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3:対話

『オキロ、朝ダゾ! オキロ、朝ダゾ!』

「う、うぅん……」

 普段の声より何割か増しの、刺さるような高音でのモーニングコール。それに僕の意識は強引に引き上げられていく。

『起キロ、朝ダゾ! 起キロ、朝ダゾ!』

「大丈夫、ルカ、起きた。起きたから」

 まだ目覚まし役を続けてるルカを止めながら、僕はベッドから降りる。

「いつも、ありがとうね」

『ナンノナンノ。デモイイゾ、モットヤッテ』

 あくびをこらえながら僕がルカのボディを撫でて、それとルカがもっとと求めてせがむ。

 そんな僕らのいつもの朝。部屋で毎朝繰り返している恒例のやりとり。

「……でも、なんか赤くない?」

 けれど、そんないつもの中に一つ違和感を感じる。

 窓からのやけに強くて赤い光。そんな不自然なそれに、僕はつられて目を向ける。

「うぉうッ!?」

 そこにあったのは、窓を埋め尽くす赤く光るもの。

「び、びっくりした……あ、アルシエル? だっけ?」

 窓から入る光の正体を閃いた僕は、戸惑いつつも声をかける。

 すると僕の声に応じるように赤い光がチカチカする。

 そうだ。昨日は僕の部屋をのぞき込んできているこのLBがいきなり目の前に着地してきて、それでコックピットに放り込まれて……。

 昨日の出来事全部を思い出した僕は、思わず部屋から飛び出していた。

「おお、おはよう、イチカ」

「おはよう叔父さん!」

「……って、おい?」

 階段を下りて、一階応接間にいた叔父さんに挨拶だけして外へ。

 玄関から疑似太陽光の降り注ぐ表へ出て、部屋の側面側、アルシエルのいたところへ向かう。

 すると僕に気づいた黒くて赤目の虫のようなLBが、脚を折りたたんだまま背を伸ばして僕を迎える。

「なんでまた勝手に動き出してんのよぉお!?」

 そんな目を輝かせたアルシエルの足元には、パイロットスーツの上をはだけて、インナースーツの上半身をさらした金髪の女性がしがみついている。

「戻りなさい! っていうか、コックピットに、入れなさい、よッ!」

 彼女は肩に届くかどうかという長さの髪を揺らしながら、折りたたんだ足をよじ登って、足の間にあるコックピットに乗り込もうとしている。けれど、外部操作用のハッチを開けるのすら拒まれている。

