その名はエマ
目の前にいる少女エマに生徒達は困惑していた。
目の前で父を殺された娘。
目の前にその仇がいる。
仮に、自分達に置き換えた時、果たしてどうする?
殺すところまで行きつくかは個人差があるだろうが、絶対に許しはしないだろう。
彼女には同情の余地が十分にある。
そう考えてしまったら、もう善人である生徒達には彼女と戦うことは難しくなっていた。
「あ~、思い出した、思い出した。あの時の大将か。ああ、殺った殺った」
だというのに、当のスティーグは掌で拳をぽんと叩き、コクコクと頷いた。
その仕草はまるで、道ですれ違った通行人の名前が後から分かった程度の反応でしかなかった。
あまりの軽さに唖然としたエマだったが、直ぐに立ち直り、恨みつらみを口にする。
「父が今、この国でどう言われているか知っているか。たった一人を殺す為に七万の軍勢を動かし、無残に敗北した愚将。長年カルドニアを護って来た男が、後世でずっとそう語り継がれるのだ。母は身体を壊し、今は寝たきりとなってしまった。私も軍部内では爪弾き者だ。全て、全て貴様のせいだ!!」
「ああ、そう」
スティーグの反応はどこまでも薄い。
エマはスティーグに一体どの様は反応を期待していたのか、自分でもよくわからなくなっていた。
ただただ怒りをぶちまけ続ける。
「父は! あんな死に方をするような人ではなかった。多くの人から惜しまれ、見守られながら安らかに神の元に逝かれる人だったんだ。それを全て貴様が台無しにした!!」
「あー、わかったわかった。要はお前は俺に復讐したいんだな?」
スティーグは面倒そうに、指で耳をかきながら問う。
が、エマは予想とは違う言葉を口にした。
「違う」
「あ? じゃあなんだ? 俺に墓前で花でも添えろってのか?」
「貴様は殺す。だが、これは復讐ではない。正義だ!」
「正義だぁ?」
「魔人スティーグ。不当に我が国を侵略し、多くの人々の命を奪い、我が父を殺した罪、断じて許し難し。父の名誉を回復させる為、我が誇りにかけて、貴様を断罪する!」
エマは剣を抜き放ち、スティーグに突き立てると高らかに言い放った。
スティーグはそんな毅然としたエマに向け、喉を鳴らして冷笑する。
「クッ、ククク。名誉ときたか」
「な、何が可笑しい!」
「言葉を飾るな小娘!!」
「っつ!?」
突然の怒号。
エマは虚を突かれ、思わず後ずさりしてしまった。
「お前がこれからしようとしていることは人殺しだ。俺と同じくな。それにお前さんからは憎しみ以外感じないぜ。正しい義がどこにある?」
「っち、違う!」
「違わんよ。どんな綺麗事を並べても、人殺しは人殺しだ」
「貴様と、この私が同類だとでも!?」
「別に復讐自体を否定するつもりはねーよ。親父を殺した俺が憎いから殺す。のうのうと生きている事が許せないから殺す。それでいいじゃないか。それとも、綺麗な言葉で自分を武装しないと俺を殺せないか?」
「っキ、キサマァ。キサマアアァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
エマは目の前が真っ赤に染まったかのような錯覚に襲われた。
気が付いた時には剣を持ち上げて、スティーグに斬りかかっていた。
父を殺した憎むべき仇に、自分の胸の奥にある黒い感情を見抜かれ、挙句に説教までされてしまった。
その怒りは想像するに余りある。
戦闘が始まったことで、スティーグに加勢しようとする少女達に対し、スティーグは目配りでそれを制した。
そんな一瞬の間など気が付かず、エマの剣が振るわれる。
スティーグはそれを紙一重で躱すが、エマの剣は止まらない。
憎しみをそのまま剣に宿すかのように、猛然とスティーグへと迫る。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
エマの連続剣をスティーグは全て紙一重で躱す。
剣を振りながら、エマは徐々に冷静になっていった。
スティーグが手強いのは解っていたことだ。
だが、振り続ければ剣は必ず届く。
そう信じて、エマは剣を強く握りしめた。




