19:窮地
『こちらホテル03! 発進準備よろし!』
『ホテル01了解。我々が起動するまでハンガー外の進路確保、できるな!』
『ホテル03了解!』
白と翡翠色のパイロットスーツを装着した僕は、アルシエルのコックピットで着々と出撃の準備を整えるハンス隊の皆さんの通信を聞いている。
今は格納庫にいたために、先行して乗り込んで準備完了したラティさんことH03が、隊長さんとピッコロさんの出撃までの安全確保を指示されたところだ。
その命令の通りに、標準のライフルとシールドを装備した虫顔のLBが、格納庫の出入り口に隠れて表の様子をうかがい、外へ出ていく。
僕も遅れてはいけないと、コックピットのレバーを強く握りしめる。
「アルの準備、まだですか?」
『あともう一つ取り付けるだけだから焦らず待てって!』
でもまだ僕とアルシエルは出られない。
まだアルシエルの準備が整ってないからだ。
警報を受けたキョウコさんたちは整備と装備の取り付け作業を加速してくれた。
最新型だけれども、それを手掛けた人たちの手による作業はさすがに淀みがない。
だけどもさすがに起動実験から実戦を繰り返してきた最新鋭機の整備で簡略化できるところは少なく、わずかに遅れてやってきた隊長さんたちにすっかり追い抜かれてしまっていた。
ちなみに、僕に待ったをかけて取り付けている装備というのは、バッタ型の左脚の第一節、そのハードポイントに接続中のメイスとその鞘だ。
逆側右腿のハードポイントには片手用の斧がそのカバーケースと一緒に取り付け済みだ。
これがいわゆるキョウコさんが僕とアルシエルに使わせたがっていた、新開発の実体武器というやつらしい。
ただ説明を聞くところによると、この装備の肝はメイスや斧そのものではなく、カバーケースの方にあるのだとか。
なんでも格納状態ならカバーケースの中身を浸透金属の生成状態にできるらしく、鞘が機能してる状態で入れておけば、武器の強度の向上と維持ができるのだという。
ただ、繋いでも充分なエレックライムを供給できるLBはアルシエルくらいのもので、ほぼ完全な専用装備となってしまっている。
それはいいや。
ちょっと心配なのは、この装備を戦闘で使うのは初めてだって事なんだよね。
まあ、アルシエルが実験段階の機体だし、それにしか対応できてないことが分かった程度の装備がぶっつけ本番になるのも仕方ないよね。
そうは言いましたけど、やっぱり少しは不安です。
でも不安がってもいられない。少なくとも僕がアルシエルと作ったあのジャンクメイスよりはよっぽど頑丈だろう。エネルギーブレードを受けようなんてバカをやらない限りはまともに通用する。するはずなんだ。
そんな不安を押し退けようとしている僕をよそに、隊長機とピッコロ機が立ち上がる。
隊長さんのは変わりなくの重装甲に大型シールド装備。
対してピッコロ機は今回はサブマシンガンを手に、大型のライフルを背負ってる。
ラティさんの3番機を追って出撃しようとする隊長機たち。
それに続こうと、僕はレバーを握り直す。
『イチカ君とアルシエルはここで待機だ』
だけれどそんな僕らを、隊長機からの通信とハンドシグナルが制止する。
「そんな! どうしてです!? 僕はともかく、アルシエルが出れば戦力は!」
『そのアルシエルを敵に渡すわけにはいかないからだ』
僕の疑問に対して、ハンス隊長の答えは明瞭だった。
『イチカ君にはもしもの場合、アルシエルを連れて別のフロンティア基地へ逃げてもらいたい』
「もしもの場合だなんて、そんな!?」
『アルシエルが強奪者の手に渡るのは何としても避けたい。この指示には従ってもらう』
僕は食い下がろうとしたけれど、隊長の大岩同士を擦り合わせるような低い声に跳ね返されてしまう。
「分かり、ました」
これ以外の返事を受け付けてくれそうにない隊長の様子に、僕は了解と答える。
『すまない。これは君だけが頼りだからな』
そんな風に当てにされてもあまり嬉しくはない。
親しみを感じてる相手を見捨てるだなんて、僕には納得出来ない。
……こういう、役目よりも感情を優先しがちなところは、軍属向きでないのかもしれない。
