27話 セルペンス掃討戦③
アッシェとシトラスは、石造りの階段を駆け上がった。
背後――下の階から、断続的に轟音が響いてくる。
ガレットとラムートの戦闘は、すでに激しさを増しているらしい。
ひときわ大きな衝撃が走り、建物全体がびり、と震えた。
壁の隙間から石の粉がぱらぱらと降り落ちる。
「派手にやっていますね」
「ガレットらしいわ」
アッシェは足を緩めることなく答えた。
階段を上り切る。
その先には短い通路が伸び、突き当たりに一際大きな扉があった。
アッシェが足を止める。
シトラスも隣に並び、扉へ視線を向けた。
「この先ね」
アッシェは右手をかける。
重い扉が、ぎい、と低い音を立てながら開いた。
その先に広がっていたのは、会合室らしき大部屋だった。
中央には長机と、整然と並べられた椅子。
壁には、セルペンスを象徴する巨大な蛇の紋章が刻まれている。
薄暗い魔石灯に照らされた蛇の瞳だけが鈍く光り、今にも壁から這い出してきそうだった。
そして――
部屋の奥に、一人の男がいた。
長机の端に腰かけ、脚を組みながら書類に目を通している。
扉が開いたというのに、慌てた様子はない。
男は最後の一行まで読み終えると、紙を丁寧に揃え、机の上へ置いた。
それから、ようやく顔を上げる。
銀縁の眼鏡。
皺ひとつない黒いスーツ。
整えられた黒髪にはところどころ深い緑が混じり、魔石灯の光を受けて妖しく揺れていた。
「おやおや」
男は目を細める。
「これはまた、予想外のお客様ですね」
穏やかな声だった。
滑らかで聞き取りやすく、不思議と耳に残る。
柔らかな物腰とは裏腹に、気づけば心の隙間へ入り込んでくるような声色だった。
「まさか侵入者が、あなた方のようなご令嬢とは」
男は銀縁の眼鏡を指先で押し上げる。
「それに――下にはラムートさんがいたはずですが」
その言葉を待っていたかのように、階下から轟音が響いた。
ドンッ、と床が揺れる。
天井から細かな埃がぱらぱらと降り落ちた。
男はしばらく天井を見上げると、深いため息を吐いた。
「……まったく」
こめかみに指を添える。
「困ったものですね。きっと下の階はめちゃくちゃだ。修繕費がいくらかかることやら」
そこを気にするのか。
アッシェが冷ややかな視線を向ける中、男は本気で頭を抱えていた。
再び、階下から爆発音が響く。
今度は先ほどより大きい。
男の眉間に、わずかに皺が寄った。
「ホント大変なんですよ。組織を運営するというのは」
ため息交じりに愚痴をこぼす。
「何をするにもお金がかかる。一人の構成員を抱えるだけでも、食費に装備、報酬……どれだけのコストが必要になるか分かりますか?」
そこまで言ったところで、男はふと口を止めた。
「ああ……失礼」
口元へ手を添える。
「つい愚痴をこぼしてしまいました。怒るという行為ほど、非効率なものもありませんのに」
そう言って、何事もなかったかのように微笑んだ。
そのあまりにも自然な切り替わりが、かえって不気味だった。
アッシェは男を真っ直ぐに見据える。
「あなたが、幹部の一人?」
「ええ」
男は机から腰を上げた。
胸元へ片手を添え、芝居がかったほど丁寧な一礼する。
「クロイス・レイヴンと申します。セルペンスの副宰を務めております」
ゆっくりと顔を上げる。
「そして――何よりも無駄を嫌う男です」
副宰。
つまり、首領ジムグリに次ぐNo.2。
ルクサからも聞いている。
能力の詳細までは分からない。
