2:初陣
「う、わぁああああああああッ!?!」
逃げなくちゃ! でも、どこへ!?
急いで走って逃げたって、あの大きさだ。着地の衝撃は僕の体なんて紙切れみたいに吹き飛ばすに違いない。
そうだ、それよりもみんなだ! パカル叔父さん、みんなの避難を!
「みんな逃げて! シェルターへ、LBだ! 落ちてくるッ!!」
それだけを思いついた僕は、建物の奥にいる叔父さんたちに向かって叫ぶ。危ない、逃げてと。
でも振り向けば、黒く大きな影はもうすぐそばにまで迫っていた。
「うぅわぁあああッ!?」
目の前を埋め潰す真っ暗な壁。それが放つ風に襲われて僕の体は激しく揺さぶられる。
だけれども僕をもみくちゃにするこの圧力は、僕が覚悟していたものよりもずっと小さい。出入り口の壁を支えにすがっただけで、吹き飛ばされずに耐えられたんだから。
そんな吹き飛ばされないように懸命にしがみつき続けている僕だけれども、その耳は今ごうごうとヘルメットをたたく風でいっぱいになってしまってる。
そして耳がめちゃくちゃになりそうなやかましさに顔をしかめている僕を、さらにダメ押しとばかりの衝撃波が叩く。
「うっぐッ!?」
地面から上から前から。いっぺんにまとめて襲ってくる衝撃に、僕の足は負けて地面から離れてしまった。
そのまま尻もちをついた僕の前には、出入り口をふさぐ巨体がある。
建物をへこませて寄りかかる、20m近い巨人。
巨人とは言ったけれど、その皮膚は艶のない黒い金属でできている。
それに脚も、人間のそれとは逆方向の作りをしたバッタのもの。
見上げれば巨大な顔が僕を見下ろしている。
「ヒィッ!?」
大きな赤い目に、左右開きの顎から熱を含んだ吐息を吹きかけてくるそれは、まるで僕を食べ物とみているようで、思わず悲鳴が出てしまう。
けれど頭と見えたその両脇には一組の腕があって、さらに上にはまたもう一つ小ぶりな頭がこちらを見下ろしている。
いくつもの視線が降ってくる圧力に負けて、僕はたまらず目を伏せてしまう。
そうして目線を落とした僕の正面には、バッタのような足の付け根。股関節に当たるところがある。
足の間から前に突き出した厚い板状の装甲二つ。それが鋪装された地面に突き刺さって、ランディングギアとしてその巨体の支える一部となっている。
その板二枚の間から少し上、分厚い装甲が空気の抜ける音を立てて動き始める。
「……コックピットが、開く?」
そんな僕のつぶやきを聞いたかのように、股間部を守る装甲が弾かれた様に前に倒れる。
「きゃああッ!?」
開いたその勢いに乗って、宇宙服を着た人が吐き出される。
「危ないッ!!」
それを見て僕は反射的に吐き出された人に向かって走り出す。
腕を広げて、僕は吐き出された人を受け止めにいく。
「あう!?」
「う゛っ!?」
そのままかっこよくナイスキャッチ。とはやっぱりいかなくて、僕の体をクッション替わりにすることで、地面との衝突をいくらか和らげるので精一杯だった。
「あ……う……」
「だ、大丈夫、ですか?」
触れ合ったスーツ同士から伝わってくるうめき声。無事を知らせてくれるその声に、僕はホッとしながら声をかける。
「え? ああ、ごめんなさいッ!? キミこそ大丈夫!?」
慌てて僕の上からどいてくれた軍用スーツの人の声は女性のものだった。
スーツの厚みもあって分かりにくかったけれど、所々が柔らく盛り上がった体格から女性であることは間違いない。
「ぼ、僕なら、大丈夫です。それより、フロンティアの軍人さんみたいですけれど、なんでこんなところに? それに、この見たこともない機体は?」
「こ、これは……その……」
僕の質問に言葉を詰まらせて言いよどむ女軍人さん。
そんな僕のそばには、いつのまにかルカが歩いてきていて、僕らを見下ろす黒い機体とチカチカと目を光らせあっている。
「ルカ、おまえ? なにを?」
まるで相談しあっているような二機だったけれども、やがて黒い虫巨人が僕らに向かって手を差し伸べる。
「な、なんのつもりよ!? わたしの操縦を受け付けないで散々に暴走しておいて!」
まるで手招きするようなその動きに、女軍人さんがヘルメットバイザーを上げて怒鳴りつける。
バイザー奥から現れたのはきりっとした金髪青眼の美人さんだった。きれいな人だけれども、今は怒り顔なせいで見惚れるとかそれどころじゃなかった。
でも黒い機体はそんな軍人お姉さんの怒鳴り声をまるっきりに無視。差し伸べた手をずいずいと僕らに寄せる。
「え? これ、勝手に動いてるんですか?」