僕がそんな風にうつむいていると、ふと正面のモニターに、ピッコロさんからの通信ウィンドウが開く。
『まあ、タイミングはお前に任せるからよ。俺らがタッケテー、とかわめいた頃合いに、ちょっと進路上の敵をはねてくとかしてってくれたって構わないんだぜ?』
「なるほど、そんな手が」
ピッコロさんの言葉はまさに目から鱗だった。命令からは外れず、しかしその中で出来る限りの納得を目指す。
そうか、そう言うことなのか。
『ピッコロ少尉?』
『イエッサ。悪い大人の入れ知恵はここまでにしときます』
通信ウィンドウ越しに隊長に睨まれたピッコロさんは逃げるように通信を切断。
それと同時に通信に乱れが走り、ハンガーがわずかに揺れる。
『とにかく、もしもの場合はすぐに逃げること! 頼んだぞ!』
言うだけ言って、隊長さんも通信を切る。そして大型シールドを前面に押し出して、ピッコロ機を連れて迎撃に出る。
正直にいえば僕も追いかけていきたい。
僕とアルシエルで注意を引けば、それだけでも基地防衛の手助けにはなるはず。
だけど承知してしまった以上は、いきなり指示をガン無視に嘘にするわけにはいかない。
「ルカ、アル、基地内の監視カメラをハック。情報を回して」
でもコックピットの中で、黙って神様に御加護を乞うてなんかいられない。
乱入……もとい、離脱のタイミングを計るにも、状況が分からないとどうにもならない。
だから隊長の指示に応えるためにも、これは必要な行動なんだ。仕方がない仕方がない。
そんなどこかに向けた、というか、自分の感じている後ろめたさへの言い訳をしている間に、優秀な仲間たちは僕の求めるモノを手に入れようと動いている。
アルシエルがハンガーから基地施設と接触回線を接続。
それを挟んで、ルカが戦闘の様子を撮影したビデオ映像をこちらにも引っ張ってくる。
「ハンス隊の皆さんを映した映像をメインに。あと出来れば、おおよその予測でもいいから全体の動きをレーダーマップに出して」
『ンモー、イチカ無茶ブリヒドイゾ、ヒドイゾ』
けれど抗議をしながらも、頼もしい助手は僕の求めたように映像の仕分けと、レーダーマップに位置情報を反映してくれる。
ワイヤー3Dで空中に出力された基地のマップ。
建物らしい箱形の並んだ地形。その外縁の二ヶ所、東西のゲートに赤い光点が密集している。
内側へなだれ込もうとするそれらに対して、青の光が向かっていく。
「今まで3、4機くらいでしか襲って来なかったのに……」
突入を計る赤い光の大きさに、僕は思わず顔をしかめる。
青い光一つが単体、あるいは小隊単位だったとして、二つの大きな光を作った赤は、どれ程の数が集まった物なのか見当もつかない。
この明らかな不利には心配になる。けれど小ウィンドウに映るストームクラウド三機を見る限り、杞憂だったようだ。
重装甲の隊長さんのが前に出て強盗風味の集団を散らせば、それらが背後へ回る前に、二番機と三番機が散らばった連中に痛烈なダメージを与えていく。
ピッコロ機は乱戦ではサブマシンガンで相手集団をかき回し、隊長機やラティ機の影に滑り込んでは大型ライフルに持ち換えての狙撃で撃ち落とす。
そしてラティさんのストームクラウドは時に隊長さんの、時にピッコロ機の背面、側面に回っては、死角を突こうとする敵を牽制、撃破していく。
隊長機を中心に、適切に散開と集合を切り換える、それは見事な連携だった。
そんなチームワークを駆使して、ハンス隊の皆さんは先頭に立って迎撃を続けている。
だけれどそんな味方の活躍に安心したのもつかの間、盗み見ていた映像が消えていく。
「バレたッ!? ……ってわけじゃ無さそうだね」
『カメラガ潰サレテル!』
ルカが言う通り、映像が途絶えたのはハッキングがバレたからではない。カメラその物が破壊されたからだ。
さらにレーダーマップに出ていた青い光点が、特に東西の攻勢を陽動と見て、警戒に残っていたモノたちが消えていく。
そして、爆発によるものだろう震動が立て続けに格納庫とアルシエルに届く。
「これはまずい、機をうかがってなんかいられないでしょ!」
様子を探っていた目は塞がれて、その目つぶしをしてくれた敵は、もう基地の防備を抜けて潜り込んでる。
猶予は無い!