だが、セルペンスの中でも屈指の実力者であることは間違いない。
クロイスは穏やかな笑みを浮かべたまま、二人を見回す。
「僕としては、無駄な争いは避けたいのです。戦えば怪我をするし、物だって壊れる。そうすると、さらなるお金がかかる」
軽く肩をすくめる。
「何ひとつ得がないでしょう?」
そして、まるで取引でも持ちかけるような口調で続けた。
「ですので、大人しく降伏していただけませんか?」
「…………」
「そうしていただけるのであれば、必要以上に苦しませるような真似はしないと約束しますよ」
アッシェは表情ひとつ変えなかった。
「奇遇ね。私も無駄は嫌いなの」
アッシェの声が、冷たく響く。
「だから、簡潔に答えるわ」
視線が鋭くクロイスを射抜いた。
「あなたたちは、ここで潰す」
「……そうですか」
わずかな沈黙。
クロイスは何度か瞬きをすると、静かに眼鏡を押し上げた。
そして、にこりと笑う。
「では、さっさと死んでください」
ぞわり。
その瞬間、クロイスの身体から、青黒い魔力が噴き上がった。
部屋の空気が一変する。
先ほどまで漂っていた柔和な雰囲気が消え、息苦しいほどの圧が室内を満たしていった。
「アッシェ」
それまで黙って様子を見ていたシトラスが、一歩前へ出る。
「ここは私が」
柔らかな微笑は崩れていない。
それでも、その一歩だけで十分だった。
――この男は自分が引き受ける。
シトラスの意思は、言葉にせずとも伝わってくる。
アッシェは彼女を一瞥した。
この奥にいるのは、おそらく首領ジムグリ。
ここで二人とも足を止める必要はない。
「任せるわ、シト」
「はい。アッシェもお気をつけて」
短いやり取りを交わし、アッシェはシトラスの横を通り過ぎる。
その瞬間、右手に、白銀の紋様が淡く浮かび上がった。
微かな光が指先から零れ、シトラスの背へそっと触れる。
光はそのまま衣服の下へ染み込むように消えた。
アッシェは足を止めることなく、部屋の奥にある扉へ向かう。
クロイスが妨害に動く。
そう考えていた。
だが――
「…………」
クロイスは動かなかった。
銀縁の眼鏡の奥から、ただ静かにアッシェを見送っている。
アッシェも振り返らない。
扉へ手をかけ、そのまま奥へと姿を消した。
重い扉が閉じる。
――ゴトン。
部屋に残されたのは、シトラスとクロイスだけ。
しばしの静寂。
先に口を開いたのは、シトラスだった。
「ずいぶん、あっさり通してくださるのですね」
優雅に首を傾げる。
「ええ。僕は荒事が得意ではありませんので」
クロイスは肩をすくめた。
「得体の知れないお嬢さんを二人同時に相手取るなんて、非合理的でしょう?」
あまりにも当然のことを語るような口調だった。
クロイスは、アッシェが消えた扉へ視線を向ける。
「それに――彼女がボスのもとへ向かうというなら、なおさら止める必要はありません」「どういう意味ですか?」「言葉通りですよ」
クロイスは、くすりと笑った。
銀縁の眼鏡の奥で、瞳が細くなる。
「ボスは残酷な方です。そして何より――恐ろしく強い。ですから、彼女が生きて戻ってくることはないでしょう」
「なるほど」
シトラスは相変わらず穏やかに微笑んでいた。
驚きもない。不安もない。
アッシェの身を案じている様子すらなかった。
その反応に、クロイスの眉がわずかに動く。
「……ずいぶんと信頼しているのですね」
「ええ」
シトラスは即答した。
「アッシェですから」
それだけだった。
