4:影狼
この作品はフィクションです。
実際の世界情勢とは何ら関係ございません。
「こちらでしたか、ミハイル大尉」
「おう。ここにいたよお」
俺、ミハイル・リウは後ろのドアを開けて入ってきた部下に手を振って答える。俺は真正面の画面を見たまま、背中向けっぱなしだけど、まあいいだろう。いつものことだし、部下の中に今更気にする奴もいないだろ。
「何を見てらっしゃるので?」
「決まってるだろ? お前が必死に持ち帰ってきてくれた記録映像だよ」
俺がそう言って指さした映像の中で、黒いLBがエネルギー弾をバリアで真正面から弾き飛ばしていた。
「申し訳ありません。突入までさせていただいて、持ち帰れたのはこんな映像ばかりで……ッ! それに、ヨハンとそのLBまで失って……ッ!」
「いやいや何言っちゃってんのお。情報ってのは大事だよ。シードル、お前さんがやぶれかぶれに突っ込んで帰ってこなかったら、この新型がどんなバケモノかも分かんないまんまだったんだからよ」
「ありがとうございます!」
こんくらいで勢いよく頭下げちゃって真面目だねえ。しっかしこの新型、見れば見るほど戦いたくなくなるわあ。
バリアを全身に張って、しかもそれだけでこっちの射撃を防いで無傷とか。艦船や都市外壁以上のバリアをLBで張れるとか、どんな出力おばけだっての。
おまけに見た目もキモいし。環太連の使う虫けら面は前々からキモいキモいと思ってるが、コイツは輪をかけてキモい。真っ黒で脚までバッタ風味とか、ほとんど立ち上がった害虫だろうが。この新型を設計したヤツは、頭に虫がわいてたんじゃないかねえ。間違いなく。
まあキモい見た目はともかく、問題なのはこっちの射撃がまるで通じないバリアを平然と張り続けてる出力と容量だ。
このことだけでも、見た目そのまんまのバケモノスペックなのは分かる。
いやマジでこの情報は、シードルが戻って来てくれなきゃ手に入らなかったわけでね。マジでヨハン撃墜のあとで仇討ちだとかと特攻とかせず、戻ってきてくれてよかったわあ。土壇場で冷静に的確な判断ができる部下は貴重だしね。
「あーもー正直さ、言っていい? この新型の黒いやつと真正面切って戦うのは俺はごめんだわ」
イヤだねイヤだねえ。できることなら今すぐにでもケツまくって帰りたいもん。警告みたいに耳のゾクゾクが止まんないし。そうでなくてもヨハンの犠牲の上にまた別の部下の犠牲を重ねんの? やなこったいよ。
「しかし、司令部からは何としてもアレを拿捕せよとのご命令ですが……」
そうなんだよなあ……お上の命令とあらばやらなきゃなんないのが、下々の辛いとこだわなあ。覚悟はいいか? できるわきゃあねえでしょうがよ。
この映像から予想できる性能に、上限を3割くらい盛って、こりゃ手を出したらヤバいって思われるように報告したんだけどなあ。お上には、魅力的過ぎてヤバいとしか見えなかったみたいだわ。
コイツを奪い取って大陸再統一、そしてアジア征服の夢よ再びって腹だろうが、バカじゃねえの。一騎当千、万夫不当の戦力でどうにかなるって、三国志演義の見すぎなんじゃねえの?
ま、三国志っていえば、現状旧中国領はまさにその通りな状態なわけで。
前世紀の末期に時の中華人民共和国は、混乱状態にあった朝鮮半島を制圧。支配下に置いた。
そこまでで止めて置けばよかったものを。
少なくとも、諸外国からの非難ごうごう雨あられはあっただろうが。それを金やら武力やらをちらつかせて、いくつか手のひら返しさせることもできただろうに。
しかし時の政治屋連中は何を考えたのか、その余勢を駆って日本へ侵略をかけてしまった。
それが転落の始まりとも知らずに。
先手を譲らざる得ない日本に対して、進路を塞ぐ艦船を突破して、内陸部の都市への先制打をかけようという中国軍。
しかしそれをさせじと壁になった艦船への攻撃で、日本側も反撃の名分を得る。
反撃に投入されたのはライムブラッドの部隊だった。
日本生まれの、現代では第1世代型といわれるそれらは、侵略に出た連中をまるで娯楽映画のように一方的に蹴散らした。
その結果は、海一面に鉄くずとオイルの浮かぶ地獄絵図を残した中国軍の壊滅だったとさ。
しかし日本側はそこまでやっておきながら、侵略行為に対する賠償金と領海侵犯に対する厳罰化を定めただけで、土地については何の言及もなくこの戦いを終えてしまった。
だが、これまではほんの序の口。調子に乗っていたところを叩き伏せられただけに過ぎない。
むしろここからが中共にとって、本当の悪夢の始まりだった。
日本への侵攻を受けて、次は我が身と台湾ら東南アジア方面を初めとした周辺諸国が同盟を組んで先んじて逆侵攻。
さらに打ち合わせでもしていたかのように、チベットをはじめとした自治区も独立を宣言。日本に敗北して力を落としていた中共はこの袋叩きに抵抗できず、国土を削られることになった。それはもうゴリゴリと。ゴリッゴリと。
結果として、中共はその支配区域を大きく減らして、北部のみに。台湾を中心とした通商連盟が東側。民族解放連合が西側を治める形になった。
まさに、現代の三国志ってわけだわな。
