尋問
捕縛されたドラゴンは、その後台車に縛られたまま軍事部門の有する地下空間に運び込まれた。そこは元々は倉庫として使われていた広大な空間であり、さらにラファエルが言うには、ここはグリディア帝国が成立する前からここにあったのだと言う。
「ここは、あれだな。地下駐車場だ」
「駐車場? 駐車場とはなんなのです?」
その場所を見て咄嗟にその名前をだしたベイル――彼も他の討伐軍の面々と同じようにボロボロであった――は、すぐにヘカテスから質問攻めに遭う羽目になった。さらにそこにメリエやベーゼスも首を突っ込み、元々この世界にいたベイルに同じように質問をぶつけていった。
おかげでベイルは、ここに残ったメッサー将軍の部下達がドラゴンを固定する間、彼女達異世界人を相手にこの場所に関する説明を事細かにする羽目になった。ヘカテス達の疑念はこの駐車場から始まり、次にそこを利用していた自動車へと移り、その後もどんどんと芋づる式に疑問を引き上げては、あれやこれやとぶつけていった。しかしベイルも律儀な男であったので、彼はそんな彼女達のぶつける質問を一つ一つ解決していくことに没頭した。
ちなみにこの時、既に討伐軍は解体され、生き残った兵士の大部分が元いた部隊に帰っていった。地下都市の潜入レポートも既にヘカテスの手に渡っており、そこからヘカテスはさらにそれを軍事部門の下部組織である調査機関に提出、彼らの分析を待つことになった。よってここにいたのはベイル達「外部の協力者」三人と討伐軍を指揮した二人の将軍、軍事部門トップのラファエルとヘカテス、そして比較的軽傷で済んだ一部の兵士達という比較的少数のメンバーであった。しかし少数で来たため、黒竜の拘束作業は比較的時間がかかることとなった。
「ああよかった。間に合ったみたいね」
しかし時間がかかるというのは、必ずしも悪い事ではなかった。ベイルがヘカテスら三人から質問責めにされていた頃、まったく出し抜けにその声が聞こえてきた。その場にいた全員が声のする方へ眼をやると、そこには黒いマントを羽織って黒いフードを目深に被った一人の女が立っていた。
「シャオリン」
それを見たベイルが、説明を切り上げてその女性の名を呼ぶ。「死神」セルセウスの使徒、シャオリンと呼ばれた女性はフードを脱ぎ、素顔を晒しながら彼らの元に歩み寄っていった。
「久しぶりねベイル。まだ生きてるみたいで安心したわ」
「どうしたんだよシャオリン。なんでここに来たんだ」
「あなた達討伐軍が、ブラックフォーチュンのメンバーを生け捕りにしたって聞いてね。セルセウスの使徒として、ここは是非とも話を聞いておかないとと思ったわけよ」
シャオリンはベイルからの問いかけに、素直にそう答えた。将軍二人はシャオリンが首から掛けていたペンデュラムを見て「奴も使徒なのか」と軽く驚き、ラファエルは厳めしい顔のままシャオリンに問いかけた。
「あんたもつまり、あのセルセウスの手下ってことなのか」
「ええ。そういうことになるわね」
「味方、ってことで、いいんだな?」
「そう捉えていただいて構わないわ。帝国と喧嘩をする道理はないからね」
使徒シャオリンは、ラファエルと真っ向から向き合い、堂々と渡り合って見せた。ヘカテスはそれを見て感心した声をあげ、同じくそれを見たメリエとベーゼスは揃ってベイルに耳打ちした。
「なんであいつ、あんな不機嫌そうな顔してるんだ?」
「何か怒ってるんでしょうか?」
「……俺に聞かれてもさっぱりわからないよ」
今更な疑問ではあったが、聞かずにはいられなかった。三人の視線はラファエルに向けられており、ヘカテスはそんな三人を見てため息をついた。
「ラファエル様の顔は生まれつきああなんだそうです。決して何かに怒っている訳ではないのですよ」
「そうなのか?」
そしてそれとなくフォローを入れる。ベーゼスが反応し、残り二人もそれを聞いて納得したように頷く。
兵士達がドラゴンの拘束を終えたことを報告してきたのは、その直後の事だった。
目を覚ましたドラゴンは、自分が置かれている状況をすぐに理解した。そして抵抗もせず、諦めたようにため息をついた。
「貴様達、私に何の用だ」
諦念を隠そうともせずにドラゴンが問いかける。討伐軍の面々はラファエルを見やり、ラファエルもその視線に気づいて一歩前に出る。
「私はラファエル・レッドホース。グリディア帝国の……まあ、軍事部門のトップだ。お前を捕縛した討伐軍のトップにいる男と思ってくれていい」
「つまり、奴らに我々を襲撃するよう指示したのは貴様と言うことか」
「そうだ。そしてここにお前を連れてきたのは、お前に色々と聞きたいことがあるからだ」
