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おとぎ話なら「めでたし、めでたし」で


「かあさま、あそびにいってくゆの」

「はいはい、気を付けてね」

「こえ、ユックにいれてほちいの」


 幼い娘が母親に差し出したのは、お気に入りの絵本。

 『ドレスの勇者と黒の魔法使い』という、一昔前に吟遊詩人が歌っていた英雄譚を絵本にしたものだ。

 題名で分かるように、ドレスを着ているのは姫ではなく勇者でありそんな女性が身の丈ほどもある剣を携え、全身真っ黒な魔法使いと共に色々な国で様々な事を成し遂げる話である。

 今までの絵本の主人公は専ら男性であり、お姫様は助けられるのを待つ身だった。

 だからこそ異色な女性が主人公の絵本は、特に女の子達に爆発的に流行った。

 こんな山の裾野の街ででも手に入るほどで。


「はい、これで良しっと、誰と遊ぶの?」

「レンくんとランくんとリードくんと、ゆうしゃごっこすゆの」


 この『勇者ごっこ』は子供の間で大人気の遊びで、件の勇者を真似て街の問題を解決する。

 とはいっても子供の遊びだから出来る事は限られているのだが、それにかこつけて大人が様々な『問題』を用意して手ぐすね引いて待ち構えているのだ。

 小さなお使いであったり、街の花壇の整理だったり、ごみ拾いであったり、と。

 金銭以外の些少の報酬(オヤツ)もあったりするものだから、双方の利害が一致(win-win) な遊びだ。

 まぁ、それはともかくとして、娘が背負っているリュックは、勇者の剣を模して作られている。

 布製とはいえ中に絵本が入ったまま振り回して、友達に当たったりでもしたら大事だ。


「いい、リュックを剣として使う時は格好だけよ。 叩いたり投げたり当てたりして壊したら、作った父様が泣いちゃうからね」

「あい」


 そう、この見事な作りの剣型のリュックは、夫のお手製だ。

 それだけでなく、街娘としては少々華やかなドレスっぽい服も娘の要望に応えて、夫が縫った服だ。

 娘は父親が大好きなので「泣く」と言っておけば、まぁ無茶な使い方はしないだろう。


「お友達と仲良くね」

「でもね、レンくんとランくんとリードくんは、だれがまほうつかいになゆかで、いつもケンカすゆの」

「いつもはどうやって決めるの?」

「コイントスだとレンくんがあてゆの、うでずもうだとランくんがつよいの、ジャンケンだとリードくんがかつの。 だかや、すぐはきまらないの」


 勘がいい子と、力が強い子と、頭がいい子か……ふむ中々多種多様(バリエーション)に富んでいる、と母親は思う。

 しかしそれもある意味当然の話で、この街はちょっとした隠里のようなもので、悪い意味ではなく一般世界では少々外れてしまった者が自然と集ってできた街なのだから。


「じゃぁ、クジにしたらいいわ」

「クジ?」


 母親は自分の髪を結んでいたリボンを解いて同じ長さの三本に切ると、内一本の端を赤いインクで染めた。


「こっちの端っこをあなたが持って、皆にリボンを選んでもらうの。 赤いリボンを引いた人が当たり」

「あい!」


 元気よく返事をした娘は、リボンを握りしめると、大事そうにスカートのポケットに入れた。


「いってきましゅ」

「はい、行ってらっしゃい」


 可愛らしいスカートの裾を翻しプラチナブロンドの長い髪を靡かせて、元気よく家を飛び出していく娘の後姿を眺めながら母親は一息つく。

 山の裾野とはいえ、この場所自体が高地にあり空気は澄み、山林と大自然が広がっている。

 少々街道筋から外れた、こじんまりとしたログハウス平屋の一軒家で、子供部屋もあるので親子三人なら十分だ。


「さてと、じゃぁ夕飯の仕込みでもしようかな」


 これからの行動を口に出して、自分の退路を断つ。

 はっきり言って料理は苦手で、美味しいものを沢山食べていたのだから舌は肥えているはずなのに、その味が再現できないのだ。

 不味いわけではない、普通なのだ、うん普通だ。

 でも夫の方が料理上手で美味しい……娘も父親の料理が大好きで、うん、悔しくなんかないモン。


 冷蔵庫──夫作成──を開け野菜室を覗いて半端に残っていた野菜を全部出す。

 人参、じゃがいも、玉ねぎ、キャベツ、トマト、セロリ、きのこを一センチ角に切って鍋に入れ、コンロ──夫作成──の火にかけ炒めながら岩塩と胡椒──夫生産──をミル──夫作成──で下味をつけ水投入。

