02話「ファスト-突破口②」
ガヤガヤガヤ
草原地帯へ出る門へ向かう何時もの道を歩いていると活気のある一角があるのに気がついた。
いままでレベル1で直ぐに草原地帯へ戻っていたから分からなかったがマーケット(個人商店の集まり)がそこにあった。
『いらっしゃいませー』
『そこのお姉さん、コレどうですかぁ』
『どこよりも安い物を取り揃えているよー』
声を張り上げて個人商店を出している生産職プレイヤー達で賑わっている。
チラホラとその場で何かを仕上げているプレイヤーも居るくらいだ。
「少し寄ってみるか」
足をマーケットの方へ向ける。
冒険には必要ない雑貨類から武器や防具などが売っている。
ピタッ
俺の目に止まったのは今後買う予定である絹糸のリール(しかも鉄製)であった。
『お客さん、どの武器に目が止まったのかしら?』
店主は女性のプレイヤーである。この店は様々な武器を取り扱う店のようだ。
「いや、なんでもない」
そう言って俺は足を動かす。
販売価格は1,500Gと手持ちでは買えない金額だ。しかもこのゲームには罠が多数存在する。
NPCショップと個人商店での違いは金額に差があるだけではなく装備品の詳細が分かるかどうかも変わってくる。
NPCショップでは装備品を買う前でも装備品の詳細が見れる。名前、レア度、攻撃力、防御力、耐久値、付与効果、説明文等だ。
だが、個人商店の場合ソレが分からない。それが醍醐味だと思うプレイヤーも中にはいるが信用できない以上安易には手は出せない。
俺自身武器の名前が分からない。展示品の名前は鉄製絹糸のリールと書かれているが麻糸のリールを絹糸と偽っているかもしれない。
ボンッ
『また失敗』
奥の方へ歩いているとその場ですり鉢やら理科室にありそうな実験器具を広げた少女が座っていた。
数は少ないがどうやらポーションを取り扱っている店のようだ。
種類も初級体力回復ポーションか初級魔力回復ポーションと少ない。
『なんで失敗するんだろう』
少女は首を傾げながらインベントリから薬草類を取り出してすり鉢で潰していく。
ゴリゴリ
クチャクチャ
薬草の水分が出てすり鉢の中がグチャグチャとなる。
そこで沸騰していたビーカーに投入。
あっという間に熱湯の色が真緑色に変化。
ボンッ
なんと小爆発が発生してビーカーの中身が吹き飛んだ。
『またかぁ・・・あれ?お客さん??』
そこで俺がズッと見ていたことに気がつき少女が訪ねてきた。
「お前、色々手順を間違えてるぞ?」
『どこが?』
「全部だ。使っている薬草もごちゃごちゃ、すり鉢に入れる時の状態は乾燥した状態のもの、お湯の温度は60度位、完成時の色は淡いグリーンだ」
『え?え?』
俺が手順をいうと少女は理解が追いつかないのか首を傾げるばかり。
「まず、インベントリから薬草類は取り出して乾燥するのを待て」
『ん』
「魔法使いなら風魔法か火の魔法で乾燥できるんじゃないか?」
少女の格好からして初期装備のローブの服装に傍らには木の杖があるから魔法使いと判断。
『わかった』
フォオオ
少女は薬草類を纏めて風魔法で乾燥させようとする。
「それだと吹き飛ぶだろ。あと風が強すぎだ弱めろ」
『弱める?』
「魔力操作くらい持ってるだろ?」
『魔力操作?』
「持っていないのか?」
『ん』
「なら、自然に乾燥を待つしかない」
『・・・・』
「・・・・」
5分くらいで薬草類が萎びてきた。
乾燥が始まっている証拠だ。
『まだ?』
「まだだ。注視でどんな状態か分かるだろ」
『注視?観察ではなくて』
マジか、調薬師のくせに観察で止まっているのか。
「アンタ、掲示板読んでるか?」
『読んでない』
「そこに全部書いてある」
『分かった』
少女はウインドを開いて掲示板を見始める。
時折フムフムと唸っている所をみると理解しているようだ。
『だいたい分かった。私に足りないものはスキルや経験、知識だった』
「乾燥は終わっている様だ」
『実践』
少女はゴソッと薬草類を掴んですり鉢に入れようとする。
まてまて
「それだと失敗するぞ」
『なぜ?』
「薬草類をゴチャ混ぜにして出来る訳じゃないだろ」
