとベイル達を見つめていた。その視線に気づいたベイルは思わず顔をしかめた。
「随分厳重だな。やり過ぎじゃないか?」
「なにせブラックフォーチュンの連中が出てきた場所だからね。慎重にもなるわよ。遺跡自体は地下にあるんだけど、帝国は虫一匹通さないつもりなのよ」
「……それ、本当に入れるんですか?」
メリエが疑惑の眼差しを向ける。シャオリンは「見ればわかるわよ」とだけ言って鉄門まで歩き、そこに立つ守衛の一人の前に立っておもむろにペンデュラムを見せた。
「セルセウスの使徒のリン・シャオリンよ。悪いんだけど、ここを開けてくれるかしら?」
ペンデュラムを見た守衛は目の色を変えた。明らかに驚愕の表情を浮かべ、反対側に立っていたもう一人の守衛に目線で助けを求めた。もう片方もそれに気づき、そちらに向かい、そしてシャオリンの見せるそれを見て同様に目を剥いた。
「ああついでに、俺も使徒だ」
そこに追いついたベイルが、追い打ちをかけるようにペンデュラムを見せる。二人の守衛はさらに驚いた。立て続けにシャオリンが言い放つ。
「使徒の権限を使って、ここに入りたいの。もし上司に責任を問われたら、私達が無理矢理入ったってことにしていいわ」
「俺達が頼んだって言えば、大体はどうとでもなるんだろ? 頼むよ」
「いや、それは……」
シャオリンに続けてベイルも言葉を投げる。使徒二人の言葉に、それでも守衛コンビは煮え切らない態度を取った。
根性なし共めベーゼスが軽く毒づき、メリエがそんな彼女をなだめる。その時、二人は自分達の後ろから別の誰かが近づいてくることに気付いた。
それは悠然とベーゼスとメリエの横を過ぎ去り、ベイルとシャオリンの隣に立っち、おもむろに守衛に向かって口を開いた。
「我からも頼む。この中に入れてもらいたい」
それはそう言ってから、グローブを装着した手を開いてみせる。そこには横の二人が見せていたのと同じ、黒く光るペンデュラムがあった。
全員の視線がそちらに向かう。そしてそれを見たシャオリンは思わず引きつった顔を見せ、残りの全員は怯え交じりの驚愕の表情を浮かべた。
「使徒クラス三人が頼み込んでいるのだ。ここまでされて、よもや断ることもあるまい?」
それは端的に言えば、マントを羽織った白骨死体だった。本当に言葉通り、骸骨が黒いマントを羽織っただけという、単純極まりない姿をしていた。しかもマントは首回りで留めたまま後ろになびかせ、前面を開け放っていたので、肋骨や背骨や骨盤辺りが丸見えであった。
見た目のインパクトは絶大だった。
「セルセウス様……」
そんな単純骸骨を見たシャオリンがぽつりと呟く。しかし不幸なことに、その言葉がその場にいた他人の耳に届くことは無かった。




