第2話_エクストリーム部活!(2)
舞桜の『部費はいくらでも出してやる』発言を受けて、生徒たちは部活の新設に躍起になっていた。
どんな部活動でも舞桜は認める方針だが、ただし帰宅部に関しては部費の支給をするべきか論議の最中だ。
そんなわけだから、ありとあらゆる部活動が展開されることとなった。
今日はそんな数々の部活を視察することになっている。
二手くらいに分かれて、山のようにある部活を回ろうとなったのだが、ゴリ子さんはバナナに夢中で言うことを聞いてくれないし、菊乃は雪弥と回ることを拒否して、三手に分かれることになった。
もちろん夏希は半強制的に舞桜と回ることになってしまった。
学園生活がはじまって数日、夏希の近くにはいつも舞桜がいる。いくら夏希が逃げても追ってくるし見つかる。疲れ切ってそろそろ逃げる気力もなくなってきた。
しかし、夏希はどーしても舞桜から離れたかった。
なぜって、そりゃ〜命の危険を感じるからに決まってるじゃありませんか!
今のところ直接的な暴力や嫌がらせは受けていない。が、舞桜と一緒にいると、いつもどこからか殺意の眼差しで見られてしまうのだ。きっと舞桜の熱狂的なファンに違いない。
そう、夏希は嫉妬の嵐に晒されているのだ。
舞桜と一緒にいなければそんなことにならないで済むだろうか?
いや、たぶん無理だろう。
舞桜が夏希のことを想っている限り、いくら距離を置いていても嫉妬される。むしろ舞桜から離れた瞬間に刺されかねない。なんだかんだ言って、舞桜の近くにいたほうがファンは抑制されるので安全なのだ。
舞桜は部活のリストを開いた。
「ふむ、まずはどの部活から視察をするか?」
横からリストを覗き込む夏希。
「う〜んっと(何コレ、まともな部活がない)」
剣術部はまだマシなほうとして、魔術部や超能力部、科学捜査部や爆弾処理部という方向性なアレな部活まである。
ちなみに舞桜の持ってるリストにはないが、デブ、小デブ、おデブ、株などの投資系、ラブなどの恋愛系まであるらしい。
その中に、ただ一つまともな名前があった。
「ミステリーサークルだ……でも名前が重複してるよ?」
夏希が尋ねると舞桜は首を横尾に振った。
「ミステリーサークルは三つあるのだ。一つは興味がなかったのでリストにないが、一つは地上に巨大な魔法陣を描く部活、もう一つは部員もミステリー、活動場所もミステリー、活動実体もミステリーで実に興味をそそられる」
「は?」
てっきりミステリー小説とかの研究部かと思っていた。
それにしてもまともな部活がない。
これでは熱い青春を学生諸君が送れないではないか!
「ねえサッカー部とか野球部とか普通のはないの?」
不安になった夏希が尋ねると、
「私が興味のない部活はほかの者が回っている筈だ」
あるにはあるということがわかった。ちょっとほっとした。
リストの中には文字からでは内容のわからない部活もいくつかあった。
夏希はその部活の名前を指さした。
「ねえ、このテンモン部ってなに?」
文字の音だけを聞いたら『天文部』だと思うが、リストには『天門部』と書いてあった。
「うむ、その部活は古に封印された天の門を探しだし、その扉を開けることを目的としているらしい」
「……う、うん(意味わかんない)」
なんとなく返事はしたが理解不能。
いくらどんな部活でも認めると舞桜が言ったものの、あまりにもよくわからん部活が多い。
「なんでもかんでも部活って認めちゃうんじゃなくって、まともなヤツだけ残したほうがぁ〜……(いいんじゃなかなぁって思うんだけど)」
控えめな感じで夏希は提案した。
そして、いきなり拒否。
「それはできない」
「なんで?」
「どの部活からどんな優秀な人材が生まれるとも限らん。ありきたりのモノからでは、なかなか秀でた才能とは生まれないモノだよ。私は一人でも多くのAHOの一員となる者が生まれることを願っているのだよ」
「アホ?」
「アンチ・ヒーロー・オーガニゼーション――反勇者組織の略に決まっているではないか」
ここは触れるべきか流すべきか、なんだか触れると大やけどしそうだ。
夏希は舞桜と付き合うようになってわかったことがある。
天道舞桜は誇大妄想に取り憑かれているのだ。
例えば、昨日の昼休みのこと、学園施設内にはいろいろなレストラン街があるのだが、そこで夏希が舞桜と食事をとっていたときのこと。
――殺し屋がいる!