『みんな一緒』
「俺が見てた限り3種類の薬草類だったぞ」
ヨクナール草、フエール草、シャッキリ草の3種類だ。
「明らかに色が違う薬草が入ってるぞ」
『乾燥してて一緒に見える』
「乾燥する前に仕分けとけ」
『やり方が分からない』
「コレ(乾燥した物)は俺が分けておくから、お前は乾燥していない薬草をだして見比べてみろ」
『分かった』
ササッと3種類に仕分ける。
「こっちからヨクナール草、フエール草、シャッキリ草だ。回復ポーションならヨクナール草を使え」
『やっぱり分からない』
乾燥前の薬草類を見て首を傾げる。
「この緑色の葉がヨクナール草。薄緑色がシャッキリ草。ヨクナール草に比べて葉のギザギザが1つ多いのがフエール草だ」
『ふーむ』
俺の説明と照らし合わせて何とか覚えようとしているようだ。
『ヨクナール草とフエール草の見分け方が難しい』
「慣れろ。または鑑定が手に入るまで熟練度をあげろ」
『ぐぅ』
少女は涙目になりならが手を動かす。
『ふぅん、アタシにも全く見分けられないわぁ♥』
隣から女言葉で低い声が届いた。
ギョッ
そこには筋肉質の男がクネクネと腰を振りながらコチラを見ていたからギョッとした。
「聞いていたのか?」
『あら、気に障ったかしら~ごめんなさいねぇ。でも熱心に教えているお兄さんが悪いのよぅ』
うっ
その動きを止めてもらいたい。
『普通、他人にホイホイと教えるなんて簡単に出来ないわぁ』
ボンッ
『また・・・』
「熱湯に入れたんだろ、熱湯の温度は100度だ。気泡が出てき始めた頃が60度と聞いた事がある」
『なる』
『ホラねぇ。お兄さんって態度や見た目と違って優しいのね』
「ふんっ」
『ツンツンしちゃってぇ。でも助かったわぁ。この子に助言したくても出来なかったからねぇ。もし良かったら安くしておくわぁ』
チラッとオカマ男の露天を見ると服がズラリと並ぶ。
今の手持ちじゃ手の届かない金額の服ばかりである。
【観察】
【150/150】
【175/175】
【200/200】
【210/210】
服の耐久値が浮かび上がり上物だということがすぐに理解できる。
俺が買う予定の絹の服の耐久値は100/100である。
恐らく何処かのモンスターからドロップする素材を使って作り上げているのであろう。
「払える金額は持っていない」
『うふふ、なら、初回サービスでコレをあげるわぁ』
≪ラブリン・ミカからトレードの申請がありました。許可しますか?≫
ラブリン・ミカと言うのか。
YES
自分と相手の取引画面が立ち上がる。
ポンッ
相手の取引枠に服とズボンと靴が入ってきた。
『初心者装備なら絹くらいは持っておかなくちゃね♥』
パチンと気持ち悪いウィンクは無視して承諾ボダンを押すと俺のインベントリ内に絹の服と絹のズボンに靴が手に入った。
思わぬ収穫だ。
早速絹の服と靴を装備する。
【ステータス】
名前:アオイ
種族:ヒューマン
レベル:5
職業①:糸使い(Lv3)
職業②:裁縫師(Lv1)
SP:1
体力:200/200
魔力:92/92
攻撃力:18(+6)
防御力:14(+7)
状態:健康
称号:なし
ランク:G-
【装備】
頭:なし
体:絹の服(+2)
腰:絹のズボン(+2)
足:革靴(+3)
背中:なし
右手:麻糸のリール(鋭角)(+6)
左手:なし
新たな装備で防御面が少しあがる。
『うふふ、少しは様になったじゃない』
「助かった。俺はアオイだ」
『アタシはラブリン・ミカよ。宜しくねぇ』
クィクィ
「ん?」
服の端を引っ張られる感覚で視線を向けると調合に没頭していた少女が俺を見ていた。
『イロハ。コレあげる』
イロハと名乗る少女から出来たばかりの初級体力回復ポーションを5本程渡してきた。
「いや、商品なんだろ?」
「アナタのお陰・・・だから」
「あらぁ、貰っておきなさいよ。お姫さまからのプレゼントなんだし」
「お姫さま?」
「うふふ、こっちの話よぉ」
「有り難く貰っておく」
≪イロハからトレードの申請がありました。許可しますか?≫
イロハから初級体力回復ポーションを5本貰う。
「薬草なくなった、また集めに行かないと」
