因果よ狂え
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まだ確証は得ていないが、時計の針を戻しスイッチを押した時のあの光景は、少なくとも間違いではない。別の世界線に飛ばされた可能性もあろうが、これは時計だ。ならば時が戻ったと考えるのが普通であろう。
「これ、そうだよな?やっぱり時戻ってるよな?まさかそんなことが……」
初見は気付かなかったが、視線を道に辿らせていくと、何頭かの馬と人間が見えた。恐らく先ほどの騎士たちだろう。道から退き、迷い子の様に立ち振る舞う。少し後、馬が目の前で穏やかに止まった。
「お前、こんな所で何をしている。名を名乗れ。」
「名前は隻零 初人と言います。えーと、実は僕迷子になってしまって、ちょうど困っていたんです。」
「成る程。だが何もないこのような場所で立ち往生するのは少々奇怪だな。」
「そのことなんですけど……どうやってここにいたのか、どうやって来たのか全部分からないんです。気づいたらこの場所にいたというか。名前以外のことはわからなくて……。」
女は、俺を鋭い眼光で射ながら訝しんでいたが、虚言ではないと理解したのか表情を少し穏やかにした。
「そうか……それは災難だったな。この先に都市がある。そこまで案内してあげよう。お前たち。念の為この少年を見張っておけ。奴らからの刺客であっては敵わないからな。」
「「ハッ!!」」
女の馬の、後ろに乗った俺はなるべく体に触れないよう最小限の接触にとどめ、馬は再び走り出した。
道中無言のままでは味気なかった俺は、身辺整理の為にも様々な疑問を呈する。
「騎士さん。失礼でなければ、あなた方の名前を聞いてもいいですか?」
「私はセレリアナ=ルクレシオス。あいつらの名前は自分で聞け。」
「ありがとうございます。ちなみに、これから向かう都市ってのは?」
「鉄血国エルガ=レベルト。セイレース大陸で最大の都市国家だ。行った経験は?」
「多分ないと思います。まぁ記憶喪失みたいなものなので本当は行ったことあるかもしれませんけどね。あはは……。」
「ふっ。それもそうだな。暇があったらお前に案内してやってもいいぞ。」
「あはは!その時は、お願いしますね。」
自虐風に言葉を紡いだ俺が面白かったのか、一息笑った彼女はそのまま馬を走らせていった。
「馬って、本当に早いんですね。乗ったことがないから知らなかった。」
馬の速さによって生じる風を掴んでみようかと思ったその瞬間、激烈な光線と共に馬が叫びながら急止した。
「うわっと。どうかしたんですか?」
無反応。不気味なほどの静寂。何もかもが静止した。まるで、俺が時を巻き戻したときのように。その不気味に耐えられなかった俺は、彼女の肩を軽く揺らす。力なく倒れてきた彼女。不審に思いながらも顔を覗こうとした。
もう、手遅れなことに気づいたのはその時だった。
───額が、貫かれていた。
「ぇ……あっ?ぁ……うぁあああああああああぁあ!!!?」
脳がその光景を拒絶した。俺の叫び声は、恐らくその脳の叫び声だ。
あたたかな血が俺の腹に滴り、服が艶やかに染み渡る。俺の質素な私服には、丁度良い味となるだろう。
不思議と吐きはしなかった。もちろん全く理解ができていないからというものが大半を占めている。しかし、彼女の死に顔が蛇の脱皮のように整っていたからなのだろう。
だが、混乱、絶望、恐怖。これらに支配された俺は、必死に周りを助けを求めようとした。
「ひっ人が死んでます!!誰か!!誰か、どっどうしたら、なんで死んで?殺された?いやそもそも俺は何をして?」
俺の呼びかけに応える者は誰もいなかった。周囲を見渡す。あぁ応答がなかったのは当然だろう。
何故なら、もうこの場に生きている生物は馬と俺しかいないのだから。
「おっ……おぶえぇぇぇぇぇええええ!!」
今度は吐いた。
変哲もない草原にスパイスを加えるように垂れている血。悠久の風を脅すかのように割り込む血の匂い。草花に弔われるいくつかの死体。存外美しいものだ。
「何がどうなってんだよ!!俺も死ぬのか!?これから死ぬのかぁ!?嫌だ嫌だ嫌だ!!誰か助けてくれよぉぉぉお!!」
パニックになった俺の祈りはそのまま風に殺され、どこかへ儚く消えていった。
しかし、俺の祈りではなく、声をハッキリと聞いた人物はいる。そう、彼女らを殺した奴らだ。
「生き残り。予想外だ。抹殺。」
俺を捉える3人の黒衣を纏った異質者たち。俺は悟った。転生して間もないのに、ここが墓場なのか、と。
正直、転生者なのだからと油断していた。未知の地に投げ出されていたのに危機感が全くなかったのだ。俺は恐らく愚か者だ。
「死にたくない!!死にたくない!!俺はなんもしてないんだよ!!」
馬を背にして逃げ出す。少しでも生き延びようとした故の行動だろう。必死に逃げる。死神の鎌から。
「あぁ……『時間が戻って』くれないかな……。」
泣き叫びながら半ば諦めた声色で言葉を紡いだ。その刹那、再びあの時計が俺の手に出現する。
完全に失念していた。俺は時戻し能力をもっていたことを。
「あぁっ!!たったすかる!!これで助かる!!」
震える視界と手で時計の針を動かす。今回は10分前まで戻せるようだった。なんとか戻し得た俺は、そのまま頭頂部のスイッチを押そうとした───
激光。閃光。
「……あれ……、なんか、あったかい……な。」
その温かさの正体を知りたくて、視界を胴体に向けると、俺の体の半分はなぜだか黒茶色に変色していた。土手っ腹を中心にして。
「外したか。次は仕留める。」
閃光に穿たれた俺の腹からは血があまり垂れなかった。完全に焦げたのだろう。食欲を唆る肉の匂いが俺の鼻腔を通り抜ける。醤油でもかけたらもっと堪らないだろう。
「しに……たく、ねぇなあ………いやだなぁ……」
途切れ途切れに言葉を発する。その言葉を誰も聞いてはいやしないが、何かを発さずにはいられなかった。俺の存在証明のために。
「どうか……どう、か。まにあ……って、くれ……あぁ、───」
背後から閃光が放たれる音。即座に迫る生命の鳴き声。拒絶する脳がとろとろに溶けていく。なるほど、俺は死ぬわけにはいかないのだろう。何故なら、死の溶けた甘さ、誘惑に対して体がこんなにも死を拒絶しているのだから。
カチャン。
再び、世界が歪んだ。どうしようもないほどに俺の意識も歪んでいたが。
その世界の歪みと孤独な空間、意識の歪みに耐えられず、俺はそのまま堕ちていった。