と舞桜が突然叫んだのだ。
当然のごとく店内は騒然となったわけだが、実際は殺し屋なんて存在してなかった――舞桜の脳内を除いて。
よくよく話を聞いてみると、殺し屋の正体はナプキンだったらしい。そこだけ聞くと意味不明だが、もっと掘り下げて訊くとこういうことらしい。
レース付きのナプキンを眺める→レースがメイド服に見えてくる→そのメイドは銃器やナイフを携帯している→どうやらお屋敷にメイドとして潜入している→職業は殺し屋。
そして、『殺し屋がいる!』ということになってしまったらしい。
そんなわけだからイチイチ舞桜の発言を掘り下げないことに夏希はした。
たしかにちょっと……というか、だいぶ舞桜は変わり者ではある。けれど、自称魔王の生まれ変わりの割りには、悪者ではない(いきなりキスをしてくるという悪癖はあるが)。だから夏希は今も舞桜の近くにいるのかもしれない。
校内を歩いていると、廊下の向こうから女子生徒が走ってきた。
「助けてー!」
そして、叫びながら通り過ぎた。
夏希が『へ?』という顔をしていると、すぐに頭に角を生やした鬼が女子生徒を追って、
「悪い子はいねぇーか!」
と、叫びながら目の前を過ぎ去っていった。
思わず夏希は呟く。
「なに今の?」
返事は思わぬ人から返ってきた。
「エクストリーム・鬼ごっこ部だよ」
夏希は驚いて声の主を見た。
いつの間にか夏希の真横には長身の男子生徒の胸板が――ちょっと顔を見上げると雪弥だった。
「鬼の扮装をした生徒が無作為に生徒たちを追い回すという部活らしいよ。さっきこれに似たエクストリーム・ストーキング部を見てきたけど、恐怖度指数はあちらが上だったね」
そんな部活まであるのか……大丈夫かこの学園。
夏希は舞桜が意味不明なことを言ったら極力絡まないが、雪弥だったら大丈夫だろうと質問したのが間違いの幕開けだった。
「ところでエクストリームってなに?」
「エクストリームスポーツを知らないのかい!?」
「知らないから訊いてるんだけど(そんなに驚くことなの?)」
「エクストリームスポーツというのは、極限の状況下で行なわれる究極のスポーツのことだよ。人生誰もが一度は競技に参加していると思っていたけれど、まさか未経験者かい!?」
眼を丸くして驚く雪弥の横では舞桜まで驚きの表情をしていた。
「夏希は地球外生命体だったのか!」
はっ?
まただ、また舞桜の意味不明発言だ。
あきらかに自分に振られた話題なのでスルーできない。仕方なく夏希は尋ねた。
「どういうこと?」
「この星に最近やって来たから未経験者なのだろう?」
「はい?」
「地球のエクストリームスポーツはやってことがなくとも、君の星ではやったことがあるだろう?」
「だから、あたしは生まれも育ちも地球なんだけど」
ダメだ……舞桜と話をしているラチがあかない。
夏希は雪弥に助け船の要請を出した。
「エクストリームスポーツってどんな内容なの?」
「そうだね、身近なところでは、駆け込み乗車、満員電車、不倫、ピンポンダッシュ、信号無視、最近ではアイロニングが有名だね」
エクストリーム・アイロニング(アイロン掛け)とは、どんな場所でも、どんな状況下でも、とにかくカッコ良くアイロン掛けをするエクストリームスポーツである。例:自転車に乗りながらアイロン掛け。
「…………」
思わず夏希は無言になった。思考もちょっと停止した。
最後の砦、生徒会の良識、メンバーの中で自分以外で普通だと思っていた雪弥に夏希は裏切られて……ショック!
よくよく考えるまでもなく、あんな生徒会選挙を勝ち抜いた人物が普通のハズないじゃないか。ただのイケメンが爽やかな顔をしたままジャングルを抜けれるわけないじゃないか。やっぱり雪弥も可笑しい人なんだ!
さらに雪弥のこんな発言。
「実は僕も日本エクストリームスポーツ委員会のメンバーなんだ」
そこに乗っかる舞桜。
「そう言えば私の父上もメンバーだったな」
「違うよ、君の父上は日本の委員会じゃなくて世界のほうだよ」
「ふむ、そうだったか。別に私にはどちらでもいいことだが」
世界規模の委員会なのか……。
雪弥は何かを感じたのか、廊下の向こうに眼をやった。
「彼もエクストリームスポーツの達人だよ」
まだ廊下には誰の影も見えない。
彼とはいったい誰のことなのだろうか。
そのときだった!