個人商店を畳み始めるイロハ。
「うふふ、行ってらっしゃい。アタシはここにいるわぁ」
「俺もこれで」
俺はマーケットを離れ森へと向かう。
ザクッ
「ふむ」
行く途中でラビットに対し30m離れたノンターゲッティング攻撃を試すもロックオンされていない敵だと命中率が下がる。
しかし攻撃さえ当たらなければラビットにも攻撃された事にならない為気にせず跳ね回っている。
「もう少し上を狙うか」
ラビットに向けて真っ直ぐに放った鋭角だったが途中で失速して手前に落ちたのだから、角度的にラビットの頭上を通り過ぎる感じで放つ。
ザシュッ
ピィイイ
バリィイン
クリティカルヒットと飛距離ボーナスが付き一撃でラビットは消滅する。
やはり攻撃力×2.0(クリティカル)×2.0(飛距離)倍は良い。
クリティカルヒットになる確率もかなりある。
クリティカルヒットの条件としてモンスターの意識外から外れた攻撃が当たれば発動すると検証掲示板で上がっていた。
俺の長距離攻撃で条件が揃っているのでクリティカルと飛距離ボーナスが発動するようだ。
糸使いの時代がやって来た。
ただしノンターゲッティング攻撃が当たらなければならない。練習あるのみだ。
幾度かラビットに相手に練習を繰り返して森の中へと突入する。
パチッ
薬草の形を覚えた俺は注視せずとも何の薬草なのか認識しつつインベントリへと放り込みながら森の中を徘徊する。
ギギッ
木々の間からゴブリンの姿がチラッと見え武器を構える。
足音を立てずにそっと距離を詰める。
モンスター自身にも音を認識する事が可能でだいたい30m圏内の音なら拾える。動物系だったらもっと広い範囲の音を拾っていると掲示板には書かれていた。
もちろん音によってモンスターが接敵を勘付かれていればクリティカルヒットはでない。
ザシュッ
ギィイイイ
一撃でゴブリンの体力を3分の2まで減らす。
クリティカルヒットは出たが火力不足は否めない。
こちらを振り向き駆け寄ろうとしたが素早く巻き終わった二撃目で消滅させる。
ザクッ
っつ!?
ギギギャ
錆びた短剣を持ち歪んだ笑顔をこちらに向けていた。
「クッ」
≪流血(小)≫
一撃、二撃、三撃
バリィン
何度か攻撃を貰ったがゴブリンを倒せた。
グビッ
イロハから貰った初級体力回復ポーションを2本消費して全回復する。
ビビッ
背中からピリっとした痛みが発せられた。
「ステータス」
【ステータス】
名前:アオイ
種族:ヒューマン
レベル:5
職業①:糸使い(Lv3)
職業②:裁縫師(Lv1)
SP:1
体力:198/200
魔力:92/92
攻撃力:18(+6)
防御力:14(+7)
状態:流血(小)
称号:なし
ランク:G-
先ほどの攻撃で流血状態になってしまったらしい。
異常状態は回復ポーションでは治らない。
・流血(小)
10分に1度総体力の2%ダメージ。
回復するには流血回復ポーション。教会に行く。異常状態回復魔法の3つとなる。
フィールド上に希に出現する回復の泉があれば回復可能だが期待しないでおくように。
ピリッ
「教会に行くか」
このままの状態だと無駄に体力を減らすし戦闘に支障が出てしまう。
帰る途中で見かける薬草類を採取する。
「きゃっ」
小さな悲鳴が左の方から聞こえてきた。
視線をそちらに向けるとイロハがゴブリン2匹に挟撃されている所だった。
「ウィンド」
ドンッ
「キャッ」
イロハが魔法を発動しようとしたがゴブリンに邪魔をされて魔法が発動できない。
どうやら魔法使いの近接戦闘を知らないようだ。
ヒュオッ
本当はPTを組んでいない以上、横入りは良しとされていないが顔見知りだしな。
ゴブリンの1匹はイロハに気を取られていて周りの音も気にしていないし大胆に接近して背後から一撃。
クリティカルで体力を大幅に削り二撃目で消滅させる。
残った1匹が警戒をして俺を認識した。
ギギャギャッ
「魔法の発動準備、俺が注意を引く」
「分かった」
「糸拘束術一式」
ヒュルルルッ
ドテッ
ゴブリンの両足に糸が絡まり地面に転ぶ。
1・・2
プチチッ
糸は2秒で引きちぎられてゴブリンが立ち上がる。
