↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1/21

棺桶から出ると、そこは異世界だった

初投稿です、どうぞよろしくお願いしますm(__)mペコリ

花の匂いがした。


俺は、死んだはずだ。


最後に覚えているのは、耳を裂くようなブレーキの音。


妹のひなたの、十八の誕生日。二人でカレーの材料を買った、その帰り道だった。信号を無視したトラックが、俺たちの方に突っ込んできた。


瞬間、前を歩くひなたの腕をつかんでいた。頼む、間に合ってくれ。俺はひなたの体を、思いきり引き飛ばした。


宙に舞った買い物袋から、赤いリンゴが、一つ、転がっていった。


――せっかく買ったのにな。


そんなことが、最後に考えたことだった。


そのあとは、暗い場所を流されていた気がする。まわりには、無数の小さな光が、川のように連なっていた。


すぐそばの、あたたかい光が、ふいに遠くへ飛んでいって――待て、と言おうとしたのに、声は出なかった。


 ◇


なのに、花の匂いがする。


死んで、花の匂いがするってことは、ここは天国か?


……いや、天国にしては、暗いし、狭い。


顔の上には花が山盛り。両手は胸の上で組まされている。そして拳ひとつ分上に、板。


これ・・・、棺桶では?


土の匂いはしない。まだ埋められてはいない。でも、このままだと埋められる!


「生きてます! まだ生きてますからぁっ!」


全力でふたを押し上げ、跳ね起きた。


 ◇


そこは、石造りの小さな教会だった。


色ガラスの窓から差しこむ光。木の長椅子。円の模様が刻まれた祭壇。

その前に置かれた俺の棺。祈りの本を開いたまま固まっている、白い長衣の老人。


そして、喪服の参列者が二十人ほど、全員こちらを見ていた。


耳の長いおばあさん。犬のような耳のおじさん。背が低くて肩幅が倍あるひげもじゃのおじさん。


エルフ。獣人。ドワーフ。


ゲームの中でしか見たことのない人たちが、そろって口をぽかんと開けている。


え、えーっと・・・なんだこれ?もしかして、異世界?


「し、屍鬼《しき》だぁぁぁっ!」


教会は大混乱になった。長椅子がひっくり返り、子どもが泣き叫び、エルフのしわくちゃの婆さんが胸の前で指をくるくる回して祈り出し、ドワーフのおじさんが金槌を構える。


「違う! 屍鬼《しき》でもゾンビでもない!」


「嘘つけ!屍鬼《しき》じゃないならなんだってんだ!」


・・・そうだよね。


死体が叫びながら起きたら驚くよね。


でも・・・そうだな、


ゆっくり、無言で起き上がるほうが、もっと怖いはずだ。


うん、きっとうそうだなどと考えていいると、

人波をかき分けて、大柄な女の人がずんずん近づいてきた。


四十代くらい。

背は俺とほとんど変わらないのに、横幅と厚みは倍ほどある。腕は丸太のように太い。


粉と煤で汚れた深緑のエプロン。

その手には、なぜか鍋をかき混ぜる大きなおたま。


「下がりな、みんな!」


仁王立ちされて、俺は棺に立ったまま気をつけの姿勢で両手を膝にそろえた。


前の会社の部長に、毎日のように怒鳴られていたせいだ。


――お前みたいなやつは、いてもいなくても同じだ。


あの声を思い出すだけで、迫力のある人の前では、体が勝手に気をつけの姿勢になり、萎縮してしまう。


「まあまあ、ハンナ。落ち着きなされ」


祭壇の前の老人――この教会の神官が、本を閉じた。両手で抱えるほどの丸い石の板を持ち上げる。


「屍鬼か、人か。刻み石《きざみいし》に確かめさせればよい」


刻み石?


要するに、鑑定盤か。おお、異世界転生ものの定番!


俺がゾンビかどうかもわかるのか。

……今更だけど、本当にゾンビじゃないよね?


