その174 「帰宅」
ぐぬぬ・・・ねむい・・
午後のお茶の時間だった。
ハミルトン邸のテラス。
秋の光が庭を柔らかく照らしている。
夏の間あれほど騒がしかった芝生は、
今は静かだった。
凛が紅茶のカップを持ち上げる。
「ほんと、静かになったわね」
エレノアは庭を見た。
「ええ」
子供たちはもういない。
屋敷は落ち着いていた。
凛は芝生を眺めながら言う。
「ルイスも少し寂しそう」
「そうかもしれませんね」
エレノアはカップを口に運ぶ。
紅茶は少し熱かった。
少しの沈黙。
風が庭を通り抜ける。
凛がふと口を開く。
「ロンドンに戻るの?」
「はい。仕事がありますので」
凛は頷いた。
「そうよね」
また少し静かになる。
それから凛は、
何でもない声で言った。
「兄さん」
エレノアが視線を上げる。
凛は軽く笑う。
「分かりやすいのよ」
エレノアは一瞬だけ黙った。
凛は続ける。
「昔から、ね」
責めるような声ではない。
ただ、知っている人の言い方。
エレノアは小さく息をつく。
「そうですか」
凛は肩をすくめる。
「ええ」
それからカップを置いた。
「困らせないであげて」
エレノアは答えない。
ただ紅茶を飲む。
庭は静かだった。
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その夜。ロンドン。
エレノアはフラットの扉を開けた。
久しぶりの部屋は静かだった。
ハミルトン邸の空気とは違う。
コートを脱ぎ、
バッグをテーブルに置く。
窓の外から
街の音がかすかに聞こえる。
エレノアは椅子に座る。
その時、ふと思い出す。
ロッテの声。
「ママ」
「佐伯さんのこと、好きなの?」
まっすぐな質問だった。
エレノアは目を閉じる。
少しだけ考える。
それから、もう一つ。
凛の声。
「兄さんは分かりやすいのよ」
小さく息をつく。
「……困るわね」
そう呟いて立ち上がる。
キッチンへ向かう。
お湯を沸かす。
湯気が上がる。
そのとき。
ふと、思い出す。
庭園。
夕方。
紅茶のカップを持ったまま
立っていた男。
エレノアは少しだけ眉を寄せる。
「……佐伯さん」
小さく名前を呼ぶ。
それから首を振った。
「仕事ね」
カップを持ち、
机に向かう。
ロンドンの夜は静かだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
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