 アルシエルは顎を引いて僕からそんなお姉さんに見下ろすと、彼女がよりどころにしている装甲を跳ねさせる。

「きゃあッ!?」

「うわ、またッ!?」

 またアルシエルに拒まれ跳ね飛ばされたお姉さんを受け止めようと、僕はその着地点に滑り込む。

「だ、大丈夫ですか? 少尉さん」

「え、ええ。何度もごめんね、イチカくん」

「いや。そんな、かまいませんよ。怪我がなくてよかったです」

 自分をクッション替わりに受け止めると、少尉のお姉さんは申し訳なさそうに一言おいてから立ち上がる。

 正直、お互いに軽装な分昨日受け止めた時よりは嬉しいものがあったし、構わないっていうのも本音なんだけれども。

「それにしても……危ないでしょうが! 人をやたらにポンポンポンポンと! 周りの人を巻き込むでしょうに!」

 そんな僕の内心をよそに少尉のお姉さん、ガラティア・オーランド少尉さんは、自分を腰のアーマーで弾いたアルシエルを指さして怒鳴る。

 昨日、僕がアルシエルで戦って強盗風味のLB二機のうち片方を撃破、もう一方を追い払った後、ガラティアさんの上司から通信が入った。

 なんでも試験中に脱走したアルシエルを追っかけてきていたらしいんだけれど、外にもいた強盗風味のLB部隊とぶつかって、都市の居住区まで入れなかったのだと。

 僕が撃墜撃退したのをきっかけに外の連中も撤退して、それで戦いは終わった。

 でも、戦いが終わっていざアルシエルを連れ戻していこうとしたときに、問題が起きた。

 アルシエルは僕を放してくれなかった。

 ハッチを固く閉じた上、シートベルトで僕をコックピットから出すまいとしたんだ。

 おまけにガラティアさんの隊の隊長と、もう一人先輩隊員が引っ張っていこうとするのに拒否、抵抗してしまった。

 同じ部隊の仲間であるガラティアさんに、僕という民間人をコックピットに。さらに周りには、パカル叔父さんたち多くの民間人が暮らす街。

 これらを人質に取られた状態で、イカレた出力のアルシエルを相手に強引に抑え込むのは二人がかりでも大事だ。

 なのでその場は無理に連れ出そうとするのは無し。代わりに僕とガラティアさんをコックピットから解放するという形で話は落ち着いた。

 恥ずかしい話だけれど、実はその時僕は自分が命を奪ったという衝撃で頭が回らなくて、何もできなくて話の流れを見ていることしかできなかった。

「あの場面での敵パイロットの事は仕方がない事だわ。ああしなければ、キミも私も死んでいたと思う。けれど、民間人のキミにだからすぐに割り切って切り替えなさいというのも無理な話よ。気にすることはないわ」

 そんな僕に対して、ガラティアさんはこんな風に柔らかな声でフォローしてくれた。

 だけれども、ガラティアさんとその仲間さんたち。そして通訳のルカにアルシエルの説得を任せっきりにしてしまったことは、どうにも申し訳ない。

 人殺しをしてしまったこと。それ自体はまだ割り切れたわけじゃない。

 けれど、僕がやらなきゃ僕自身も少尉さんも叔父さんたちもどうなっていたかわからない。それは事実だから、あまり気に病まないようにしようとは、思ってる。

 それはともかく、この民間人の居住区に、新鋭機であるアルシエルを放置する訳にもいかず、とは言っても素直に人の言うことを聞くアルシエルではないというのが、ガラティアさんたちが一晩足止めを食った理由のひとつだ。

「まったく。アルシエルはどうしてそこまでガラティアさんを拒むの? いい人じゃないのさ」

 僕もアルシエルを見上げながら、素直な疑問を投げる。

 するとアルシエルは、複眼じみた赤く大きな眼を激しく瞬かせながら、首を左右に振る。

 そんな事はない? とにかくこの女とそのお仲間はイヤだ?