神官が、俺の右手を石の板に押し当てた。石板が光り、神官が読みあげる。


『種族――』


ゴクリ・・・唾を飲む音が教会に響く。


ドゥルルルル・・と発表を待ち構える太鼓の音が聞こえる気がする。


『人族(ヒューマン)!!』


「「「おおーっ!」」」


村人たちの歓声と拍手が、教会に響いた。

注目を集めた神官の爺さんは、いい仕事をした男の顔をしている。


「人じゃ。ひとまずは、一安心じゃの。ひとまず・・ひと安心・・・人だけに・・・いー、ひっひっひ」


結構ノリがいいのだろうか。


神官の発表はまだ続く。


『名は――カイ』


俺の名前だ。海と書いて、カイ。


って、……この体、たぶん俺のじゃないのに?日本での名前と、たまたま同じだったらしい。


『天職――暗殺者(アサシン)』


天職。要するに、職業のことらしい。


教会が、しんと静まり返った。


暗殺者。


え?何その物騒なの?


この体の持ち主は必殺仕○人だったのだろうか?


「まだ、続きがあるのう」


神官が、石の板に顔を近づけた。


石の表面には、青白い文字が、ぼんやりと浮かんでいた。神官の肩越しに、俺にも見えた。


 天職:暗殺者《アサシン》


 《隠密》 熟練度:1(静止)

  1:静止――息を殺し、じっとしている間だけ、姿と気配を隠す


その下には、何も刻まれていない、まっさらな行が、いくつか続いていた。


『技――隠密。熟練度、1』


神官が、読み上げた。


隠密。


……それだけ?