 コンソメの素──夫作成──とソーセージ──夫と娘作成──を入れて弱火でコトコト煮込む。

 夫と同じ手順なのに、夫が作った方が美味しいのだから理不尽だと思う。


 パンはホームベーカリー──夫作成──で朝作った分があるし、メインディッシュは娘が大好きなハンバーグにしよう。

 熟成させた猪肉──私が狩りました!──をミンサー──夫作成──でひき肉にして、玉ねぎとニンジンを摩り下ろしてひき肉と混ぜソース──夫調合──で味をつけ小判型に形成して冷蔵庫に寝かせて、夫が帰ってきた直後にスキレット──夫錬成──でオーブンレンジ──夫作成──に入れ焼けばいい。


 夕飯の用意も目処が立ってほっと一息、居間のソファーに腰を落ち着ける。


 この街に来た当時はこんなに長い間、暮らすなんて思ってもみなかった。

 下界で色々少々派手にやらかして各国に話が回って、捨てて身軽になった筈の柵やら何やらが再び鎌首をもたげてきて、そろそろ面倒臭くなってきたなーと思い始めた頃にこの街を紹介された。

 一時避難のつもりで身を寄せていたら、以前凹った王様が足繫く通うし、遷都したばかりで忙しい筈の皇太子が別荘感覚で住み着こうとするしで……。

 月日は瞬く間に流れ、気が付けば夫を迎え結婚もして子供まで生んでいるなんて思いもしなかった。


 夫は様々な道具や魔道具(マジックアイテム)だけでなく、胡椒とかコンソメとかソースとかも少し話しただけで野生のものを栽培したり、形の悪い野菜や香草を獲ってきた魔獣と一緒に丸ごと鍋で煮て濾してできたコンソメスープを魔法で顆粒状にしたり、その濾した野菜と肉に酒・蜂蜜・塩・数種類の香辛料を加え煮込んで熟成させたりと、いとも容易く作ってしまうので今度はカレールーを作らせようと密かに狙っているのだが……。


「いや、でも、ここだけ生活レベルおかしくない?」


 今更である。

 感慨深げに家の中を眺めていると、ピロン!とスカートのポケットから軽快な音がした。

 取り出したソレは掌サイズの薄い黒い板で、その表面には文字が浮かび上がっていて、『仕事完了、今から帰宅』と文字が表示されている。

 母親が画面下に区切られている一つの枠をタップすると、先程の文字の下に『了解』の印が浮かぶのを確認してスイッチを切った。


「少し話しただけなのに、まんまスマホのラ〇ン画面じゃないの……ったく、全くこれだから魔法特化(チート)は」


 この魔道具(マジックアイテム)も夫が作った物だ。

 ほんの少しだけ『以前』の便利な道具を懐かしんだら「良さそうだ」と次に日には出来ていた。

 タイムレスの双方向通信魔法なんて世界初の快挙なのに、気付いているのか気付いてないのか、いや気付いているんだろうけど使い道は帰るコール位で。

 任意の文字を刻むには多少の魔力が必要なので文字数も少ないが、代わりに魔力の少ない者でも返答ができるようにと、スタンプまで用意する周到さ。

 今は文字通信のみの状態だが、そのうち通話とか、下手したらインターネットとかも開発しそうで空恐ろしい。



 ここまで、定住する気はなかったのだ。


 小さな頃は、自分を鍛えるのが楽しかった。

 魔法の先生と、魔法の概念を語り合えるのが嬉しかった。

 黒の従者(セレン)に、魔法を仕込んで実現していくのが面白かった。

 樹人(トレント)の長から、古代の英知を学べるのが幸運だった。

 第二王子(ジークフリード)の、人外な攻撃魔法を拝めるのが痛快だった。

 領や王都で、秘密裏とはいえ自分の力が振るえるのは愉悦だった。

 契約がなくなって、自由になって、箍が外れて、自重しなくなって、好きなように世界を回った。

 無事に竜王国に辿り着いて、竜王と再び拳を合わせた。

 北の国に立ち寄って、雪崩から小さな村を救った。

 東の国に立ち寄って、鉱山の落盤から鉱夫達を助けた。

 南の国に立ち寄って、嵐に沈もうとする帆船を曳航した。

 西の国に立ち寄って、火山の噴火を押し止めた。

 ただその途中で、迷子を保護したり、迷い猫を探したり、逃げ出した馬を捕獲したり、作物の収穫を手伝ったり、辻馬車の護衛のようなこともしたり、街道で襲ってくる盗賊を討伐したり、村を襲っていた魔物の巣を潰したり、地下迷路(ダンジョン)を踏破したりと、あっちフラフラーこっちフラフラーと旅を続けていた。


