世界観の崩壊
当たり前の様に返してもらえると思っているスティーグを見て、エリックは嘲笑った。
「くっく。やはり、平民よな。王子である私の言葉を無条件で信じている。実に愚かだ。だが、それでいいのだ。平民は私に従う愚かな存在であればいい」
「・・・はぁ」
「貴様がゴーゼンに勝つことができたのは、貴様の実力ではない。この剣のおかげだ。そうは思わんか?」
そんな訳はなかった。
常人であれば、剣は耐えられても、剛腕から振るわれた超重量に耐えきれず、真っ二つにされてしまっているだろう。
人格はともかく、ゴーゼンの力量は文句なしにトリプルAクラス。この国で最高クラスの実力者であることは確かだった。
エリックにはそれが解らないのだ。
「つまり、何が言いたいんだ?」
「ばぁかめ! この剣が私の手にある限り、貴様は絶対に私には勝てないということだぁ!!」
自分の勝利を確信し、エリックは手に持つ剣をスティーグに振り下ろした。
スティーグは微動だにせずにそれを見守る。
驚きのあまり、硬直してしまったのだとエリックは思った。
だが、剣はスティーグに届かなかった。
その手前でピタリと止まってしまったのだ。
「な、なんだと?」
エリックは驚いて、手に力を込めた。
しかし、剣はピクリとも動かない。
押そうが引こうがビクともしなかった。
「く。な、なんだこの剣は。くそ、くそぉ!」
「いい加減に返せよ。阿呆が」
スティーグは一人、奮闘しているエリックの手から剣を奪い返した。
言うまでもないことであるが、スティーグはエリックの言葉など一切信じていなかった。
それでも剣を渡したのは、こうなることがわかっていたからだ。
スティーグの剣はただのよく切れる剣ではない。
剣の銘はダーウィンスレイブ。
神の金属、オリハルコンから作られ、神々から渡された唯一無二の神剣である。
この剣には、スティーグの無二の親友であったマダドウムの魂が宿っている。
スティーグにのみ振るうことを許されたその剣が、主であるスティーグを害することは決してない。
「く、おのれ!」
今度は腰に差していた自分の剣をエリックは引き抜いた。
だが、ろくに訓練もしていないエリックの剣は腰がまるで入っておらず、剣の重さに振り回されて、剣筋もまるで立っていなかった。
そんな剣など、剣で受け止める価値もない。スティーグは素手でつかみ取った。
「な!」
そのまま手に力を込めて、剣を粉砕する。
あまりのことに、動転して後ずさるエリックは、小石に躓いて尻もちをついてしまった。
「ふむ。剣がなくても何とかなるもんだな」
スティーグは軽く笑った。
先ほどエリックに言われたことへの当てつけに皮肉で返す。
「ば、バカな。たかが平民ごときにこんなことができるわけがない!」
(いや、貴族でもこんなことできねーよ・・・)
見ていた騎士の一人がそんな事を思い、ツッコんだ。
スティーグは剣をエリックの鼻先に突き付けた。
わずかに鼻をかすめて、血がにじみ出る。
「は、鼻が。ち、私に血が!」
「いちいちその程度で驚くな。俺を殺そうとしたんだから、自分もそうなる覚悟くらい持ってろ」
「ふざけるな! 至高の存在である私と、命令一つで消えていく消耗品に過ぎない平民の命を、同列に扱うな。不遜にも程があるぞ!」
スティーグは一周回って少し感心した。
この期に及んでもまだ、自分の価値観を曲げないのは、ある意味大したものである。
辺りをキョロキョロ見渡しながら、エリックは叫び声を上げた。
「お前達、何をしている。さっさとこの慮外者を殺せぇーーー!!」
その声に応える騎士は一人もいなかった。
スティーグの力の前に戦意を喪失した事もあるが、卑怯な不意打ちをした挙句、今の情けないエリックの姿に、忠誠心が霞んだのだ。
何故か助けにこない騎士達に見切りをつけ、今度はスティーグに向かって喚いた。
「き、貴様は誰に剣を向けているのか解っているのか!? 私はこの国の王子だぞ。私は、王子だぁ~!!」
「・・・この際だからはっきり言うけどな。俺はお前を王子だと、王族だと認めるつもりはない」
「は?」
エリックは何を言っているのか解らず、目を丸くした。
自分は生まれながらに王子で、特別な存在なのだ。
それを平民が認めるだの何だのと。まったく意味不明だった。
スティーグは嘆息する。
そして、大股を広げて呆けているエリックの太ももに、剥いたリンゴにフォークを突き立てる様な気軽さで、剣を突き刺した。
「っっ!! ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
エリックは生まれてこの方、刃物で傷をつけられたことがない。
あまりの激痛に、痛哭を上げてのた打ち回った。
「痛い痛い痛い~~! ぐぁーーーー!!」
「喚くな。また刺されたいか?」
「ひっ!」
エリックは恐怖で息をするのも忘れて押し黙った。自分の中の価値観がぐらぐらと崩れていくのを感じていた。