だが、その言葉には一片の疑いもなかった。
勝つと信じている。
クロイスはしばらく彼女を見つめ――やがて、小さく息を吐いた。
「そうですか。もっとも――」
青黒い魔力が、クロイスの足元から立ち昇る。
「帰れないという点では、あなたも同じですが」
クロイスの背後に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
幾重にも重なる円。
その内側では、歯車を思わせる無数の紋様が互い違いに回転している。
ギギギ――
空間そのものが軋む。
青黒い魔力が渦を巻き、部屋の空気が急激に重くなった。
「召喚魔法――」
クロイスが片手を掲げる。
「『効率の聖霊』」
魔法陣の中心に、黒い影が滲んだ。
最初は染みのように小さかったそれが、みるみる膨れ上がっていく。
やがて――影の中から、一つの人影が姿を現した。
人の形をしている。
だが、人間ではない。
異様に長い四肢に、骨ばったように細い漆黒の身体。
顔にあるべき目も、鼻も、口も存在しない。
その代わりに嵌め込まれているのは――白い時計盤だった。
中央から伸びた細い針が、十二の位置を指している。
身体の周囲には青黒い魔力がまとわりつき、煙のようにゆらゆらと揺れていた。
――かちり。
静かな部屋に、時計の音が響いた。
針が一つ進む。
シトラスの瞳が、わずかに細められた。
「召喚士だったのですね」「ええ」
クロイスは満足そうに微笑む。
召喚魔法。
契約を交わした存在を呼び出し、術者の意のままに使役する魔法。
契約対象は多岐に渡る。
人間、獣、魔物、聖霊。
そして時には、人の理を外れた異形すらも。
クロイスは、背後に佇む聖霊を見上げた。
その表情には、どこか誇らしげな色が浮かんでいる。
「ご覧の通り、僕自身にはまったく戦闘能力がありません。剣も扱えなければ、殴り合いなんて真っ平ごめんです」
そこで一度、言葉を区切る。
「だからこそ、召喚魔法は僕にぴったりなんですよ。自分にできないことを魔法で実現する。なんて合理的なことか」
「そうですか」
シトラスは、青黒い聖霊へ視線を向ける。
こうした聖霊は、それぞれ特有の能力を持っている。
特徴的な外見は、顔に嵌め込まれた時計盤。
その姿から真っ先に思い浮かぶのは、時間に関わる能力だった。
もっとも、外見だけで能力を決めつけるのは早計だろう。
実際に動きを見なければ、正体までは分からない。
そんなシトラスの様子を見て、クロイスは眼鏡を押し上げた。
「残念ですが、あなたに勝ち目はありませんよ。さて、どうされますか?」
「そうですね」
シトラスは頬に人差し指を添え、わずかに首を傾げる。
その顔には、相変わらず柔らかな微笑が浮かんでいた。
「まずは、様子を見させていただきましょうか」
「……まあ、いいでしょう」
クロイスが小さく息を吐く。
そして、片手を上げた。
「――やってください」
その瞬間。
聖霊の姿が消えた。
「――っ」
シトラスの瞳が見開かれる。
速い。
そう認識する暇すらなかった。
次に視界へ映った時には、聖霊はすでに目の前にいた。
先ほどまで確かに、クロイスの背後にいたはずだ。
それなのに――足音がない。
床を蹴った形跡もない。
風を切る音も、気配の揺らぎすらなかった。
まるで、そこへ至るまでの過程だけが、綺麗に抜け落ちている。
聖霊の拳が振るわれた。
直後、シトラスの身体を白銀の光が包み込む。
ドォンッ!!
