第3話_エクストリーム脱出!(2)
「(追いつけるかなぁ)」
夏希は菊乃を探していた。
トイレに行くというのは嘘八百で、会議をすっぽかしたのだ。あくまで会議が嫌だったのではなく、あくまで菊乃を探すためだ。
すぐに廊下の先を歩いている菊乃を見つけられた。
舞桜が足を速めると、菊乃も速めた。
「待って魅神さん!」
「…………」
華麗にシカト。
「待ってってば!」
「…………」
「菊りん待って!」
ピタッと菊乃は足を止めて、嫌そ〜な顔をしながら振り返った。
「菊りんってなに?」
「気に入らなかった? じゃあ(菊ぴょんとか、シンプルに菊ちゃん?)」
「どれも嫌よ、気安く呼ばないで頂戴」
「(あ、心読まれた)でもでも、だってあたし魅神さんと仲良くしたいから」
「嘘ばっかり」
吐き捨てる菊乃を見つめる夏希の瞳は澄んでいた。
「ウソじゃないよ。だって魅神さんあたしの心が読めるんでしょ? だったらあたしがウソついてないってわかるじゃん!」
「…………わたしだって全てが聞こえるわけではないの。もう構わないで」
立ち去ろうとする菊乃の腕を掴もうと夏希はした。
「待って!」
「触れないで!」
声を荒げて菊乃は夏希の手を強烈に叩き落とした。
ヒリヒリと痛む手を押さえながら夏希はとても悲しい顔をしていた。
「ごめんなさい(怒らせるつもりはなかったのに……)」
「次に触ったらその手を切り落とすわよ」
そう言って背を向けて歩き出した菊乃。
影が少しずつ遠ざかっていく。
三メートルほど離れたところで夏希が囁いた。
「どうしてそんなに人を遠ざけるの?」
菊乃は背を向けたまま答えた。
「貴女に何がわかると言うの?」
「わからないから聞いたのに……(だって魅神さんのこと知りたいから、もっと仲良くなりたいから)」
「わたしは普通じゃないの。耳を塞いでも人の声が聞こえてくる。偽善者ばかり、この世は悪意に満ちているわ。貴女も偽善差よ」
「あたしは違う!」
「うふふふっ、口で言うのは簡単よ。貴女にそれが証明できて? 貴女はほかの人間どもよりも単純でお馬鹿ちゃんだから、手に取るように心の声が聞こえるわ。貴女がわたしに少しでも悪意を抱けば、すぐにわかってしまうのよ。こんな気持ちの悪いわたしと一緒にいたいと思う?」
「思う!(勘違いしないでね気持ち悪いっていうところじゃなくて、仲良くしたいって意味だから、本当に勘違いしないでね?)」
「……馬鹿な子」
菊乃の影が去っていく。もう足を止めることは決してなかった。
その場に立ち尽くす夏希は、悲しさで胸がいっぱいだった。
動けずにいる夏希の肩を誰かが叩いた。
「大丈夫、岸?」
「えっ?」
振り向くと雪弥が立っていた。
「こんなところでぼーっとして、トイレじゃなかったのかい?」
「え、あ、うん、もう大丈夫。でもあの、鷹山くんがどうして?」
「僕もトイレ……っていうのは嘘で、岸の様子が変だったから。トイレじゃなかったんだろ?」
「あたしを追いかけてきたの?」
「まあね」
「うん、ありがと(魅神さんじゃないんだ)」
なぜか夏希の心は痛んだ。
菊乃と雪弥の関係。
「(あたしじゃなくて鷹山くんが魅神さんを追いかけてきてたら……)ねえ、鷹山くんって魅神さんのことどう思ってるの?」
「変った子だよね」
「それだけ?」
「どうしたの急に?」
「ううん、忘れて何でもないから(鷹山くんは何も思ってないんだ)」
また夏希の心は痛くなった。
雪弥がニッコリと笑う。
「戻ろうか?」
「うん」
夏希は元気なく小さく答えて頷いた。