 ホントにどうしてそこまで拒むのか。

「なんで? ガラティアさん僕には優しかったよ? お互いちょっと誤解があるだけなんじゃ……」

「あの、イチカくん?」

「はい?」

 説得中に呼びかけられたので振り返ると、そこには眉尻を下げたガラティアさんがいた。

「えっと、フォローは嬉しいんだけど……できればラティって呼んで欲しいな……って」

「あ!? ご、ごめんなさい、ラティ、さん」

 恥ずかしそうに頬をかきながらの言葉に、僕はあわててラティさんの呼び方を直す。

 愛称で呼ぶように求められているけれど、これは別に色気のある話じゃない。

 ラティさんは自分の名前が好きじゃない、らしい。なんだかゴツく聞こえて可愛くないから、だとか。

 自己紹介されたときに聞いていたのに、寝起きですっかり忘れていた。頭の中でもガラティアさん呼びだったし。

 でも、ラティさんはそう言うけれど、名前の響きを気にしているのは可愛いと思う。

 おっと。僕は何を考えているのやら。ともかく、アルシエルは僕にはなぜか気を許してる訳だし。僕が説得をしないと。

「アルシエルがなんでそんなに嫌がるのかは分かんないけど、ここは僕に免じてさ。僕の信じるラティさんたちを信じてくれないかな」

「ねえ、どうしてイチカくんはLB相手にそんな丁寧に話をするの? まるで、人間相手にするみたいに」「え? どうしてって……」

 そうして折れてくれるように頼んでいると、横にいるラティさんから怪訝な声が出る。

「だって現にアルシエルはパイロットいなくても動いてますよね?」

「いや、それはそうなんだけど、それにしても抵抗無さすぎるんじゃない?」

「そんなことないですよ。結構ビックリしてますって。でもエレックライムを使用した機械の自立行動って珍しい話でもないですよね? アルシエルレベルはともかく」

「それは、まあ聞かないでも無い話だけれど……」

 まだ腑に落ちない様子のラティさんだけど、前例はある話だ。

 曰く、勝手に機体が横に流れたかと思いきや、後ろからの弾丸を避けていた。

 曰く、乗り手が気を失っていたにも関わらず、ひとりでに物陰に隠れていた。

 曰く、持ち主が知らぬ間に情報を漁り、言葉を身につけていた。等など。

 こんな実例もあるのだから、最初は面食らったけれど、アルシエルレベルのが出てきても別におかしくはないか、と思っていた。

 そんな話をしていると、ふとルカが六本足をちょこまかと僕の足元にやってくる。

『イチカ。朝飯、飯ヲチャント食ベロ食ベロヨ』

「あ、まだだったっけ」

 言われて僕は自分が寝起きそのままで飛び出してきていたことを思い出した。

 ……寝間着にしていたシャツとハーフパンツ姿だったことも。

「すみません。食事とか身支度とかちゃんとしてから出直してきます」

 と言うわけで、僕はラティさんに一言断って、家の中に戻ろうとした。したんだけれども、その後ろから黒い大きな手にむんずと掴まれてしまう。

「ちょ、まさか!?」

 驚いたラティさんが止めにかかる間もなく、僕とルカを掴まえたアルシエルの腕は、屋根よりも高くに上がる。

 わー、すっごーい。たかいぞー。

 何て、現実逃避している一方で、アルシエルは折り畳んでいたバッタ脚を伸ばして腰を上げる。

 同時に腕の高さは下げて、持ち上げたところから高さは変えずに腰と揃えている。

 うーん。器用な子。

「イチカくーん!? 大丈夫なのーッ!?」

 感心している場合じゃなかった。ラティさんに心配かけたままじゃいけない。

「僕なら大丈夫ですよーッ! ただちょっとー! このままだと朝ごはんが食べられませんのでー!」

「分かった! アルカラさんに言ってもらってくるわー!」

 僕とラティさんの間で、ずいぶんと開いてしまった高低差。それを埋めようと声を張り合っているけれど、なんだか少しマヌケだ。

 そうしてラティさんが叔父さんの家に駆け込むと、アルシエルは腰の装甲を展開。コックピットハッチをひとりでに開けて僕らを掴んだ手を近づける。

 どうして僕は自分から招いて、ラティさんたち軍人は拒むのか。

 多分それは、LBの自立行動、自我を受け入れているかどうかなんじゃないかと思う。

「だけどそれはそれとしてさ。こんなことしてたら嫌われる一方だよ?」

 招かれるままコックピットシートに座った僕は、レバーを撫でながらアルシエルの行いに苦言を送る。

―アナタノホカ、イラナイ―

 で、それに対してモニターに浮かんだ言葉がコレ。

 僕はアルシエルに求められて一度いっしょに戦っただけ。刷り込みだって言うならなら、ラティさんたちのが先のはず。なのにコレって、訳が分からないよ。

「だからって、敵を増やすようなやり方はやっぱり良くないよ」

『おいコラ! まーたウチのイチカを拐っただとぉ!?今度はもう許さん! 荒っぽく解体(バラ)してリサイクルしてやる!』

 僕が説得を繰り返すのをかき消して、コックピット全体を揺らすような怒鳴り声。

 それにアルシエルが下を向けば、ラティさんに連れられたパカル叔父さんの姿が見える。

「これはまた、骨が折れそう……」

 解体用具を取りに戻る叔父さんをモニター越しに見ながら、僕はおでこを押さえてシートにもたれかかるのだった。

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