重い衝撃が弾けた。
シトラスを覆う防御結界が、聖霊の拳を受け止める。
だが、衝撃までは殺し切れない。
シトラスの身体が大きく後方へ吹き飛ばされた。
長机を巻き込み、椅子を跳ね飛ばし、そのまま部屋の端まで押し込まれる。
そして、背中から石壁へ叩きつけられた。
轟音が部屋中に響く。
石壁に亀裂が走り、砕けた石片が床に散らばった。
「どうです?」
クロイスの声が響く。
そこに勝ち誇った様子はない。
まるで当然の結果を説明するように、淡々としていた。
「僕の聖霊は、あらゆる無駄を省きます」
クロイスが人差し指を立てる。
「移動に必要な時間」
二本目。
「攻撃に移るまでの予備動作」
そして三本目。
「相手へ攻撃が届くまでの過程」
最後に、すべての指を閉じた。
「それらを、すべてを省略する」
クロイスは崩れた壁へ視線を向ける。
「残るのは――『そこへ移動した』『攻撃が命中した』という結果だけです」
瓦礫が、からりと崩れた。
その奥から、シトラスがゆっくりと身体を起こす。
「……なるほど。面白い聖霊ですね」
その身体に傷はない。
シトラスの周囲には、白銀の薄い膜が残っていた。
アッシェがこの部屋を去る直前、密かに施していた――『守りの刻印』。
その防御結界が、今の一撃からシトラスを守ったのだ。
だが、ぴしり、と白銀の膜に亀裂が走った。
一本だった亀裂が瞬く間に枝分かれし、結界全体へ広がっていく。
白銀の紋様が役目を終えたように淡く揺らぎ、やがて無数の光の粒となって消えていった。
クロイスはその様子を眺め、感心したように目を細める。
「おや。少しはやるようですね」
「アッシェに、助けられてしまいましたね」
シトラスは何事もなかったかのように立ち上がった。
スカートについた埃を、ぱん、ぱん、と丁寧に払い落とす。
「ですが、その守りも今ので消えたようですね」
口元が、ゆっくりと歪んだ。
柔らかな表情は変わらない。
それなのに、その笑みには先ほどまでなかった嗜虐的な色が滲んでいた。
「はい。これでもう、攻撃を防ぐ手段はありません」
シトラスは困ったように頬へ手を添えた。
「本当に困りましたね」
口ではそう言いながら、その声にも表情にも焦りなど微塵もない。
むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見えた。
クロイスの眉が、わずかに寄った。
妙だ。
先ほどの一撃を受けた以上、聖霊がどれほど危険な存在なのか理解しているはず。
防御結界も、すでに消えた。
それなのに――なぜ、これほど余裕でいられる?
「……随分と余裕ですね」
「そう見えますか?」
「ええ。虚勢でなければ大したものです」
クロイスは眼鏡を指先で押し上げた。
「最後の慈悲を差し上げましょう。今すぐ降伏し、許しを乞うのであれば、多少の温情はお約束しますよ」
そこで、にこりと笑う。
「まあ――多少は苦しんでいただきますが」
「あら」
シトラスの瞳が、わずかに細められた。
「何か勘違いをされているようですね」
「勘違い?」
「ええ」
ふわり、と。
シトラスの身体から、淡い金色の魔力が広がった。
「許しを乞わなければならないのは――あなたの方ですよ」
次の瞬間。
パリンッ――!
背後の窓硝子が、激しい音を立てて砕け散った。
「……?」
クロイスが振り返る。
割れた硝子片が床へ降り注ぐ中、一つの影が窓から部屋へ飛び込んできた。
長身の男だった。
無精髭。粗野な服装。鍛え上げられた体躯。
腰には、使い込まれた一本の刀。
その姿を認めた瞬間、クロイスの目が見開かれる。
「……ルクサさん!?」
現れたのは――元傭兵ルクサ・ラッセだった。
セルペンスの実働部隊を率いる男。
荒事においては、クロイスもその腕を高く評価している。
思わぬ援軍の登場に、クロイスの表情からわずかに緊張が抜けた。
「驚かせないでくださいよ。窓を破壊したのはいただけませんが……」
砕けた窓を一瞥して、ため息を吐く。
「修繕費は後で請求するとして、ちょうどいいところに来てくれました。手伝っていただけますか?」
だが、ルクサは答えなかった。
「……ルクサさん?」
反応はない。
虚ろな目で前を見据えたまま、ゆっくり歩き出す。
一歩。
また一歩。
そして――クロイスの前を通り過ぎた。
「……?」
そのままシトラスの前まで進む。
くるりと身体の向きを変え、彼女を庇うように立った。
右手が、腰の刀へ伸びる。
クロイスの表情から笑みが消えた。
「……何をしているのですか?」
返事はない。
ルクサの瞳には、意思の光がなかった。
かつて戦場を渡り歩いた傭兵とは思えないほど無機質な目で、ただクロイスだけを見据えている。
「不思議ですか?」
ルクサの背後から、柔らかな声がした。
シトラスが微笑んでいる。
優雅で、穏やかな笑み。
だが今のクロイスには、それが先ほどまでとはまるで違って見えた。
「なぜ、彼が私の前に立っているのか」
「…………」
クロイスはルクサを凝視する。
そして――気づいた。
身体を覆うように、淡い金色の魔力が漂っている。
シトラスから放たれているものと、同じ色。
「これは……」
眼鏡の奥の瞳が細くなる。
「まさか、魔法で操っているのですか?」
「ご明察です」
ぱち、ぱち。
シトラスは、褒美でも与えるように小さな拍手した。
「…………」
クロイスの表情から、先ほどまでの余裕が消える。
ルクサは今日、商人への襲撃に向かっていたはずだ。
それが今、敵に操られた状態で目の前にいる。
ならば、襲撃は失敗した可能性が高い。
だが、なぜこのアジトの場所まで知られている?