「ハンガーに残ってる皆さんは退避して下さい!」
そう判断した僕は、キョウコさん達を含むメカニックチームに避難するように叫ぶ。
それと同時に武装を終えていたアルシエルを立ち上がらせて、表へ向かわせる。
急がないと。
モタモタしてたらココに残ってる人たちが巻き込まれる。
それにハンス隊の皆さんも基地の外と内からの挟み撃ちにされる!
そう思ったらもういても立ってもいられず、アルシエルの左手にライフルを掴ませて、ハンガーから出ていってもらう。
アルシエルは飛び出した勢いそのままに、隊の皆がいる西側へ向けて飛翔する。
その正面に、侵入を果たした強盗風味が飛び出してくる。
正面に出てきたのは完全に偶然だったのだろう。
進路を塞いだ強盗風味が慌てて銃を構える。
でもその銃口が火を吹くよりも、アルシエルの方が速い。
鈍い手応えがコックピットにまで響いたかと思いきや、正面にいた敵機は横っ飛びに吹き飛んでいた。
でもなんのことはない。
勢い緩めず間合いを詰めたアルシエルが、メイスを握った右腕を振り抜いただけ。
その結果が、殴られた右肩から腕を落として吹き飛ぶ強盗風味と言うわけ。
飛び出してすぐに鞘から抜き放とうと握らせていたおかげで助かった。
部品とエレックライムとを血のように散らして落ちていく敵LB。
アルシエルはそれを四方に縁の突き出したメイスで指しつつ、軽やかに震える。
「油断しちゃいけないぞ!」
どうだと言わんばかりの自慢げな振動に、僕は危険だと諌める。
同時にレバーを操作、迫るエネルギー弾丸を回避してもらう。
後方で地に落ちたモノ。その仲間からの攻撃を認識したアルシエルは、いくらかをバリアで弾いて広げた隙間を掻い潜っていく。
そのまま正面方向、建物を盾にして僕らを狙っているのに急降下。
着地と同時にアルシエルは腰を回転。メイスを振り向きかけの強盗風味に叩き込む。
当たった背中の装甲をへこませて横倒しになる敵。
それを無視してアルシエルは腰を反転、左のライフルを倒れた仲間をフォローしにきた者へ撃つ。
向こうの弾丸はバリアで止まるのに、こちらの放ったモノは相手のメット頭を撃ち抜く。
「これで帰る理由になったでしょう!」
倒れる敵へ声を上げて、僕は自分を奮い起たせる。
そこで襲ってきた振動にモニターを探れば、倒れながらアルシエルの足を掴む敵の姿を見つける。
「掴むなら、迎えの手にして下さいよ!」
アルシエルを捕まえる敵の背中へ向けて、メイスを振り下ろす。
その打撃で緩んだ手を蹴散らし、アルシエルは次へ跳ぼうと腰を沈める。
『上ダッ!』
瞬間、ルカの警告が響く。
それを受けてとっさにアルシエルがバネを横方向に伸ばしてステップ。
直後にアルシエルが離れた場所を光の刃が縦一文字に切り裂く。
殺意満点のその一撃にヒヤリとしながらも、僕は頭上からの襲撃者へ向けてトリガーを引く。
胴、肩、頭を狙った三連射。
パイロットへの致命打を避けたそれの内、二発はシールドバリアに弾かれる。
けれど三発目の頭を狙った一撃がヒット。バイザー型のフェイスガードが破れてヘッドパーツが破裂する。
「もういいでしょう! 撤退してくださいよッ!」
通信を繋いでないし、周りは真空空間だ。叫んで伝わるとは思ってない。
それでも気持ちをぶつけるように叩きつけずにはいられなかった。
でも頭の潰れた強盗風味はふらつきながらもエネルギーブレードを抜いてこちらへ踏み込んでくる。
「どうしてッ!?」
今までのならヘッドショットでもすれば仲間がフォローの受けて逃げ出していたはず。
それなのに今回のは違う。動かなくなるまで続けるつもりだって言うのか!?
