犬前さん5
犬前さんはポタージュを作る。
米を研ぐ、野菜を切る、肉や魚を焼く、以外にできることが、このポタージュを作ることだけだ。
子供の頃の犬前さんは野菜が嫌いだった。
特にピーマンとか人参とかキノコ類とか、とにかく野菜が嫌いすぎて白米だけ食べてごちそうさまを言ってはよく怒られた。
キャベツの千切りはいける。レタスもまあまあ。
そんな息子の趣向を把握している母が毎日つくってくれたのが、このポタージュだった。
「このスープ、毎日色が変わるね」と言った犬前さんに「毎日同じ色より楽しいでしょ?」と母は言った。
赤、白、茶色、緑、と日替わりで色が変わるスープが犬前さんは大好きだった。
今考えるとなんてことはない。野菜の色がそのままスープに出ていたのだ。
赤は人参、白はじゃがいもとか筍、茶色はごぼうかキノコ類、緑はそら豆か緑黄色野菜。
どれも玉葱と合わせてしっかり煮込み、ミキサーにかけた後に牛乳を入れ、コンソメと塩で味付けをする。冷蔵庫にあればバターも少々追加する。
それだけで野菜たっぷりのポタージュに変身する。
食欲がなくても、体調が少し悪くても、疲れて何もしたくないときでも、冷凍庫に保存してあるポタージュをレンジでチンすればお腹が満たされる。
そうすると、もう少し頑張ろう、と思えるのだ。
これは、犬前さんが人間だった頃、最初の就職が決まった時に母が教えてくれた唯一の料理だった。
「暇な時に大量に作って、冷凍庫に保存しておきなさい」と言いながら。
食事は未来の自分を作るものだから、疎かにしてはいけない、と誰かが言っていた。
食生活を疎かにすると、未来の自分が体調を崩す。そうすると医療費がかかり自分も苦しい。だったらその前に、ちゃんとした食事を摂るほうが合理的だ。特に野菜はしっかりと摂るように、と。
犬前さんはいい年齢になったけれど、やっぱり人参はそのまま食べたくないし食べられない。なのに、ポタージュにするとするする飲める。
ポタージュを作っていて特に良いのは、食材をミキサーでがぁーと撹拌していると、嫌いなものが壊れていくのが気持ちが良いのだ。嫌なものを退治した気分になる。
自分の手で退治したのだから、ポタージュを飲むと勝った気分になる。とても良い。
小さな勝利の祝杯だ。
今日は、人参とニラを退治した。一週間分のポタージュが冷凍庫に入っている。
お椀に大量に注いだポタージュをずずっとすすり上げる。
よし、今日も勝った。明日も頑張ろう、と思う。




