その138 「休暇申請」
夏で少し話を動かしたいぜ
朝の書斎は静かだった
ウィルトシャーの屋敷の一角。
書類。
時計。
窓から入る光。
悠馬は机に向かっている。
ペンが走る。
書類が整う。
予定が整理される。
いつも通りの朝。
ノック。
「どうぞ」
ドアが開く。
エレノアだ。
いつも通り落ち着いた様子。
「お時間よろしいですか」
「構いません」
悠馬は顔を上げる。
視線が一瞬だけ止まる。
すぐに書類へ戻る。
エレノアは言う。
「休暇の件です」
悠馬の手が止まる。
ほんの一瞬。
「……はい」
「娘が来るので」
静かな声。
業務連絡のように淡々としている。
悠馬は頷く。
「承知しました」
それだけ。
声はいつも通り。
表情も変わらない。
だけど。
頭の中は静かではない。
娘。
ロッテ。
あの少女。
ドイツ。
ガーデンパーティ。
冷たい視線。
ウサギ。
悠馬は思考を止める。
仕事。
今は仕事。
エレノアが続ける。
「ロンドンで数日」
「その後、こちらへ来る予定です」
悠馬は頷く。
「問題ありません」
「スケジュールは調整します」
エレノアは軽く頷く。
「ありがとうございます」
少し沈黙。
そのあと。
「それと」
悠馬は顔を上げる。
「レオンが」
名前。
一瞬だけ空気が変わる。
「挨拶したいと」
悠馬の脳が処理する。
レオン。
”レオンハルト・フォン・ヴァイツマン””
ドイツ。
取引先。
そして。
”エレノアの元夫”
悠馬は言う。
「業務の件でしょうか」
エレノアは少しだけ笑う。
「半分は」
悠馬は黙る。
半分。
残り半分は何だろう。
想像しない。
想像すると仕事が止まる。
悠馬は言う。
「日程を」
「調整します」
「来週でも」
「問題ありません」
完璧な返答。
業務。
完全に業務。
エレノアは少し頷く。
「では、調整します」
それだけ言って、部屋を出る。
ドアが閉まる。
静かになる。
悠馬はしばらく動かない。
机。
書類。
時計。
そして。
「……」
小さく息を吐く。
娘。
元夫。
挨拶。
情報が多い。
整理する。
優先順位。
仕事。
仕事。
仕事。
ノック。
ドアが開く。
ノアだ。
「兄さん」
「顔死んでる」
悠馬は言う。
「死んでいません」
ノアは笑う。
「何あった?」
悠馬は答える。
「エレノアが休暇を取ります」
「娘が来るので」
ノアは頷く。
「ロッテか」
悠馬は頷く。
ノアが言う。
「で?」
悠馬は続ける。
「レオンが」
「挨拶したいと」
ノアが止まる。
それから。
ゆっくり笑う。
「へえ」
悠馬は言う。
「業務です」
ノアは言う。
「うん」
悠馬は言う。
「完全に」
ノアは言う。
「うんうん」
沈黙。
そして。
ノアが笑う。
「兄さん」
「夏」
「忙しくなるな」
悠馬は真顔。
「既に忙しいです」
ノアは肩をすくめる。
「違う意味で」
悠馬は答えない。
窓の外。
夏の空。
庭では子供たちの声。
そして。
静かに。
『物語はまた少し動いていた』
ここまで読んでくださってありがとうございます!
『佐伯悠馬の結婚事情(仮)』始まりました。
結婚する気がない男の結婚事情(仮)です。
相変わらず周囲がうるさく、悠馬の胃が忙しいです。
更新はのんびりですが、完結まで書いていく予定なので
よかったらまた覗いてください。
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