 が海を渡った島国で、王朝の革命のきっかけになってしまったのが拙かった。

 王妃がよく分からない大した事もない罪で断頭台にかけられようとしていたから、観覧席で見物していた王と側室に自白魔法を黒の魔法使い(セレン)に使ってもらった。

 結果はろくでもなく、王と側室は国庫が空になるほどの遊興を王妃に咎められたから、無実の罪で彼女を始末して死後に罪を被せて闇に葬ろうとしたらしい。

 「アホやなー」と思いながら王の事を無視して、王妃を断頭台から助け、体力回復薬(ポーション)飲ませて清浄魔法(クリーン)で身綺麗にしている間に、事は起こった。

 圧政を強いられていた民が怒り狂って、観覧席にいた王と側室に襲い掛かったのだ。

 勿論、警備兵や近衛騎士もいただろうが、王に対する忠誠心も擦切ってるところに怒涛の勢いの民の氾濫、対抗する術などなかった。

 無残にも惨殺された王と側妃を尻目にどさくさに紛れ、後ろ盾になっている実家の侯爵家へと王妃を送り届けた。

 こんな状況で不本意に死なれてしまっても寝覚めが悪いので、使えそうな魔道具(マジックアイテム)を押し付けるだけ押し付けて、私達は島国を後にした。

 こうして革命は成り、まだ幼い王子が元王妃と侯爵家を後ろ盾に王位についたと聞いたのは、島から出て少し経った頃だったが余計なおまけもついてきて……新しい王というか皇太后(元王妃)が、国の恩人である勇者を探していると。

 それまでバラバラだった噂話が、島国とはいえ王朝の皇太后という確かな身分からの話として、各国巻き込んで『ドレスの勇者と黒の魔法使い』という英雄譚が出来上がり吟遊詩人が歌ってさらに広めていった。

 結果、私達は身動きが取れなくなってしまったのだ。

 元々、確固たる目的などない旅路、変身魔法使ってまで誤魔化してもなぁ、と思っていたところにこの隠里の話を聞いて一時避難に身を寄せた次第で……。



 ここまで、落着く気はなかったのだ。


 『君クレ』のルートから大きく逸脱した私は、この世界においての問題児(トラブルメーカー)なのだ。

 夫を迎え結婚もして子供まで生んでいるとは、努々思わなかった。

 もう少し娘が大きくなって分別が付くようになったらまた旅に出てもいいかなー、なんて少し前まで思っていたのに、最近ではせっかくできたお友達と娘を離すもの可哀そうだな、と思ってしまっている。



 ここまで、居着く気はなかったのだ。


 ソファーに腰かけ窓の外を見ると、まだ西日には少し早い日差しと風が洗濯物を揺らしている。

 きっと今日は洗濯物はホカホカとよく乾いたことだろう、取り込まないとと思うのだが、最近時々こうして酷く睡魔に襲われることが多くなった。

 子育てに疲れているのかなーなんて言えない、夫の方がはるかにその割合が多いのだから。

 躾も基本の教育も夫の方がはるかに上手いし、娘も父親に懐いてる。

 私の場合、大雑把で場当たり的なので子供の情操教育には向いていない、が危険な事をしなければ取り立てて怒らないし、何故か怒るのは夫の役目らしい。

 だからこんなに眠くなるなんておかしいんだけど、そう思いながらもソファーの背もたれで体重を支えることができず、ズルズルと肘掛の方に体がずり落ちていく。


 どの位経ったのか、玄関の戸が静かに開く。

 この家の戸や窓には結界が施されていて、認証された親子三人にしか開けられないようになっている。

 娘は大きな声で「ただいま!」と言ってくる筈なので……。

 床を踏む静かな足音が真っ直ぐにソファーに向かって歩いてくる。

 『お帰りなさい』そう言いたいのに、眠くて動けない。

 洗濯して干していたはずのショールを体にかけられて、優しく前髪を掻き上げられると額にキスを落とされた。


「二人目をよろしくお願いしますね、奥さん」


 クスクスと喉奥で笑う声に、あーそうかーまだここに居てもいいんだー、と思いながら再び深い眠りに落ちていった。

全責任(鬼〇の呼吸法みたいだなw)これにて完了です


スープとハンバーグはよくやりますw

残り野菜とソーセージとコンソメ入れときゃーいいし

ハンバーグは摩り下ろし野菜が繋ぎに、ソースで味付けと水分に、玉ねぎ炒めないからすぐできます


お友達の名前は、セ(レン)、ド(ラ)ゴ(ン)、ジークフ(リード)からチョイスw


お相手はとりあえず不明でw 皆一応、魔法特化(チート)だしさー

頑張って文化レベルを上げてくれ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結、おめでとございます。 娘ちゃんが、とってもカワ(・∀・)イイ!! [一言] アフターストーリーで、黒の従者さん×5話だったのに、最終話でお相手確定してなかった(;´・ω・) なんか、…
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