「尋問か」
「そういうことだ」
ラファエルは包み隠さず言い切った。ドラゴンも半目でラファエルを見つめ、再度ため息をついた。
「私はただの下っ端だ。なんでも知っている訳ではないぞ。どれだけ痛めつけようが、知らないものは知らないからな」
「別に構わん。話せる範囲で教えてくれ。そちらが素直に話してくれれば、こちらもこれ以上危害を加えるつもりはない。場合によっては、お前を我々の下で徴用したいとも思っている」
「本気で言っているのか? そんな顔で言われても説得力無いな」
怒ったようなラファエルの顔を見て、ドラゴンが呆れた声で言い放つ。ラファエルは一層眉間に皺を寄せ、それを見たベイルは「やっぱそう見えるのか」と納得したように声を上げた。
「まあいい。さっさと進めるぞ。まどろこっしいのは嫌いだ。何から知りたいのだ?」
その中でドラゴンの方から催促する。ラファエルは頷き、改めて口を開いた。
「まず、お前の名前は何だ。なんと呼ばれている」
「進藤洋司だ」
「いつからブラックフォーチュンにいる」
「忘れた」
「あの地下都市は本当にお前達のアジトだったのか」
「そうだ」
「だがあそこには怪人と幹部しかいなかった。お前のボスはどこにいる」
「知らん」
「お前達の本当の本拠地はどこにある」
「知らん」
ドラゴン――進藤洋司と名乗ったその怪物は、すらすらとラファエルからの問いに答えていった。捕虜のドラゴンがあまりにも素直に受け答えをしたので、それを聞いた面々は一様に面食らった。そしてベイルはその中にあって、別の意味で驚愕していた。
「進藤洋司って、ドラゴンの名前じゃねえだろ」
「彼も日本人なのかしら?」
そのベイルの横に立ちながら、シャオリンが疑問を口にする。彼女と同じ疑念を抱いたベイルはすぐにドラゴンの元に向かった。
「ちょっと質問あるんだけど、いいか?」
ラファエルの隣に立ちつつ、ベイルが手を挙げて声をかける。ラファエルはいきなり飛び出してきたベイルに驚いたが、邪険にはせずに彼の質問を許した。
「お前、日本人なのか?」
許しを得たベイルが話しかける。ドラゴン、もとい洋司はその問いに、またも「そうだ」と即答した。
黙秘権を行使する気は皆無であった。そんな洋司に、ベイルが続けて問うた。
「本当に日本人なんだな」
「そうだ。元々は日本人だった。私は自ら望んでこの姿になったのだ」
「改造手術を受けたのか?」
「そうだ」
「どこで手術を受けた」
「知らん」
またしても、洋司はすらすらとベイルの問いに答えていった。その途中でメッサーが「知らんだと?」と額に青筋を浮かべたりしたが、ドラゴンは頑なに「知らんものは知らん」と態度を変えなかった。
「小田原でしょうか?」
メリエがベイルに近づき、耳元で囁く。ベイルも目線だけを彼女に向けて「まだわからないな」と返し、再び洋司に問いかける。
「本当に何も知らないんだな。自分がどこで手術を受けたのかは、覚えていないんだな」
「何度も言わせるな。私はずっと地下にいた。地上には出ず、地下と地下を行き来していた。そこがどこの地下なのかは、周りの連中は教えてはくれなかった」
洋司は淡々と話し続けた。ラファエルがベイルを見つめ、ベイルはその視線に気づいて肩を竦めた。
「何言ってんのかさっぱりわからないよ」
「そうか」
ベイルの返答に、ラファエルも心なしか肩を落とした。周りの面々も他に何か聞いておくべきことは無いかと頭を捻り、洋司はそんな彼らを悠然と見つめていた。縛られた状態でありながら、その態度はどこか悟りきったような静けさを湛えていた。
「他には? 何か聞きたいことは無いのか?」
「待て。今少し考えてる」
しかしこの日、彼らがこれ以上有力な情報を得ることは出来なかった。そして初日から暴力に訴えるほど、ラファエルは野蛮ではなかった。
「……手詰まりですかね」
「駄目だ。何聞けばいいか全然わかんねえ」
「今日だけで全部終わった訳ではない。また明日も尋問を行えばいい」
ラファエルは諦めていなかった。ヘカテスもそれを聞いて頷き、洋司はそれを見て目を細めた。
「諦めの悪いことだ」
「そうでなければトップには立てん」
「それもそうか」
洋司はラファエルの言い分に同意した。そして今日の尋問はそれで終了となり、討伐軍は本格的に解散となった。洋司は拘束されたまま地下空間に監禁されることとなり、入口は厳重な警戒態勢が敷かれた。
「で、俺達はこれからどこに泊まればいいんだ?」
ベイルが素朴な疑問を口にしたのは、そうして討伐軍が解散され、彼ら三人が追い出されるように地上に戻った後の事だった。