「ファイアーボール」
ドォン
ゴブリンの背中に火の魔法が当たり体力を削る。
注意がイロハに向いた所でガラ空きの背中に二撃目を与えて消滅させる。
この場合のドロップアイテムや経験値は最初に攻撃を行っていたプレイヤーに権利がある。
ただし、パワーレベリング防止の為に余りにもレベル差がある場合は無効となり権利が消え去る。
だから助ける場合には相手と自分のレベル差も考えて行動しなければ相手にも迷惑となることが多い。
そのレベルを見るには鑑定スキルが必要だが生産職以外のプレイヤーがとっている訳じゃないため大体は見捨てるらしい。
「大丈夫か?」
「ングング、ありがとう」
体力回復ポーションを飲んでイロハは回復していた。
「どうして?」
「顔見知りだったしな」
「そっか・・・糸使い?」
「まぁな」
「不遇職」
「ほっとけ」
「わかった」
「じゃ、俺は帰る」
「背中」
イロハは俺の背中から継続ダメージエフェクトを見て呟く。
「流血の異常状態中なんだ、教会に向かう所だったんだ」
「それなら」
イロハがインベントリから1つのポーションを取り出した。
「これで異常状態回復できる」
「は?」
麻痺や毒ならいざ知らず流血の異常状態回復ポーションの調合は未だに発見されていない筈なんだが・・・
疑問に思いつつトレードでポーションを貰ってみる。
・流血の回復ポーション(小)
流血(小)の異常状態を回復することができる。
ランク:クリエイト
品質:2
CT:10s
「これ」
「いいから」
ングング
ポーションを飲んでステータスを開くと回復した事が分かる。
【ステータス】
名前:アオイ
種族:ヒューマン
レベル:5
職業①:糸使い(Lv3)
職業②:裁縫師(Lv1)
SP:1
体力:198/200
魔力:70/70
攻撃力:10(+6)
防御力:10(+7)
状態:健康
称号:なし
ランク:G-
「助かった」
「お互い様」
「どうやって作ったんだ?」
「たまたま、出来た。私にも分からない」
「俺が助言する前か?」
「ん」
つまりゴチャ混ぜのやり方もへったくれもないあのやり方で条件が一致する時に出来上がったのか。
「街に戻る?」
「いや、もどる理由が無くなった」
「なら、PTを組んで」
「え?」
「いままでミカに組んでもらっていた。今日がソロ始めて。全然動きが分からなかった」
ミカというとあのオカマか?
「俺、不遇職なんだぞ?」
「気にしない。私はちゃんとアオイの動きを見てた。信用に値する」
「そっか・・・なら少しの間だけ組もう」
≪イロハからPT申請が送られてきました。受諾しますか?≫
YES
≪イロハのPTに加わりました≫
「分配方法はどうする?」
「均等」
「わかった」
こういった野良同士のPTではドロップ品などの分配では均等が一番である。特定の職業にアイテムが流れる設定もできるが互いに了承した上でないと口論の元になる。
1時間ほど薬草狩りとゴブリン狩りをした。
「薬草類いっぱい」
「良かったな」
手分けして薬草類を手に入れたことで効率は2倍。
戦闘時も2人いれば楽に倒せた。
魔法使いの難点といえる魔力枯渇はイロハが調薬師という事もあり
初心者魔力回復ポーションで補っていた。
そこまで連戦という訳でもなかったのが幸いしている。
「作れるのは体力と魔力だけか?」
「ん」
「なら、こっちのヨクナール草とフエール草と同数でシャッキリ草、カイドーク草、シビレナーイ草を交換するか。俺は薬草類が欲しいだけだからな」
「わかった」
トレードを済ませて俺達は帰路に着く事にした。
『ゴブリンの耳が32個、カイドーク草は31枚、シビレナーイ草は21枚、フエール草は4枚の合計55枚なのでゴブリン討伐は6回分と薬草類納品は5回分なので800Gとなります』
「分配して400Gか」
「体力と魔力分は貰ったから更にその半分でいい」
「いいのか?」
「ん」
「わかった」
俺には600G、イロハには200Gの分配となった。
「じゃ、頑張れよ」
「ん、分かった」
俺達は一旦PTを解散する。
俺はここでログアウトして就寝する為だ。
お疲れ様でした。