そこで僕は、この機体が操縦者のいない状態で勝手に動いているのだということにようやく気が付く。
LBと呼ばれる巨人型機動兵器には、操縦補助システムとして人工知能が一般的に搭載されている。
でも無人状態で手足を動かしたり走り回ったりと、自立行動ができるような機能や権限を持たされるはずはない。
いくらこの黒いLBが最新鋭の実験機体であったとしても、兵器にそんな暴走につながる自立機能など持たせるなどありえない話だ。
けれど現に黒いLBは、腕を勝手に動かしてここまで乗せてきたお姉さんを指先で押しのけて見せる。
「うわッ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
大きな手に押しやられるお姉さんに向かって僕は手を伸ばす。
だけれど、そんな僕たちの間をこじ開けるようにして、黒い指が割り込む。
「ちょっ!?」
「み、民間人に何をッ!?」
驚き戸惑う僕たち。だけれど逃げようにも、さらに襲ってきた爆音と衝撃が邪魔をしてくる。
「なに、なに!?」
不意打ちの衝撃に体が構えてしまったところで、黒い指は僕とルカを包んで捕まえてしまっていた。
捕まったまま僕がごちゃごちゃな心をそのまま言葉に出していると、そのうちに僕の体は股間部のコックピットへと運ばれていた。
「あだっ!?」
あれよあれよと言う暇さえなくコックピットに放り込まれて、体を壁やらなんやらにぶつけながら、僕はかろうじてシートに預ける形で収まる。
「このッ!? なんだって民間人をコックピットにさらって……ッ!」
それに遅れて、ランディングギアを駆け上って来たらしいお姉さんがコックピットを覗き込む。
だが次の瞬間、黒いLBの機体が縦に揺れる。
「え……?」
機体が立ち上がった勢いに、軍人のお姉さんの体が外へ引かれる。
「ダメだッ!」
呆けたように目と口をぽかりと開けて、ふわりと遠のいていく彼女の姿。
それに僕はシートを叩いて、体を外へ向けて跳ねさせる。
すると飛び出す僕に気づいたのか、腰を浮かせようとしていた黒いLBは、その動きも半ばに股間の前に手をやって壁をつくる。
お姉さんの手を掴んだ僕は、二人で合わせてファウルガードの裏面を転げて、包むように作られた手のひらの壁にぶつかって止まる。
「あ、ありがとう。二回も危ないのを……」
「いえ。無事でよかったですよ」
お姉さんからのお礼に、僕はため息をつきながら返してから上を見る。
するとそこには、手の中に収まった僕らを見下ろしてくるバッタみたいな顔があった。
けれどその目からはさっきみたいな、獲物を見定めるような圧力は感じない。
いま感じるのはむしろ、失敗と、叱られるのを悟っている犬のような不安と恐れだ。
「お前がどういうつもりで来て、僕を乗せたがってるのかは知らない! それになんでこの人を拒むのかも知らない! だけど、ここでこの人を放り出すつもりなら、僕だって飛び降りてやるからな! 本気でやるっていうのは今ので分かっただろ!?」
思い切り息を吸い込んでから打ち上げた言葉。勢いが緩まないように一気にぶつけたそれに、こちらを見下ろす黒いLBの目がチカチカと瞬く。
そうして瞬きを繰り返したまま、体を丸め縮めてしまう。
しゅん、と落ち込んでしまったようにも見えるその姿は、さっきのお姉さんの怒鳴り声を聞こえていない風に流していたのが嘘のようだ。
『イチカ。アルシエルモ分カッタミタイダカラ、乗ッテ』
「アルシエル? このLBのこと?」
『ソウダヨ。アルシエルハイチカニ乗ッテ欲シクテココニ来タンダ。ソレニアルシエルカラ離レタラ、危険、危険』
「それは、そうだろうね」
ルカに言われるまでもなく、ゲートを通って入って来たらしいLBが見える。捕まったあたりの衝撃は、あれらの仕業なんだろう。一声も無いあたり、お姉さんの仲間のはずもない。つまりは、フロンティア市民の僕らからしても侵略者だ。
「とにかくコックピットへ、行きましょう」
「え、ええ!」
ルカに仲裁されるまま、僕はお姉さんと一緒にコックピットに向かう。
それで出入口をまたいだところで、自分がまだお姉さんの手を掴んだままだったことに気がついた。
「あっ、と! ご、ごめんなさい!」
「そんな。いいよ? 気にしないでも。危ないのを助けてくれたからだし」
僕が慌てて手放して謝る。するとお姉さんは「気にしないで」と快く許してくれる。
許されたことに僕は内心胸を撫で下ろす。
しかしそれもつかの間。衝撃にアルシエルの体が揺らぐ。
「あう!?」
「うぐぅ」
「ご、ごめんね、また」