そもそも、どこから組織の情報が漏れた?
ルクサが捕らえられたからか。
いくつもの疑問が、クロイスの頭を駆け巡る。
「偶然だと思いますか?」
まるで、その思考を見透かしたのようにシトラスが微笑んだ。
「突如現れた侵入者。そして、本来ここにいるはずのない仲間の存在」
金色の瞳が、わずかに細められる。
「残念ですが――すべて、私たちの手の内だったということです」
クロイスは答えなかった。
ただ、銀縁の眼鏡を静かに押し上げる。
それから、警戒度を一気に引き上げる。
目の前の女は、ただの侵入者ではない。
そして――ルクサも侮れない。
元傭兵である彼の実力は、クロイス自身もよく知っている。
あの剣速と反応速度ならば、聖霊の攻撃にも対応する可能性がある。
そんなクロイスへ、シトラスが問いかけた。
「先ほど、私に勝ち目はないとおっしゃいましたね?」
柔らかな声だった。しかし、その響きには相手を押さえつけるような、有無を言わせぬ圧があった。
「まだ、そう思われますか?」
しばしの沈黙。
やがて、クロイスは小さく息を吐いた。
「……まったく」
そして、薄く笑う。
「厄介なことになりましたね。ルクサさんを失い、襲撃まで失敗していたとなれば……随分と大きな損失です」
眼鏡の奥の瞳が、冷たく細められる。
「ボスも、さぞお怒りになるでしょうね」
部屋の空気が、重く張り詰めた。
クロイスの背後で、時計の顔を持つ聖霊がゆらりと身構える。
異様に長い四肢が静かに動く。
――かちり。
仮面の文字盤で、針が一つ進んだ。
それに呼応するように、ルクサも腰を落とした。
虚ろな瞳に、意思の光はない。
だが、意思を奪われたからといって、積み重ねてきた技術まで失われるわけではない。
ルクサの全身を、淡い魔力が包み込む。
身体強化魔法。
筋力、反応速度、瞬発力。
戦闘に必要な身体能力が、一気に引き上げられていく。
右手が、静かに刀の柄へ添えられた。
隙のない抜刀の構え。
余計な力は一切入っていない。
――かちり。
再び、聖霊の時計盤が針を進める。
次の瞬間、聖霊の姿が消えた。
踏み込みはない。加速もない。
距離を詰めるための動作そのものが存在しない。
気づいた時には――
聖霊はすでに、ルクサの懐にいた。
拳が振るわれる。
だが――。
ほぼ同時に、ルクサの刀が鞘を走った。
閃光のような一閃。
過程そのものを捨て去った聖霊の拳。
幾多の死線を越え、極限まで研ぎ澄まされたルクサの刃。
異なる二つの力が、会合室の中央で正面から激突する。
ギィンッ――!!
甲高い衝突音が炸裂した。
火花が弾け、部屋中に金属音が響き渡った。