ただ数を増やしてきただけじゃないっていうのか!?
「まだ向かってくるならッ!」
本当に動けなくなるまで潰すだけだ!
宣言するように叫んだ僕は、首無しになってまで向かってくるヤツの膝関節に狙いをつける。
でもその瞬間、アルシエルの機体が大きく揺れる。
「うっわぁあッ!?」
のしかかるような衝撃と、それに抗う膝のバネ。
腰の位置にもかかわらず大きく揺さぶられた僕は、透けたエアバッグに体を押し付けながらモニターを見回す。
するとアルシエルの左背面、後ろからアルに抱きつくようにして抑え込みにかかる敵の姿が見えた。
「アルシエルにぃいッ!?」
僕が叫ぶと同時にアルシエルは隠し腕を展開。
その手が握るエネルギーブレードで掴む腕を切り落とし、次いで胸の辺りから上下に両断する。
その勢いのままアルシエルは押し付けるように体当たり。のし掛かる敵LBを押し退ける。
しかし、そうして後ろに気を取られたのを狙って迫るものが僕の目に入る。
僕はとっさに歯を食い縛ってレバーを後ろへ。
対するアルシエルの反応は早く、敵を押し退けた勢いをさらに増してバックジャンプ。
でも左手のライフルが間に合わずに斬られる。
慌てて手放すや否やライフルは爆発。しかしその爆発を切り裂くようにして斬撃がさらに。
足元から迫るそれを隠し腕のブレードを回してガード。間髪入れずに反撃のメイスを見舞う。
が、敵は見え見えだとでも言うように後退。
僕らの振るったメイスは見事に空を薙ぐ。
追撃として単眼型エネルギーガンをシングルモードで撃つけれど、それもまるで読まれていたかのようにかわされてしまう。
「……まずいな」
その間にアルシエルの武器を失った左手に右腿の斧を握らせながら、僕は冷や汗交じりにうめく。
さっきかろうじて止めた一撃。それが前腰の装甲にわずかに食い込んでいたからだ。
その損傷そのものは大したことはない。
問題となるのはその軌道。真っ直ぐに辿れば僕のいるここに届く、容赦のない一撃だったことだ。
「今までとは、ワケが違うってことか」
強奪対象の損傷と、自分たちの人的被害をできる限り避けていたこれまでとはまるで違う。
今回の攻撃は最初からアルシエルのコックピットと乗り手を潰すためのもの。そしてそれまでは退くつもりの無い、捨て身の構えだ。
「……視野を広く持つことを忘れてなければ、こんなことには……!」
そんな敵の攻め口の違いを理解すると同時に、僕自身が致命的な失敗を犯していたことを悟る。
目の前の敵にこだわらず、バリア任せにでも合流を優先して強行突破すべきだった。
でも、もうそんな後悔には意味がない。
メイスとアックス。
隠し腕のブレード一対。
銃を備えた頭。
それら全てを巡らせて牽制するアルシエルの周りは、すでに標的を定めた敵によって包囲されていた。