息を殺して、じっとして、目立たないようにする。


そんなこと、会社で毎日やっていた。始発から終電まで働くブラック企業で、部長に目をつけられないよう、人間ステルス迷彩として6年間、生きてきたんだ。


「……カイは、盗賊だったはずじゃったな」


神官が、白いひげをなでながら首をひねった。


「まあ、大環《たいかん》から戻ってきたなら……こんなことも、あるのかのう。」


参列者たちも不思議そうに顔を見合わせる。


神官が鑑定盤を祭壇に戻すと、おたまの女の人が、俺の前に立った。


おたまは、だらりと下ろされている。その顔が、くしゃくしゃに歪んでいた。


「……カイ、なのかい」


「え、あ、はい。……僕が、カイです。たぶん」


次の瞬間、俺は、おたまごと、ものすごい力で抱きしめられていた。


「なんでも、いいよ……生きてりゃ、いいんだよ……」


声が、震えていた。


「三日も冷たくなってたくせに……ばかだよ、この子は……」


知らない女性に抱きしめられて、思わず後退りかけたが、その腕が震えていることに気づいて、何も言えなくなった。


 ◇


騒ぎが収まると、神官の爺さんが、棺の中の白い花を一輪つまみ上げた。


「還り花《かえりばな》じゃ。魂が迷って戻ってこんように、顔を埋めておくんじゃがの。……効かんかったようじゃ」


「迷って戻ると、どうなるんです?」


「屍鬼になる。このあたりで、一番不吉な言い伝えじゃよ」


さっき、全員に叫ばれたやつだ。


「三日前、村はずれの崖から落ちてのう。見送りの三日も、今日でしまい。明日の朝には、土へ還すところじゃった」


……危なかった。あと一日寝ていたら、生き埋めだ。


「大環《たいかん》からはぐれて戻ってくる魂も、ごく稀にはおる。わしも、見るのは初めてじゃが」


大環。死んだ人の魂が還るところ、らしい。三途の川を引き返してきた、みたいなものか。


「大環を体感したのか・・たいかんを、たいかん・・・いー、ひっひっひ」


また言ってる。


「あ、あの、暗殺者っていうのは、大丈夫なんですか。かなり物騒な名前ですけど」


「天職は、できることを刻むだけじゃ。人柄までは刻まん」


つまり天職はあくまでスキルで、人格とは無関係ということだ。


そりゃそうだ。そうじゃないと、天職が「盗賊」の人は全員犯罪者だ。


村の人たちも、それで納得したようだった。


 ◇


おたまの女の人は、ハンナさんといった。村で一軒だけの食堂のおかみさんで、葬式のあとにふるまう料理の仕込みの途中で、駆けつけてきたらしい。


「さ、帰るよ。コレット村で、あんたの帰る家は、うちしかないんだからね」


ずんずん歩くハンナさんに、俺は正直に打ち明けた。


「すみません。崖から落ちたせいか、いろいろ、思い出せないんです。家のことも、村のことも」


「そうかい。……三日も冷たくなってたんだ。そりゃ、頭もぼんやりするさ」


ハンナさんは、歩きながら言った。


「一階が店で、二階がわたしとクレア。あんたは、ちっちゃい頃から屋根裏だろ。……うちの人が生きてたら、『三日も寝坊しやがって』って笑い飛ばしたろうさ」


旦那さんはもういなくて、カイはこの家で育てられたらしい。今日から俺の家は、この食堂だ。


食堂の中を見渡していると、ふと視線に気がついた。


ジト目で女の子が立っていた。


教会の最前列にいた子だ。俺と同じくらいの年。


金色に近い、明るい茶色の髪を、頭の高いところでひとつに結んでいる。気の強そうな吊り眉。その下の若草色の目が、真っ赤に腫れていた。


ハンナさんの一人娘の、クレアだ。


クレアは何も言わず、つかつかと近づいてきて、右手を振りかぶった。


ぱぁん、と乾いた音。


「死んだと思ったでしょ! みんな! わたしも! ずっと……っ」


二発目は来なかった。


代わりに、クレアは俺の胸に額をぶつけて、声を殺して泣き出した。


この子が泣いているのは、本当のカイのためだ。


本当のことは、言えなかった。


この子を傷つけたくない。…でも、それだけじゃない。正体を知られたら、この家を追い出されるかもしれない。屍鬼として焼かれたって、おかしくない。


死んで、生き返ったばかりのくせに、もう自分が助かることを考えている。


胃の底が、少しだけ重くなった。


「ごめん。頭、打ったみたいでさ。いろいろ、思い出せないことがあるんだ」


クレアが、顔を上げた。


「……あんた、本当に、頭打ったの?」


「打ったよ。崖から落ちたんだろ、俺」


「そうじゃなくて……カイは、「ごめん」なんて、言わなかった」


クレアはまだ何か言いかけて、やめた。


乱暴に目をこすって、「……ばか」とだけ言って、部屋を出ていった。


 ◇


その夜。


屋根裏の小さな部屋の窓から、空を見上げた。


月が、二つあった。大きな白い月と、少し小さな青い月。


本当に、知らない世界だ。


それよりも、気になるのはひなたのことだった。


最後の瞬間、俺はあいつの腕を引いた。


助かっただろうか。


助かっていてほしい。


金のことは、両親と俺の保険で、大学を出るまではなんとかなる。

でも、俺まで死んで、あいつを一人にしてしまった。


今頃、泣いているだろうか。


泣いてるだろうな。


でもあいつは強いやつだから、いつか立ち直って幸せになってほしい。


二人で作ろうとしたカレーは、三年前に死んだ母さんがよく作ってくれていたものだ。


俺もひなたも大好きだった。


3ヶ月前から申請していた有給を使って、一緒に作るつもりだった。


「……ごめんな、ひなた。結局、一緒にカレー食えなかったな」


青い月が、少しにじんで見えた。


鼻をすすって、大きく息を吐く。


くよくよしていたら、あいつに怒られる。


――お兄ちゃん、暗い。気持ち悪い。


そうだな。


「せっかくもらった、二度目の人生だ」


この体の持ち主には悪いけど、この体を借りて、もう一度生きよう。


ブラック企業で、休みも取れずに働き続けた人生は、もう終わった。


だから。


「今度こそ、好きなように生きよう」



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


もし少しでも「面白い!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、


ページ一番下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価をいただけると、作者のモチベーションが爆上がりし、更新速度が上がります!


ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!


次回は明日19時頃に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。