「い、いいえぇ……」
さっきのとは違い、奥深くへ転がすような傾きに、僕はお姉さんとシートの間でサンドイッチにされてしまう。
けれど同時に、ハッチが閉まったのも確認できた。これで揺り戻しがあっても投げ出されないことは確実だろう。
しかし続いて、正面モニターに、銃を構えたLBが映し出される。
「いけない!?」
それを見るやお姉さんは僕の上で身をよじって、レバーを掴みにかかる。
僕とお姉さん。二人分の分厚いスーツが僕らの間にあること。それがいま、すごく残念だ。
でもそんな僕の欲望はどうでもいい。なんとレバーがひとりでに傾いて、掴もうとしたお姉さんの手からするりと逃げたのだ。
「んなぁッ!?」
手足ばかりか、操縦桿さえも自在に操って見せたアルシエル。それに僕とお姉さんは異口同音同時にすっとんきょうな声を出す。
また一方でモニターの中でも、それに合わせたかのように、フルフェイスメットの強盗じみたLBが引き金を引いていた。
瞬く間も無しにモニターを光が塗り潰す。
けれど覚悟していた衝撃はまるでやってこない。
エネルギー弾丸は、アルシエルの目の前で見えない壁に当たったかのように広がり、飛び散っていたからだ。
「なんて分厚いバリア!?」
LBにとってバリアは珍しいものでは無い。けれども、それはあくまでもピンポイントに発生させるシールド代わりのもの。それもエネルギー弾をいくらか削り、軌道を逸らす程度のものだ。こんな真っ向から受け止めて弾ききってしまうような厚い防壁じゃあない。
このことだけでも、このアルシエルがバカげた出力を備えていることが分かる。
それは撃った側も同じようで、今度は破ってやるとばかりにライフルのエネルギーをチャージさせる。
あれを受け止められるかどうか、アルシエルをよく知らない僕に確信はない。ただそれよりも問題なのは、あれだけのエネルギーがバリアとの衝突でいくらかでも飛び散ることだ。
「それはダメですよ!」
その想像に突き動かされて、僕はレバーを掴む。
あっさりと手の中に収まったそれとペダルとを捌いて、僕はアルシエルを跳ばす。
バッタのような逆関節の脚は、その見た目どおりのバネで、アルシエルの巨体を軽々と宙へ運ぶ。
前に押し出されるようなG。それと共に景色がギュンと流れて、銃を構えた強盗LBが小さくなる。
「後ろに? そうね!?」
そう。跳躍といっても距離を詰める方向にじゃあない。巻き込む人の少ないところへアルシエルを飛び退かせたんだ。
木々のまばらな人口の丘を踏み、長い脚をたわめて着地の衝撃を打ち消すアルシエル。
「うっくッ!?」
「おぐぅ!?」
それでもいつのまにかかかっていたベルトでシートに固定された僕はともかく、腕力だけでしがみついていたお姉さんの体が僕の上ではねる。
腰の上で女の人が弾んでいる。といっても、この状況と勢いでは苦しいだけ。
女性相手に失礼だとは思うけれど、いくら軽く絞ってたとしても人間一人分だ。どうしても、それ相当には重たい。
「ご、ごめんなさい! いま退くから!」
「は、はい! すみません、一度脇にお願いします」
潰されていた僕の上から、お姉さんは交代のために一度シートの脇に降りてくれる。
交代しようと動かずにいるのを隙と見てか、強盗風のLBはチャージしていたライフルを放つ。
けれども威力を高めたエネルギー弾も、さっきと同じようにアルシエルのバリアにぶつかって霧散する。
開けた距離を詰めずに撃つからこういうオチになるんだ。
空気中を進めばどうしてもその抵抗で勢いは削がれる。
いくら大気の壁に対抗した工夫をしたところで、完全に影響をゼロにすることはできない。それはもちろん実体のものに限らず、エネルギー弾も例外じゃない。
いやむしろ明確に個体として存在してない以上、空気抵抗の影響はより重くなる。
だから距離を詰めなければこうしてせっかくチャージしたのも台無しになる。
とにかく、おかげで無傷で凌ぐことができた。距離を詰めてくるまでの間にお姉さんと変わらないといけない。
「いま代わります。勝手に動かしてすみません……って……あれ?」
シートベルトが外れない。
「ど、どうしたの!?」
「す、すみません!? あれ、なんで!? どうして外れないの!?」
ベルトの留め具を外そうと僕は繰り返すけれど、その操作をまったく受け付けてくれない。
完全にシートに縛られて、軍人のお姉さんに返すことができない。
こんな状況でも、強盗犯みたいな機体はこちらとの距離を詰めながらエネルギー弾を発射してくる。
「う、くッ!?」