国土、国力が減ったことには違いないが、俺個人から言わせてもらえば、かえって身軽になって良かったと思うがね。
1つの国として捌いていくには、余りにも昔のはでかすぎる。各地域に大きな自治権があるならばともかく、そうでないならなおさらだわ。
政府1つでまとめるなら今くらいがちょうどいいだろ。
……国境のにらみ合いと小競り合い。あと現状の支配下での内乱が無ければ、だがね。
そんな現状だから俺らの上、北中華政府は再征服……じゃなくて、天下統一に躍起になってるってワケ。
ロシアの支援でなんとか持たせてるような状況から脱したいってのもあるだろうが。
もうね。バカかと。アホかと。
まあ、コレが未来視点の後出しだってのはわかってる。だがそれでもありえない舵取りしてから、ここまで追い詰められてまだ旧態依然としたやり様を改められないあたりで、国の代表の質としてはお察しってねえ。
しかも俺らも強奪に弾圧と、後ろ暗い汚れ仕事専門の捨て駒部隊。つぶれるまで働いて功を挙げてもしょっぱい評価が関の山。機械だってスト起こさん方がおかしい扱いだわな。
ぶっちゃけた話、お上なんざのために部下を危険な任務にやるのはお断りしたいねえ。
でもそれで脱走者だ反逆者だって、追っ手をかけられるのもつまらない話だわな。
身を粉にしてやる義理はないが、かといって逃げ出そうにも渡る先の当てもないんじゃあただの自殺行為だ。
「それで、ここに呼びに来たってことは、準備が整ったってぇことかい?」
「あ! はい、そうです。あとは大尉の号令ひとつでいつでも仕掛けられます」
「ほいよっとお。じゃ、行こうかねえ」
とにかく使われてる身の上じゃ、むやみに上の命令に逆らうのは下策もいいところだ。ギリギリ処罰されない範囲までは仕事しないとなあ。まあ、耳のゾクゾクがいま以上になったらさっさと撤退だがな。
そんなわけでシードルと一緒に準備万端整った格納庫へやってきたわけだ。
「よおっす。準備完了って言われてきたぞお」
「はい兄上。この通り準備万端に整っています」
「てか兄貴に待たされたようなもんだしな」
そんな風に格納庫にやってきた俺を迎えてくれたのは男と女の二人組だ。
俺よりも背の高くて、真っ直ぐな黒髪を腿のあたりまで伸ばした女がナイナ・ニクレンコ。もう片方の小柄な金髪の男がフェイだ。
二人とも俺を兄と呼んで慕ってくれる、昔からの頼もしい仲間だ。
「そいつは悪かったな。ほんじゃお前らも待ちくたびれてるみたいだし、行くとするかね」
俺がそう一声かければ、ナイナとフェイを皮切りに威勢のいい声を返して、仰向けに横たわるそれぞれのLB、インレアンに向かって乗り込んでいく。
遅れて俺も自分の、濃緑色に黄色を入れた機体の股座に乗り込む。
しかし乗る度に思うんだが、いくら地表に近くて上体に置くよりは安定感がいいとはいえ、なんで股間に操縦席を配置するのを標準化するかねえ。
ライムブラッドを発明した日本人って、やっぱ未来に生きてるわ。
それはさておき、シートに体を収めた俺は、自分の機体を立ち上げていく。
コックピットそのものは、レイアウトもなにもかもがありふれた汎用規格そのままで、俺なら目をつむっててもこの辺りの作業に詰まったりはしない。それどころか、動かすだけならちょいと教えれば誰にだってできるだろう。
このおかげで訓練期間が短くてすむっていうのが、ベースの強みのひとつなワケだ。
優秀なロシア製汎用標準機。その改装機のインレアンにとっては、もうひとつ都合のいい面がある。
それが、所属が割れにくいってことだ。
仮に鹵獲、解体されたり、部品の回収をされたとしても、構造も部品もありふれた物ばかりで、そこからバックに見当をつけるのが難しい。もし怪しまれても、決定的な証拠にはならないってワケだ。
使い手の粗製補充に良し。尻尾切りにもうってつけ。まさに俺たち使い捨ての暗部用として、これ以上は無い名機だわなあ。
「いいか。まずは打ち合わせどおり、むやみやたらに突っ込まずに黒イナゴが出てくるように挑発するぞ」
そんな汚れ役の為の機体を、姿勢的な意味でも立ち上がらせた俺は出口に向けて歩かせていく。
『分かってます。誘い出して囲む。一対一に相手をせずに振り回して抑える。ですね、兄上?』
『けどよ。そんなこっちの思う通りに動いてくれるか? 無防備に基地を飛び出したりしてそうは思えないけど、アレだって秘密の新型だぜ?』
なるほど。フェイの心配ももっともだ。
黒イナゴも開発中の新型である以上は機密保持を優先して出させないって手もあるわな。
それならそれで考えはあるんだが……って、こっちは説明してたっけか?
……説明し忘れたままな気がする。
「そうなりゃ隠れてるトコに激しくぶち込んでやりゃあいい。閉じこもってるなら燻り出すまでだ」
『了解! 虫対策に煙はつきものってね』
威勢のいいフェイの返事に、俺は内心でひそかに感謝を告げながら、自分のインレアンにゲートを開けさせる。
「そういうこった! それじゃあ行くぞお前ら!」
『おうよッ!』
仲間たちの威勢のいい声を受けて、俺は自分のインレアンをLB用大トレーラーから発進させる。