バリアに弾けるエネルギー弾の光。それにモニターがまぶしく塗りつぶされる中、僕はアルシエルを後退させながらベルトの解除の操作を続ける。
「それにしても……このアルシエル、なんてエネルギー量なんだ……」
通常ピンポイント展開で、コックピット周りなど要所を守るために使うのがせいぜいのバリア。
それをアルシエルは、ボディ全体を包む大きさに、それも繰り返し展開してなお余裕がある。
革新的エネルギー物質であるエレックライム。それを血液のように機体内に巡らせているがために、LBと呼ばれている巨人兵器たち。けれどこのアルシエルというLBは、その常識から外れたエネルギー量を持っている。
『回答。アルシエルハソノ内部ノホボスベテガ、エレックライムデ満タサレテイル。膨大ナエネルギー量ハ、ソノタメ』
「なんでそれをッ!?」
「中身ほとんど全部がって、本当何ですか!?」
ルカが答えとしてよこした内容も聞き捨てならない。けれどそれ以上に、ルカの話を裏付けるようなお姉さんの反応に、僕は目を見開いていた。
LBという兵器が生まれてからこっち。その構造は一貫してモノコック型だ。
モノコック型というのはいわゆる外骨格型、つまりは外装でもって自重を支える作りの事。動物で言うなら脊椎動物型でなく、節足動物型になる。
つまりアルシエルは、カニでいう身の部分がエレックライムという高エネルギー物質でできているということになる。
そういう設計ならば、出力、容量については納得だ。だけれども、はっきり言って正気の設計じゃない!
「それは……って左ッ!?」
新型機については言葉を詰まらせたお姉さんだけど、警告の声は鋭い。
その警告どおり、モニターには左手側からすぐそばにまで近づいていた強盗風味がもう一機いた。
一機で注意をひいて、別方向からもう一機がバリアの関係ない威力と距離で。そういう算段か!
「武器ッ!?」
また跳んで逃げようにも出遅れてる。何かで怯ませなきゃこのまま挟み撃ちにされる。
僕はそんな焦りのまま、アルシエルが何かこの場を切り抜けるいい武器を持っていないかと視線を走らせる。
すると不意にモニターに円の中に十字を描いた照準が現れる。それは近づいてきている強盗風LBに重なって赤く色を変える。
「来るなぁあッ!!」
ロックオンを認めると同時に、僕は反射的にトリガーを引く。
その瞬間、エネルギーブレードを振りかぶっていた強盗風味の顔面に光が弾ける。
それから間髪入れずに、10、20と数えきれないほどの光が強盗風のLBを殴り付ける。
頭部エネルギーガンのバルカンモード。これによる光弾の雨あられで強盗風味の顔面が破れ、攻撃の勢いが緩む。
「おぉおおッ!」
その隙に僕はアルシエルを踏み込ませて体当たり。がら空きの胴体へのぶちかましで押し返す。
弾痕から煙や電光を尾と引きながら、ぶわりと浮かぶ強盗風味。
そこへアルシエルは、さらにだめ押しにとどめをかけようとする。
けれどそれはダメだ。
襲ってきているのは一機じゃない。追い込み役をやっていた片割れを僕は忘れてない。
一機しか見えてないアルシエル。それを強引に振り向かせるでなく、警戒すべき物があると教えるように注意を向けさせる。
するとアルシエルは僕の提案を聞き入れたように、怯ませた正面の敵を置いて右方向へ。今まさに仲間のフォローに入ろうとしていた敵を正面に収める。
「好きにやられてなんかあッ!!」
叫ぶ僕と一緒にアルシエルはグッと深く身を沈める。するとエネルギーブレードの輝きがモニターの左側面を通り過ぎる。
そのブレードの柄を握る手をアルシエルの左腕で弾く。
合わせてこちらも右手首からブレードグリップを射出。掴んだそれから光刃を展開して突き出す。
「待った! それはッ!?」
迷いなくコックピットを狙うアルシエルに、僕はとっさに繰り出す突きを跳ね上げさせる。
けれど間に合わなかった。
アルシエルの突き出した剣は、最初に向かっていた点からわずかに上に逸れただけ。人の乗った股間部を、バリアも装甲もまとめて引き裂き突き破ってしまう。
「あ、ああ……そんな、そんなつもりは……ッ!?」
がくりと震えて動きを止める強盗風味。それはまるで乗り手の状態をこちらへ訴えかけてきているかのようだ。
でも、僕はただ機体を無力化して、それで取り押さえたかっただけ。それだけ、だったのに!
「そんなつもりはなかったんですよぉおおおおおおおッ!!」
こと切れたLB。それを片手に支えたアルシエルの中で、僕は自分のしでかした取り返しのつかないことに、ただ叫ぶしかできなかった。




